春秋左氏伝 / 襄公十一年 安きに居りて危きを思う
十二月。戊寅。會于蕭魚。庚辰。赦鄭囚。皆禮而歸之。納斥候。禁侵掠。晉侯使叔肸告于諸侯。公使臧孫紇對曰。凡我同盟。小國有罪。大國致討。苟有以藉手。鮮不赦宥。寡君聞命矣。鄭人賂晉侯以師悝。師觸。師蠲。廣車。軘車。淳十五乘。甲兵備。凡兵車百乘。歌鐘二肆。及其鎛磬。女樂二八。晉侯以樂之半賜魏絳。曰。子教寡人。和諸戎狄。以正諸華。八年之中。九合諸侯。如樂之和。無所不諧。請與子樂之。辭曰。夫和戎狄。國之福也。八年之中。九合諸侯。諸侯無慝。君之靈也。二三子之勞也。臣何力之有焉。抑臣願君安其樂而思其終也。詩曰。樂只君子。殿天子之邦。樂只君子。福祿攸同。便蕃左右。亦是帥從。夫樂以安德。義以處之。禮以行之。信以守之。仁以厲之。而後可以殿邦國。同福祿。來遠人。所謂樂也。書曰。居安思危。思則有備。有備無患。敢以此規。公曰。子之教。敢不承命。抑微子。寡人無以待戎。不能濟河。夫賞。國之典也。藏在盟府。不可廢也。子其受之。魏絳於是乎始有金石之樂。禮也。秦庶長鮑。庶長武。帥師伐晉。以救鄭。鮑先入晉地。士魴禦之。少秦師而弗設備。壬午。武濟自輔氏。與鮑交伐晉師。己丑。秦晉戰于櫟。晉師敗績。易秦故也。
新字:十二月。戊寅。会于蕭魚。庚辰。赦鄭囚。皆礼而帰之。納斥候。禁侵掠。晋侯使叔肸告于諸侯。公使臧孫紇対曰。凡我同盟。小国有罪。大国致討。苟有以藉手。鮮不赦宥。寡君聞命矣。鄭人賂晋侯以師悝。師触。師蠲。広車。軘車。淳十五乗。甲兵備。凡兵車百乗。歌鐘二肆。及其鎛磬。女楽二八。晋侯以楽之半賜魏絳。曰。子教寡人。和諸戎狄。以正諸華。八年之中。九合諸侯。如楽之和。無所不諧。請与子楽之。辞曰。夫和戎狄。国之福也。八年之中。九合諸侯。諸侯無慝。君之霊也。二三子之労也。臣何力之有焉。抑臣願君安其楽而思其終也。詩曰。楽只君子。殿天子之邦。楽只君子。福禄攸同。便蕃左右。亦是帥従。夫楽以安徳。義以処之。礼以行之。信以守之。仁以厲之。而後可以殿邦国。同福禄。来遠人。所謂楽也。書曰。居安思危。思則有備。有備無患。敢以此規。公曰。子之教。敢不承命。抑微子。寡人無以待戎。不能済河。夫賞。国之典也。蔵在盟府。不可廃也。子其受之。魏絳於是乎始有金石之楽。礼也。秦庶長鮑。庶長武。帥師伐晋。以救鄭。鮑先入晋地。士魴禦之。少秦師而弗設備。壬午。武済自輔氏。与鮑交伐晋師。己丑。秦晋戦于櫟。晋師敗績。易秦故也。
書き下し
晉侯樂の半ばを以って魏絳に賜ひて曰く、「子寡人に教へて、戎狄を和し、以って諸華を正す。八年の中、九たび諸侯を合す。樂の和するが如く、諧はざる所無し。請ふ子と之を樂しまん」と。辭して曰く、「夫れ戎狄を和するは、國の福なり。八年の中、九たび諸侯を合し、諸侯に慝無きは、君の靈なり、二三子の勞なり。臣何の力か之れ有らん。抑臣願はくは君其の樂に安んじて其の終はりを思はんことを。……夫れ樂は以って德を安んじ、義は以って之に處り、禮は以って之を行ひ、信は以って之を守り、仁は以って之を厲(はげ)ます。而る後に以って邦國を殿(しづ)め、福祿を同じくし、遠人を來す可し。所謂樂なり。書に曰く、『安きに居りて危きを思ふ。思へば則ち備へ有り、備へ有れば患ひ無し』と。敢へて此を以って規とせん」と。
現代語訳
晋侯は楽器の半分を魏絳に賜って言った。「そなたは私に教えて戎狄と和し、中原の諸国を正させてくれた。八年のうちに九度、諸侯を会合させた。音楽が調和するように、調わないところがない。どうかそなたとこれを楽しみたい」。魏絳は辞退して言った。「そもそも戎狄と和したのは国の福です。八年に九度諸侯を会合させ、諸侯に叛く者がないのは、君の御威光であり、諸卿の労です。私に何の力がありましょう。それよりも、君にはその楽しみに安んじつつ、その終わりを思っていただきたい。……そもそも楽は徳を安んじるもの、義はそこに身を置くもの、礼はそれを行うもの、信はそれを守るもの、仁はそれを励ますものです。そのうえで国を鎮め、福禄を共にし、遠くの人を招くことができる。これがいわゆる楽です。『書経』に『安きに居りて危うきを思う。思えば備えがあり、備えがあれば患いがない』とあります。あえてこれをもって戒めといたします」。
解説
この章句が説くこと
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尚書・周官寵に居りて危うきを思い、畏れざる罔く、畏れざれば畏るるに入る。
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『正法眼蔵随聞記』巻四示して云はく、愚癡なる人は其の詮なきことを思ひ云ふなり、此につかはるゝ老尼公ありけるが、当時いやしげに在るをはづる顏にて、ともすれば人に向ては、昔しは上臘にてありしよしを語る、たとひ而今の人にさもありと思はれたりとも、なんの用とも覚えぬ、甚だ無用なりとおぼゆるなり、皆人の思はくは此の心あるかと覚ゆるなり、道心の無きほども知られたり、是れらの心を改めて、少し人には似るべきなり、亦有る入道の、極めて無道心なるあり、去り難き知音にてある故に、道心おこらんこと仏神に祈誓せよと云はんと思ふ、定て彼れ腹立して中をたがふことあらん、然あれども道心を発さヾらんには得意にてもたがひに詮なかるべし、
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徒然草・第167段一道に携はる人、あらぬ道の席に臨みて、「あはれ我が道ならましかば、かくよそに見侍らじものを。」といひ、心にも思へる事、常のことなれど、世にわろく覚ゆるなり。知らぬ道の羨ましく覚えば、「あな羨まし、などか習はざりけむ。」と言ひてありなむ。我が智を取り出でて人に争ふは、角あるものの角をかたぶけ、牙あるものの牙を噛み出す類なり。人としては善にほこらず、物と争はざるを徳とす。他に勝る事のあるは大きなる失なり。品の高さにても、才芸のすぐれたるにても、先祖の誉にても、人にまされりと思へる人は、たとひ詞に出でてこそいはねども、内心に若干の科あり。謹みてこれを忘るべし。をこにも見え、人にもいひけたれ、禍ひをも招くは、たゞこの慢心なり。一道にもまことに長じぬる人は、みづから明らかにその非を知るゆゑに、志常に満たずして、つひに物に誇ることなし。
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『十善法語』巻第八・不貪欲戒孟子ニ。葛伯猟ス。童子餉ヲ餽ル。葛伯見テ。童子ヲ殺シテ其餉ヲ奪フ。此ニ由テ湯初テ征スル葛ヨリ始トアル。民家ノ餉ハ。国君ノ口ニ適フベキデハナケレドモ。畢竟シテ戯レト慢心トノ長セルヨリ起タコトシヤ。民庶嬰孩ヲモ侮ラヌガ十善ノ心シヤ。又左伝ニ。斉ノ懿公庸織カ妻ヲ奪フ。是ニ由テ終ニ身ヲ亡シタシヤ。人ノ妻ヲ奪フマシキハ知レタコトナレドモ。臣僕ヲ侮ル故ニ出来ツタコトシヤ。臣僕ノ類ニモ謹ヲ失ハヌカ十善ノ心シヤ。不貪欲戒ハカウシヤ。
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