国語 / 晋語四
公子親筮之,曰:「尚有晉國。」得貞屯、悔豫,皆八也。筮史占之,皆曰:「不吉。閉而不通,爻無為也。」司空季子曰:「吉。是在《周易》,皆利建侯。不有晉國,以輔王室,安能建侯?我命筮曰:『尚有晉國』,筮告我曰:『利建侯』,得國之務也,吉孰大焉!震,車也。坎,水也。坤,土也。屯,厚也。豫,樂也。車班外內,順以訓之,泉原以資之,土厚而樂其實。不有晉國,何以當之?震,雷也,車也。坎,勞也,水也,眾也。主雷與車,而尚水與眾。車有震,武也。眾而順,文也。文武具,厚之至也。故曰屯。其繇曰:『元亨利貞,勿用有攸往,利建侯。』主震雷,長也,故曰元。眾而順,嘉也,故曰亨。內有震雷,故曰利貞。車上水下,必伯。小事不濟,壅也。故曰『勿用有攸往』,一夫之行也。眾順而有武威,故曰『利建侯』。坤,母也。震,長男也。母老子彊,故曰豫。其繇曰:『利建侯行師。』居樂、出威之謂也。是二者,得國之卦也。」
新字:公子親筮之,曰:「尚有晋国。」得貞屯、悔予,皆八也。筮史占之,皆曰:「不吉。閉而不通,爻無為也。」司空季子曰:「吉。是在《周易》,皆利建侯。不有晋国,以輔王室,安能建侯?我命筮曰:『尚有晋国』,筮告我曰:『利建侯』,得国之務也,吉孰大焉!震,車也。坎,水也。坤,土也。屯,厚也。予,楽也。車班外内,順以訓之,泉原以資之,土厚而楽其実。不有晋国,何以当之?震,雷也,車也。坎,労也,水也,衆也。主雷与車,而尚水与衆。車有震,武也。衆而順,文也。文武具,厚之至也。故曰屯。其繇曰:『元亨利貞,勿用有攸往,利建侯。』主震雷,長也,故曰元。衆而順,嘉也,故曰亨。内有震雷,故曰利貞。車上水下,必伯。小事不済,壅也。故曰『勿用有攸往』,一夫之行也。衆順而有武威,故曰『利建侯』。坤,母也。震,長男也。母老子彊,故曰予。其繇曰:『利建侯行師。』居楽、出威之謂也。是二者,得国之卦也。」
書き下し
公子親ら之を筮(ぜい)して曰く、「尚(こいねが)わくは晋国を有たん」と。貞は屯(ちゅん)、悔は豫(よ)を得たり、皆八なり。筮史之を占いて、皆曰く、「不吉なり。閉じて通ぜず、爻(こう)為す無きなり」と。司空季子曰く、「吉なり。是れ周易に在りて、皆侯を建つるに利ろし。晋国を有ちて、以て王室を輔けずんば、安んぞ能く侯を建てん。我筮に命じて曰く、『尚わくは晋国を有たん』と。筮我に告げて曰く、『侯を建つるに利ろし』と。国を得るの務めなり、吉孰(いず)れか焉より大ならん。震は、車なり。坎(かん)は、水なり。坤は、土なり。屯は、厚なり。豫は、楽なり。車外内に班(あまね)く、順以て之を訓(したが)え、泉原以て之を資け、土厚くして其の実を楽しむ。晋国を有たずんば、何を以て之に当たらん。震は、雷なり、車なり。坎は、労なり、水なり、衆なり。雷と車とを主として、水と衆とを尚(うえ)にす。車に震有るは、武なり。衆にして順なるは、文なり。文武具わるは、厚きの至りなり。故に屯と曰う。其の繇(ちゅう)に曰く、『元いに亨る、貞しきに利ろし、往く攸(ところ)有るに用うる勿かれ、侯を建つるに利ろし』と。震雷を主とするは、長なり、故に元と曰う。衆にして順なるは、嘉なり、故に亨と曰う。内に震雷有り、故に利貞と曰う。車上り水下る、必ず伯たらん。小事は済(な)らず、壅(ふさ)がればなり。故に往く攸有るに用うる勿かれと曰う、一夫の行なり。衆順にして武威有り、故に『侯を建つるに利ろし』と曰う。坤は、母なり。震は、長男なり。母老いて子彊し、故に豫と曰う。其の繇に曰く、『侯を建て師を行(や)るに利ろし』と。居りては楽しみ、出でては威あるの謂なり。是の二者は、国を得るの卦なり」と。
現代語訳
公子は自ら占って言った。「どうか晋の国を得られますように。」すると内卦(貞)が屯、外卦(悔)が豫となる卦を得て、どちらも八(動かない爻)であった。筮史(占いの役人)たちはこれを占って、みな言った。「不吉です。閉ざされて通じず、爻が働きません。」司空季子(胥臣)が言った。「吉です。これは周易では、どちらも『侯を建てるに利ろし』とあります。晋の国を得て王室を助けるのでなければ、どうして侯を建てることができましょう。わたしたちは『どうか晋の国を得られますように』と占いに問い、占いは『侯を建てるに利ろし』と答えたのです。国を得ることこそが務めであり、これほど大きな吉はありません。震は車、坎は水、坤は土を表します。屯は厚いこと、豫は楽しむことです。車(震)が内にも外にも行きわたり、従順さ(坤)でこれを導き、泉の源(坎)がこれを潤し、土は厚くその実りを楽しむ。晋の国を得るのでなければ、何がこれに当たりましょう。震は雷であり車です。坎は労苦であり、水であり、民衆です。雷と車を主とし、水と民衆をその上に戴いています。車に雷の響きがあるのは武であり、民衆が従うのは文です。文と武がそろうのは厚さの極みであり、だから屯と言うのです。その卦辞には『大いに通る、正しくあるのがよい、行くところがあっても用いてはならない、侯を建てるのがよい』とあります。震の雷を主とするのは長ということで、だから元と言います。民衆が従うのはめでたいことで、だから亨と言います。内に震の雷があるので、利貞と言います。車は上へ進み水は下へ流れる、必ず諸侯の長となるでしょう。小さな事は成らない、ふさがっているからです。だから行くところがあっても用いてはならないと言うのです。それは一人の男の行いのことです。民衆が従い、しかも武の威があるので、侯を建てるのがよいと言うのです。坤は母、震は長男です。母は老いて子は強い、だから豫(楽しむ)と言うのです。その卦辞には『侯を建て、軍を動かすのがよい』とあります。内にあっては楽しみ、外に出ては威を示すという意味です。この二つは、国を得る卦です。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』閔公元年 心苟くも瑕無くば士蒍曰く、「大子立つを得ず。之に都城を分かちて、位するに卿を以ってす。先づ之が爲に極めたり、又焉んぞ立つを得ん。之を逃るるに如かず、罪をして至らしむる無かれ。吳の大伯と爲る、亦た可ならずや。猶ほ令名有り、其の及ぶよりは與し。且つ諺に曰く、『心苟くも瑕無くば、何ぞ家無きを恤へん』と。天若し大子に祚せば、其れ晉無からんや」と。卜偃曰く、「畢萬の後必ず大ならん。萬は、盈數なり。魏は、大名なり。是を以って始めて賞す、天之を啟けり。天子を兆民と曰ひ、諸侯を萬民と曰ふ。今之に名づくるに大を以ってし、以って盈數に從ふ、其れ必ず眾有らん」と。初め、畢萬晉に仕へんことを筮し、《屯》の《比》に之くに遇ふ。辛廖之を占ひて曰く、「吉なり。《屯》は固く、《比》は入る、吉孰れか焉より大ならん。其れ必ず蕃昌せん。《震》土と爲り、車馬に從ひ、足之に居り、兄之に長たり、母之を覆ひ、眾之に歸す。六體易らず、合して能く固く、安くして能く殺す、公侯の卦なり。公侯の子孫は、必ず其の始めに復らん」と。
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国語・晋語四公子鄭を過ぐ。鄭の文公も亦礼せず。叔詹(しゅくせん)諫めて曰く、「臣之を聞く、天に親しみ、前訓を用い、兄弟を礼し、窮困を資(たす)くるは、天の福する所なり。今晋の公子に三祚(さんそ)有り、天将に之を啓かんとす。同姓は婚せず、殖(ふ)えざるを悪(にく)めばなり。狐氏は唐叔より出づ。狐姫は、伯行の子なり、実に重耳を生む。成りて雋才(しゅんさい)あり、離違して所を得、久しく約(くる)しみて釁(きず)無し、一なり。同出九人、唯重耳のみ在り、外に離るるの患いありて、晋国靖(やす)からず、二なり。晋侯日に其の怨みを載せ、外内之を棄つ。重耳日に其の徳を載せ、狐・趙之を謀る、三なり。周頌に在りて曰く、『天高山を作り、大王之を荒(おお)いにす』と。荒とは、之を大いにするなり。天の作る所を大いにす、天に親しむと謂うべし。晋・鄭は兄弟なり。吾が先君武公晋の文侯と力を戮(あわ)せ心を一にし、周室に股肱(ここう)し、平王を夾輔す。平王労(ねぎら)いて之を徳とし、之に盟質を賜いて曰く、『世々相起(たす)けよ』と。若し天に親しむは、三祚を獲る者、天を大いにすと謂うべし。若し前訓を用うるは、文侯の功、武公の業、前訓と謂うべし。若し兄弟を礼するは、晋・鄭の親、王の遺命、兄弟と謂うべし。若し窮困を資くるは、亡げて長幼に在り、諸侯に還軫(かんしん)す、窮困と謂うべし。此の四者を棄てて、以て天禍を徼(もと)むるは、乃ち不可なること無からんや。君其れ之を図れ」と。聴かず。 叔詹曰く、「若し礼せずんば、則ち請う之を殺さん。諺に曰く、『黍稷(しょしょく)成ること無くんば、栄を為すこと能わず。黍黍と為らずんば、蕃廡(はんぶ)すること能わず。稷稷と為らずんば、蕃殖すること能わず。生ずる所疑わず、唯徳の基なり』と」。公聴かず。
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国語・晋語四十月、恵公卒す。十二月、秦伯公子を納る。河に及ぶ。子犯公子に載璧(さいへき)を授けて曰く、「臣君に従いて還軫(かんしん)し、天下を巡る、怨み其れ多し。臣猶之を知る、而るを況んや君をや。其の死を忍びず、請う此由り亡げん」と。公子曰く、「舅氏と心を同じくせざる所の者は、河水の如き有らん」と。璧を沈めて以て質(ちか)う。 董因(とういん)公を河に迎う。公問いて曰く、「吾其れ済(な)らんか」と。対えて曰く、「歳は大梁(たいりょう)に在り、将に天行を集(な)さんとす。元年始めて受くるは、実沈(じっちん)の星なり。実沈の墟(きょ)は、晋人是に居る。興る所以なり。今君之に当たる、済らざること無からん。君の行くや、歳は大火に在り。大火は、閼伯(あつはく)の星なり、是を大辰(たいしん)と謂う。辰以て善を成し、后稷是れ相(み)、唐叔以て封ぜらる。瞽史の記に曰く、祖を嗣続すること、穀の滋(しげ)るが如く、必ず晋国を有たんと。臣之を筮して、泰の八を得たり。曰く、是を天地配して亨り、小往き大来たると謂う。今之に及べり、何の済らざることか之有らん。且つ辰を以て出でて参(しん)を以て入る、皆晋の祥なり、而して天の大紀なり。済りて且つ成を秉(と)らば、必ず諸侯に霸たらん。子孫之に頼らん、君懼るること無かれ」と。 公子河を済り、令狐(れいこ)・臼衰(きゅうし)・桑泉を召す、皆降る。晋人懼れ、懐公高梁(こうりょう)に奔る。呂甥(りょせい)・冀芮(きぜい)師を帥い、甲午、廬柳(ろりゅう)に軍す。秦伯公子縶(しつ)をして師に如かしむ。師退きて、郇(じゅん)に次(やど)る。辛丑、狐偃秦・晋の大夫と郇に盟う。壬寅、公晋の師に入る。甲辰、秦伯還る。丙午、曲沃(きょくよく)に入る。丁未、絳(こう)に入り、武宮に即位す。戊申、懐公を高梁に刺す。
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国語・周語下「天は六、地は五、数の常なり。之を経(たていと)にするに天を以てし、之を緯(よこいと)にするに地を以てす。経緯爽(たが)わざる、文の象なり。文王は質文なり、故に天之に胙(さいわい)するに天下を以てす。夫子之を被(こうむ)れり。其の昭穆又近し、以て国を得べし。且つ夫れ立ちて跛ること無きは正なり。視て還らすこと無きは端なり。聴きて聳つること無きは成なり。言いて遠きこと無きは慎なり。夫れ正は徳の道なり。端は徳の信なり。成は徳の終わりなり。慎は徳の守りなり。守り終わること純固にして、道正しく事信なれば、令徳を明らかにす。慎・成・端・正は徳の相(たすけ)なり。晋の為に休戚するは、本に背かざるなり。文を被り徳を相く、国に非ずして何をか取らん。 「成公の帰るや、吾聞く、晋之を筮(ぜい)し、乾の否に之くに遇う。曰く、『配して終えず、君三たび出でん』と。一は既に往けり。後は之を知らず。其の次は必ず此れならん。且つ吾聞く、成公の生まるるや、其の母神其の臀(しり)に規(えが)くに墨を以てするを夢む。曰く、『晋国を有たしめ、三にして驩(かん)の孫に畀(あた)えん』と。故に之に名づけて『黒臀(こくとん)』と曰う。今に於いて再びなり。襄公を驩と曰う、此れ其の孫なり。而して令徳孝恭なり、此に非ずして其れ誰ぞ。且つ其の夢に曰く、『必ず驩の孫、実に晋国を有たん』と。其の卦に曰く、『必ず三たび君を周に取らん』と。其の徳又以て国に君たるべし。三たび襲(かさ)なれり。吾之を大誓に聞く、故に曰く、『朕の夢朕の卜に協(かな)い、休祥に襲なる、商を戎(う)ちて必ず克たん』と。三たび襲なるを以てなり。晋仍(しばしば)道無くして冑(ちゅう)鮮(すくな)し。其れ将に之を失わんとす。必ず早く晋子を善くせよ、其れ之に当たらん」と。 頃公許諾す。厲公の乱に及び、周子を召して之を立つ、是を悼公と為す。
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国語・晋語四公狄に在ること十二年、狐偃(こえん)曰く、「日(さき)に吾此に来たるや、狄を以て栄と為すに非ず、以て事を成すべければなり。吾曰く、『奔りて達し易く、困しみて資有り、休みて以て利を択べば、以て戾(いた)るべし』と。今戾ること久し、戾ること久しければ将に底(とど)まらんとす。底著滞淫(ていちゃくたいいん)せば、誰か能く之を興さん。盍(なん)ぞ速やかに行かざる。吾斉・楚に適(ゆ)かざりしは、其の遠きを避けしなり。力を蓄うること一紀、以て遠くすべし。斉侯長ぜり、而して晋に親しまんと欲す。管仲歿して、讒多く側に在り。謀りて正すこと無く、衷(うち)に始めを思う。夫れ必ず前言を追択し、善を求めて以て終えんとし、邇(ちか)きに饜(あ)きて遠きを逐い、遠人入りて服するを、郵(とが)と為さざらん。其の季年に会うは可なり、茲(ここ)に以て親しむべし」と。皆以て然りと為す。 乃ち行きて、五鹿(ごろく)を過ぎ、食を野人に乞う。野人塊(つちくれ)を挙げて以て之に与う。公子怒りて、将に之を鞭うたんとす。子犯(しはん)曰く、「天の賜なり。民土を以て服す、又何をか求めん。天事は必ず象(しょう)あり、十有二年にして、必ず此の土を獲ん。二三子之を志(しる)せ。歳(さい)寿星及び鶉尾(じゅんび)に在るとき、其れ此の土を有たんか。天以て命ぜり、寿星に復らば、必ず諸侯を獲ん。天の道なり、是に由りて之を始めん。此を有つは、其れ戊申(ぼしん)を以てせんか。土を申(の)ぶる所以なり」と。再拝稽首し、受けて之を載す。遂に斉に適く。
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国語・晋語一郭偃(かくえん)曰く、「夫れ三季の王の亡ぶるや宜なり。民の主なるに、惑いを縦(ほしいまま)にして疚(や)まず、侈(おご)りを肆(ほしいまま)にして違わず、志を流して行い、疚まざる所無し。是を以て亡に及びて追鑒(ついかん)を獲ず。今晋国の方は、偏侯なり。其の土又小さく、大国側に在り。惑いを縦にせんと欲すと雖も、未だ専らにするを獲ざるなり。大家・鄰国将に之を師保せんとす。多くして驟(しばしば)立つるも、其れ集(いた)りて亡びざらん。驟立つと雖も、五に過ぎず。且つ夫れ口は、三五の門なり。是を以て讒口の乱は、三五に過ぎず。且つ夫れ挟むは、小鯁(しょうこう)なり。以て小しく戕(そこな)うべくして、国を喪う能わず。之に当たる者は戕われん。晋に於いて何の害かあらん。之を挟むと謂うと雖も、而も猾するに歯牙を以てすれば、口堪えざるなり。其れ与(とも)にすること幾何ぞ。晋国の懼るること則ち甚だしきも、亡ぶること猶お未だしなり。商の衰うるや、其の銘に之有りて曰く、『嗛嗛(けんけん)の徳は、就くに足らざるなり。以て矜(ほこ)るべからずして、祇(ただ)に憂いを取るなり。嗛嗛の食は、狃(な)るるに足らざるなり。膏と為る能わずして、祗(ただ)に咎(とが)に罹(かか)るなり』と。驪の乱と雖も、其の咎に罹るのみ。其れ何ぞ能く服せん。吾聞く、乱を以て聚むるを得る者は、謀に非ざれば時を卒えず、人に非ざれば難を免れず、礼に非ざれば年を終えず、義に非ざれば歯を尽くさず、徳に非ざれば世に及ばず、天に非ざれば数を離れずと。今其の安きに拠らざれば、能く謀ると謂うべからず。之を行うに歯牙を以てすれば、人を得たりと謂うべからず。国を廃して己に向かわしむれば、礼と謂うべからず。度らずして迂求すれば、義と謂うべからず。寵を以て怨みを賈(か)えば、徳と謂うべからず。族少なくして敵多ければ、天と謂うべからず。徳義行われず、礼義則(のっと)られず、人を棄て謀を失わば、天も亦賛(たす)けず。吾君夫人を観るに、若し乱を為さば、其れ猶お隷農のごときなり。沃田を獲て勤めて之を易(おさ)むと雖も、将に饗(う)くるに克(た)えずして、人の為にするのみならん」と。 士蒍(しい)曰く、「誡めは豫(あらかじ)めするに如くは莫し。豫めして後に給(た)る。夫子之を誡む。抑々二大夫の言は其れ皆有らん」と。 既にして、驪姫克たず、晋秦に正され、五たび立てて後に平らぐ。
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