国語 / 晋語三
惠公入而背外內之賂。輿人誦之,曰:「佞之見佞,果喪其田。詐之見詐,果喪其賂。得國而狃,終逢其咎。喪田不懲,禍亂其興。」既里、丕死,禍,公隕於韓。郭偃曰:「善哉!夫眾口禍福之門。是以君子省眾而動,監戒而謀,謀度而行,故無不濟。內謀外度,考省不倦,日考而習,戒備畢矣。」
新字:恵公入而背外内之賂。輿人誦之,曰:「佞之見佞,果喪其田。詐之見詐,果喪其賂。得国而狃,終逢其咎。喪田不懲,禍乱其興。」既里、丕死,禍,公隕於韓。郭偃曰:「善哉!夫衆口禍福之門。是以君子省衆而動,監戒而謀,謀度而行,故無不済。内謀外度,考省不倦,日考而習,戒備畢矣。」
書き下し
恵公入りて外内の賂(まいない)に背く。輿人(よじん)之を誦(しょう)して曰く、「佞(ねい)の佞とせらるる、果たして其の田を喪う。詐(さ)の詐とせらるる、果たして其の賂を喪う。国を得て狃(な)るれば、終に其の咎(とが)に逢わん。田を喪いて懲りずんば、禍乱其れ興らん」と。既にして里・丕死し、禍ありて、公韓に隕(お)つ。郭偃(かくえん)曰く、「善いかな。夫れ衆口は禍福の門なり。是を以て君子は衆を省みて動き、戒めを監(み)て謀り、謀り度(はか)りて行う。故に済(な)らざる無し。内に謀り外に度り、考え省みて倦まず、日に考えて習えば、戒備畢(つ)くせり」と。
現代語訳
恵公(夷吾)は晋に入って即位すると、国外の秦と国内の里克・丕鄭に約束した贈り物をことごとく反故にした。人々はこれを歌にして唱えた。「へつらって人を欺いた者が、へつらいに欺かれて、とうとう田地を失った。偽って君を立てた者が、偽りに遭って、とうとう約束の土地を失った。国を得て図に乗れば、最後にはその咎めに遭うだろう。田地を失って懲りなければ、禍乱が起こるだろう」。やがて里克と丕鄭は殺され、恵公は貪りおごった禍いによって、韓の戦いで敗れ捕らわれた。郭偃(晋の大夫)は言った。「よく言い当てたものだ。人々の口は禍福の門である。だから君子は人々の声を省みて動き、そこから戒めをくみ取って謀り、謀りを道理に照らして量ってから行う。だから成し遂げられないことがない。内で謀り、外で量り、考え省みて飽くことがなく、日々考えては身につけていけば、戒めと備えの道はこれに尽きる」。
解説
この章句が説くこと
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国語・晋語三恵公位に即き、共世子(きょうせいし)を出だして之を改葬す。臭(しゅう)外に達す。国人之を誦して曰く、「貞の報い無きなり。孰(たれ)ぞ是の人斯(こ)れ、而して是の臭有らしむる。貞も聴かれず、信も誠とせられず。国斯に刑無く、偸(ぬす)みて居り倖(さいわ)いにして生く。厥(そ)の貞を更(あらた)めずんば、大命其れ傾かん。威(おそ)れんか懐(おも)わんか、各々爾(なんじ)の有を聚めて、以て帰する所を待て。猗(ああ)違(さ)らんか、心の哀しき。歳の二七、其れ微(び)有ること靡(な)けん。若(か)の狄の公子、吾是に之れ依らん。国家を鎮撫し、王の妃(ひ)と為らん」と。郭偃曰く、「甚だしいかな、善の難きや。君共君を改葬して以て栄と為すも、悪滋(ますます)章(あきら)かなり。夫れ人中に美なれば、必ず外に播(し)き、民に越(あ)がり、民実に之を戴く。悪も亦之の如し。故に行いは慎まざるべからざるなり。必ず或いは之を知らん。十四年、君の冢嗣(ちょうし)其れ替(すた)れんか。其の数民に告げたり。公子重耳其れ入らんか。其の魄(はく)民に兆せり。若し入らば、必ず諸侯に伯として以て天子に見えん。其の光民に耿(あき)らかなり。数は言の紀なり。魄は意の術なり。光は明の曜なり。言を紀して以て之を敘べ、意を述べて以て之を導き、明曜して以て之を昭らかにす。至らずして何をか待たん。先導せんと欲する者は行け、将に至らんとす」と。
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国語・晋語三恵公既に里克を殺して之を悔いて曰く、「芮(ぜい)や、寡人をして過ちて我が社稷の鎮を殺さしむ」と。郭偃之を聞きて曰く、「謀らずして諫むる者は、冀芮なり。図らずして殺す者は、君なり。謀らずして諫むるは、不忠なり。図らずして殺すは、不祥なり。不忠なれば、君の罰を受く。不祥なれば、天の禍に罹(かか)る。君の罰を受くれば、死して戮(りく)せらる。天の禍に罹れば、後無し。道を志す者は忘るること勿かれ、将に及ばんとす」と。文公の入るに及び、秦人冀芮を殺して之を施(さら)す。
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国語・晋語一郭偃(かくえん)曰く、「夫れ三季の王の亡ぶるや宜なり。民の主なるに、惑いを縦(ほしいまま)にして疚(や)まず、侈(おご)りを肆(ほしいまま)にして違わず、志を流して行い、疚まざる所無し。是を以て亡に及びて追鑒(ついかん)を獲ず。今晋国の方は、偏侯なり。其の土又小さく、大国側に在り。惑いを縦にせんと欲すと雖も、未だ専らにするを獲ざるなり。大家・鄰国将に之を師保せんとす。多くして驟(しばしば)立つるも、其れ集(いた)りて亡びざらん。驟立つと雖も、五に過ぎず。且つ夫れ口は、三五の門なり。是を以て讒口の乱は、三五に過ぎず。且つ夫れ挟むは、小鯁(しょうこう)なり。以て小しく戕(そこな)うべくして、国を喪う能わず。之に当たる者は戕われん。晋に於いて何の害かあらん。之を挟むと謂うと雖も、而も猾するに歯牙を以てすれば、口堪えざるなり。其れ与(とも)にすること幾何ぞ。晋国の懼るること則ち甚だしきも、亡ぶること猶お未だしなり。商の衰うるや、其の銘に之有りて曰く、『嗛嗛(けんけん)の徳は、就くに足らざるなり。以て矜(ほこ)るべからずして、祇(ただ)に憂いを取るなり。嗛嗛の食は、狃(な)るるに足らざるなり。膏と為る能わずして、祗(ただ)に咎(とが)に罹(かか)るなり』と。驪の乱と雖も、其の咎に罹るのみ。其れ何ぞ能く服せん。吾聞く、乱を以て聚むるを得る者は、謀に非ざれば時を卒えず、人に非ざれば難を免れず、礼に非ざれば年を終えず、義に非ざれば歯を尽くさず、徳に非ざれば世に及ばず、天に非ざれば数を離れずと。今其の安きに拠らざれば、能く謀ると謂うべからず。之を行うに歯牙を以てすれば、人を得たりと謂うべからず。国を廃して己に向かわしむれば、礼と謂うべからず。度らずして迂求すれば、義と謂うべからず。寵を以て怨みを賈(か)えば、徳と謂うべからず。族少なくして敵多ければ、天と謂うべからず。徳義行われず、礼義則(のっと)られず、人を棄て謀を失わば、天も亦賛(たす)けず。吾君夫人を観るに、若し乱を為さば、其れ猶お隷農のごときなり。沃田を獲て勤めて之を易(おさ)むと雖も、将に饗(う)くるに克(た)えずして、人の為にするのみならん」と。 士蒍(しい)曰く、「誡めは豫(あらかじ)めするに如くは莫し。豫めして後に給(た)る。夫子之を誡む。抑々二大夫の言は其れ皆有らん」と。 既にして、驪姫克たず、晋秦に正され、五たび立てて後に平らぐ。
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国語・晋語三恵公既に位に即き、乃ち秦の賂に背く。丕鄭をして秦に聘せしめ、且つ之を謝せしむ。而して里克を殺して曰く、「子二君と一大夫とを殺す。子の君為る者は、亦難からずや」と。 丕鄭秦に如きて賂を緩くするを謝し、乃ち穆公に謂いて曰く、「君厚く問いて以て呂甥・郤称・冀芮を召して之を止め、師を以て公子重耳を奉ぜよ。臣の属内に作(おこ)らば、晋君必ず出でん」と。穆公泠至(れいし)をして報問せしめ、且つ三大夫を召す。鄭や客と将に事を行わんとす。冀芮曰く、「鄭の使いは薄くして報いは厚し。其の我を秦に言うや、必ず我を誘わしめん。殺さずんば、必ず難を作さん」と。是の故に丕鄭及び七輿大夫、共華(きょうか)・賈華・叔堅(しゅくけん)・騅歂(すいせん)・纍虎(るいこ)・特宮(とくきゅう)・山祁(さんき)を殺す。皆里・丕の党なり。丕豹(ひひょう)秦に出奔す。 丕鄭の秦より反るや、里克の死を聞き、共華に見えて曰く、「以て入るべきか」と。共華曰く、「二三子皆在りて及ばず。子は秦に使いす、可なり」と。丕鄭入り、君之を殺す。共賜(きょうし)共華に謂いて曰く、「子行かんか。其れ及ばん」と。共華曰く、「夫子の入るは、吾が謀なり。将に待たんとす」と。賜曰く、「孰か之を知らん」と。共華曰く、「不可なり。知りて之に背くは不信なり。謀りて人を困しむるは不智なり。困しみて死せざるは無勇なり。大悪三を任(にな)いて、行くとも将に安(いず)くにか入らん。子其れ行け、我は姑(しばら)く死を待たん」と。 丕鄭の子を豹と曰う。秦に出奔し、穆公に謂いて曰く、「晋君大いに其の衆を失う。君の賂に背き、里克を殺して、処る者を忌む。衆固より説(よろこ)ばず。今又臣の父及び七輿大夫を殺す。此れ其の党国に半ばす。君若し之を伐たば、其の君必ず出でん」と。穆公曰く、「衆を失わば安んぞ能く人を殺さん。且つ夫れ禍は唯だ斃(たお)るること無くんば、足る者は処らず、処る者は足らず、勝敗化するが若し。禍を以て違(さ)るも、孰か能く君を出ださん。爾(なんじ)我を俟て」と。
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国語・晋語三恵公未だ至らず。蛾析(がせき)慶鄭に謂いて曰く、「君の止めらるるは、子の罪なり。今君将に来たらんとす、子何ぞ俟(ま)つ」と。慶鄭曰く、「鄭や之を聞けり、曰く、『軍敗るれば、之に死す。将止めらるれば、之に死す』と。二者行わず、又之に重ぬるに人を誤るを以てして、其の君を喪う。大罪三有り、将に安(いず)くにか適かん。君若し来たらば、将に刑を待ちて以て君の志を快くせんとす。君若し来たらずんば、将に独り秦を伐たんとす。君を得ずんば、必ず之に死せん。此れ待つ所以なり。臣其の志を得て、君をして瞢(は)じしむるは、是れ犯なり。君犯を行えば、猶其の国を失う、而るを況んや臣をや」と。
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国語・周語上「古は、先王既に天下を有(たも)ち、又上帝・明神を崇(たか)く立てて之を敬事す。是に於いてか朝日・夕月有りて以て民に君に事うることを教う。諸侯は春秋に職を王に受けて以て其の民に臨み、大夫・士は日に位著(いちょ)に恪(つつし)みて以て其の官を儆(いまし)め、庶人・工・商は各其の業を守りて以て其の上に共す。猶お其の墜失有らんことを恐る。故に車服・旗章を為(つく)りて以て之を旌(あら)わし、贄幣(しへい)・瑞節を為りて以て之を鎮(しず)め、班爵・貴賤を為りて以て之を列し、令聞・嘉誉を為りて以て之を声(な)らす。猶お散・遷・懈慢(かいまん)にして刑辟に著われ、裔土(えいど)に流さるる有り。是に於いてか蛮・夷の国有り、斧鉞(ふえつ)・刀墨の民有り。而るを況んや以て其の身を淫縦す可けんや。 「夫れ晋侯は嗣に非ずして、其の位を得たり。亹亹(びび)怵惕(じゅってき)し、保任戒懼するも、猶お未だしと曰う。若し将に其の心を広くして其の鄰を遠ざけ、其の民を陵(しの)ぎて其の上を卑しめば、将に何を以て固く守らんとするか。 「夫れ玉を執ること卑きは、其の贄を替(す)つるなり。拝して稽首せざるは、其の王を誣(し)うるなり。贄を替つれば鎮無く、王を誣うれば民無し。夫れ天の事は恒に象(しめ)す。任重く享大なる者は必ず速やかに及ぶ。故に晋侯王を誣うれば、人も亦将に之を誣いんとす。其の鎮を替てんと欲すれば、人も亦将に之を替てんとす。大臣其の禄を享けて、諫めずして之に阿(おもね)る、亦必ず及ばん」と。 襄王三年にして晋侯を立て、八年にして韓に隕(お)ち、十六年にして晋人懐公を殺す。懐公冑(ちゅう)無く、秦人子金・子公を殺す。
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