国語 / 晋語三
惠公即位,出共世子而改葬之,臭達於外。國人誦之曰:「貞之無報也。孰是人斯,而有是臭也?貞為不聽,信為不誠。國斯無刑,偷居倖生。不更厥貞,大命其傾。威兮懷兮,各聚爾有,以待所歸兮。猗兮違兮,心之哀兮。歲之二七,其靡有微兮。若狄公子,吾是之依兮。鎮撫國家,為王妃兮。」郭偃曰:「甚哉,善之難也!君改葬共君以為榮也,而惡滋章。夫人美於中,必播於外,而越於民,民實戴之。惡亦如之。故行不可不慎也。必或知之,十四年,君之冢嗣其替乎?其數告於民矣。公子重耳其入乎?其魄兆於民矣。若入,必伯諸侯以見天子,其光耿於民矣。數,言之紀也。魄,意之術也。光,明之曜也。紀言以敘之,述意以導之,明曜以昭之。不至何待?欲先導者行乎,將至矣!」
新字:恵公即位,出共世子而改葬之,臭達於外。国人誦之曰:「貞之無報也。孰是人斯,而有是臭也?貞為不聴,信為不誠。国斯無刑,偸居倖生。不更厥貞,大命其傾。威兮懐兮,各聚爾有,以待所帰兮。猗兮違兮,心之哀兮。歳之二七,其靡有微兮。若狄公子,吾是之依兮。鎮撫国家,為王妃兮。」郭偃曰:「甚哉,善之難也!君改葬共君以為栄也,而悪滋章。夫人美於中,必播於外,而越於民,民実戴之。悪亦如之。故行不可不慎也。必或知之,十四年,君之冢嗣其替乎?其数告於民矣。公子重耳其入乎?其魄兆於民矣。若入,必伯諸侯以見天子,其光耿於民矣。数,言之紀也。魄,意之術也。光,明之曜也。紀言以敘之,述意以導之,明曜以昭之。不至何待?欲先導者行乎,将至矣!」
書き下し
恵公位に即き、共世子(きょうせいし)を出だして之を改葬す。臭(しゅう)外に達す。国人之を誦して曰く、「貞の報い無きなり。孰(たれ)ぞ是の人斯(こ)れ、而して是の臭有らしむる。貞も聴かれず、信も誠とせられず。国斯に刑無く、偸(ぬす)みて居り倖(さいわ)いにして生く。厥(そ)の貞を更(あらた)めずんば、大命其れ傾かん。威(おそ)れんか懐(おも)わんか、各々爾(なんじ)の有を聚めて、以て帰する所を待て。猗(ああ)違(さ)らんか、心の哀しき。歳の二七、其れ微(び)有ること靡(な)けん。若(か)の狄の公子、吾是に之れ依らん。国家を鎮撫し、王の妃(ひ)と為らん」と。郭偃曰く、「甚だしいかな、善の難きや。君共君を改葬して以て栄と為すも、悪滋(ますます)章(あきら)かなり。夫れ人中に美なれば、必ず外に播(し)き、民に越(あ)がり、民実に之を戴く。悪も亦之の如し。故に行いは慎まざるべからざるなり。必ず或いは之を知らん。十四年、君の冢嗣(ちょうし)其れ替(すた)れんか。其の数民に告げたり。公子重耳其れ入らんか。其の魄(はく)民に兆せり。若し入らば、必ず諸侯に伯として以て天子に見えん。其の光民に耿(あき)らかなり。数は言の紀なり。魄は意の術なり。光は明の曜なり。言を紀して以て之を敘べ、意を述べて以て之を導き、明曜して以て之を昭らかにす。至らずして何をか待たん。先導せんと欲する者は行け、将に至らんとす」と。
現代語訳
恵公は即位すると、共世子(亡き太子申生)の亡骸を掘り出して改葬したが、その腐臭が墓の外まで漂った。国の人々はこれを歌にして唱えた。「正しい礼で葬り直しても、良い報いはない。いったい誰がこの人に、こんな臭いを放たせたのか。正しく葬っても聞き入れられず、真心で行っても誠と受け取られない。この国には法がなく、君は位を盗んで居座り、僥倖で生きている。その正しさを改めなければ、天命は傾くだろう。君を恐れるか、公子を慕うか、それぞれ持ち物をまとめて、帰すべき人を待て。ああ、立ち去ろうか、心は悲しい。十四年ののちには、その跡継ぎも滅んでいるだろう。あの狄にいる公子こそ、われらの頼みとする人。国家を鎮め安んじて、王の良き相方となるだろう」。郭偃(晋の大夫)は言った。「なんとまあ、善を行うことは難しいものだ。君は共君を改葬して栄誉にしようとしたのに、悪はかえってますます明らかになった。人の心の内が美しければ、必ず外に広がり、民の間にあらわれて、民は心から仰ぎ戴く。悪もまた同じだ。だから行いは慎まねばならない。民は必ずそれを知るのだ。十四年ののち、君の跡継ぎは廃されるだろう。その年数はもう民の歌が告げている。公子重耳は帰国するだろう。その兆しはもう民の間に現れている。帰国すれば、必ず諸侯の旗頭となって天子にまみえるだろう。その光はもう民の間に輝いている。年数は言葉の筋道であり、兆しは民の心を導くものであり、光は明らかさの輝きである。言葉の筋道で順序を語り、民の心を述べて導き、輝きで照らし出している。これで重耳が来ないとすれば、ほかに何を待つというのか。重耳の先導をしたい者は行くがよい。もうすぐやって来る」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
国語・晋語三恵公入りて外内の賂(まいない)に背く。輿人(よじん)之を誦(しょう)して曰く、「佞(ねい)の佞とせらるる、果たして其の田を喪う。詐(さ)の詐とせらるる、果たして其の賂を喪う。国を得て狃(な)るれば、終に其の咎(とが)に逢わん。田を喪いて懲りずんば、禍乱其れ興らん」と。既にして里・丕死し、禍ありて、公韓に隕(お)つ。郭偃(かくえん)曰く、「善いかな。夫れ衆口は禍福の門なり。是を以て君子は衆を省みて動き、戒めを監(み)て謀り、謀り度(はか)りて行う。故に済(な)らざる無し。内に謀り外に度り、考え省みて倦まず、日に考えて習えば、戒備畢(つ)くせり」と。
-
国語・晋語三恵公既に里克を殺して之を悔いて曰く、「芮(ぜい)や、寡人をして過ちて我が社稷の鎮を殺さしむ」と。郭偃之を聞きて曰く、「謀らずして諫むる者は、冀芮なり。図らずして殺す者は、君なり。謀らずして諫むるは、不忠なり。図らずして殺すは、不祥なり。不忠なれば、君の罰を受く。不祥なれば、天の禍に罹(かか)る。君の罰を受くれば、死して戮(りく)せらる。天の禍に罹れば、後無し。道を志す者は忘るること勿かれ、将に及ばんとす」と。文公の入るに及び、秦人冀芮を殺して之を施(さら)す。
-
国語・晋語一郭偃(かくえん)曰く、「夫れ三季の王の亡ぶるや宜なり。民の主なるに、惑いを縦(ほしいまま)にして疚(や)まず、侈(おご)りを肆(ほしいまま)にして違わず、志を流して行い、疚まざる所無し。是を以て亡に及びて追鑒(ついかん)を獲ず。今晋国の方は、偏侯なり。其の土又小さく、大国側に在り。惑いを縦にせんと欲すと雖も、未だ専らにするを獲ざるなり。大家・鄰国将に之を師保せんとす。多くして驟(しばしば)立つるも、其れ集(いた)りて亡びざらん。驟立つと雖も、五に過ぎず。且つ夫れ口は、三五の門なり。是を以て讒口の乱は、三五に過ぎず。且つ夫れ挟むは、小鯁(しょうこう)なり。以て小しく戕(そこな)うべくして、国を喪う能わず。之に当たる者は戕われん。晋に於いて何の害かあらん。之を挟むと謂うと雖も、而も猾するに歯牙を以てすれば、口堪えざるなり。其れ与(とも)にすること幾何ぞ。晋国の懼るること則ち甚だしきも、亡ぶること猶お未だしなり。商の衰うるや、其の銘に之有りて曰く、『嗛嗛(けんけん)の徳は、就くに足らざるなり。以て矜(ほこ)るべからずして、祇(ただ)に憂いを取るなり。嗛嗛の食は、狃(な)るるに足らざるなり。膏と為る能わずして、祗(ただ)に咎(とが)に罹(かか)るなり』と。驪の乱と雖も、其の咎に罹るのみ。其れ何ぞ能く服せん。吾聞く、乱を以て聚むるを得る者は、謀に非ざれば時を卒えず、人に非ざれば難を免れず、礼に非ざれば年を終えず、義に非ざれば歯を尽くさず、徳に非ざれば世に及ばず、天に非ざれば数を離れずと。今其の安きに拠らざれば、能く謀ると謂うべからず。之を行うに歯牙を以てすれば、人を得たりと謂うべからず。国を廃して己に向かわしむれば、礼と謂うべからず。度らずして迂求すれば、義と謂うべからず。寵を以て怨みを賈(か)えば、徳と謂うべからず。族少なくして敵多ければ、天と謂うべからず。徳義行われず、礼義則(のっと)られず、人を棄て謀を失わば、天も亦賛(たす)けず。吾君夫人を観るに、若し乱を為さば、其れ猶お隷農のごときなり。沃田を獲て勤めて之を易(おさ)むと雖も、将に饗(う)くるに克(た)えずして、人の為にするのみならん」と。 士蒍(しい)曰く、「誡めは豫(あらかじ)めするに如くは莫し。豫めして後に給(た)る。夫子之を誡む。抑々二大夫の言は其れ皆有らん」と。 既にして、驪姫克たず、晋秦に正され、五たび立てて後に平らぐ。
-
国語・晋語二人申生に謂いて曰く、「子の罪に非ず、何ぞ去らざる」と。申生曰く、「不可なり。去りて罪釈(と)けなば、必ず君に帰せん。是れ君を怨むなり。父の悪を章(あきら)かにして、笑いを諸侯に取らば、吾誰に郷(むか)いてか入らん。内は父母に困しみ、外は諸侯に困しむ、是れ困しみを重ぬるなり。君を棄てて罪を去るは、是れ死を逃るるなり。吾之を聞く、『仁は君を怨みず、智は困しみを重ねず、勇は死を逃れず』と。若し罪釈けずんば、去りて必ず重からん。去りて罪重きは、不智なり。死を逃れて君を怨むは、不仁なり。罪有りて死せざるは、無勇なり。去らば怨みを厚くす。悪は重ぬべからず、死は避くべからず。吾将に伏して以て命を俟(ま)たんとす」と。 驪姫申生に見えて之に哭して曰く、「父有るすら之に忍ぶ、況んや国人をや。父に忍びて人に好まれんことを求むとも、人孰か之を好まん。父を殺して以て人を利せんことを求むとも、人孰か之を利とせん。皆民の悪む所なり、以て長生し難し」と。驪姫退く。申生乃ち新城の廟に雉経(ちけい)す。将に死せんとし、乃ち猛足(もうそく)をして狐突に言わしめて曰く、「申生罪有り、伯氏(はくし)に聴かずして、以て死に至る。申生敢えて其の死を愛しまず。然りと雖も、吾が君老いたり、国家難多し。伯氏出でずんば、吾が君を奈何(いかん)せん。伯氏苟も出でて吾が君を図らば、申生賜を受けて以て死に至る、死すと雖も何ぞ悔いん」と。是を以て諡(おくりな)して共君(きょうくん)と為す。 驪姫既に太子申生を殺し、又二公子を譖(そし)りて曰く、「重耳(ちょうじ)・夷吾(いご)は共君の事に与(あずか)り知れり」と。公閹楚(えんそ)をして重耳を刺さしむ。重耳狄に逃る。賈華(かか)をして夷吾を刺さしむ。夷吾梁に逃る。尽く群公子を逐い、乃ち奚斉を立つ。始めて令を為し、国に公族無し。
-
国語・晋語二既に奚斉を殺し、荀息将に之に死せんとす。人曰く、「其の弟を立てて之を輔くるに如かず」と。荀息卓子を立つ。里克又卓子を殺し、荀息之に死す。君子曰く、「其の言を食(は)まず」と。 既に奚斉・卓子を殺し、里克及び丕鄭屠岸夷(とがんい)をして、公子重耳に狄に告げしめて曰く、「国乱れ民擾(みだ)る。国を得るは乱に在り、民を治むるは擾に在り。子盍(なん)ぞ入らざる。吾請う子の為に鉥(みちび)かん」と。重耳舅犯(きゅうはん)に告げて曰く、「里克我を納れんと欲す」と。舅犯曰く、「不可なり。夫れ樹を堅くするは始めに在り。始め本を固めずんば、終に必ず槁(か)れ落ちん。夫れ国に長たる者は、唯だ哀楽喜怒の節を知る、是を以て民を導く。喪を哀しまずして国を求むるは、難し。乱に因りて以て入るは、殆(あや)うし。喪を以て国を得ば、則ち必ず喪を楽しまん。喪を楽しめば必ず生を哀しまん。乱に因りて以て入らば、則ち必ず乱を喜ばん。乱を喜べば必ず徳を怠らん。是れ哀楽喜怒の節易(か)わるなり、何を以て民を導かん。民我に導かれずんば、誰か長たらん」と。重耳曰く、「喪に非ずんば誰か代わらん。乱に非ずんば誰か我を納れん」と。舅犯曰く、「偃や之を聞く、喪乱に小大有り。大喪大乱の剡(ほこさき)は、犯すべからざるなり。父母死するを大喪と為し、讒の兄弟に在るを大乱と為す。今適(まさ)に之に当たる、是の故に難し」と。公子重耳出でて使者に見えて曰く、「子亡人重耳を恵顧す。父生くるに洒掃(さいそう)の臣に供備するを得ず、死して又敢えて喪に蒞(のぞ)みて以て其の罪を重ねず、且つ大夫を辱めん、敢えて辞す。夫れ国を固むる者は、衆に親しみて隣を善くするに在り、民に因りて之に順うに在り。苟も衆の利とする所、隣国の立つる所ならば、大夫其れ之に従え。重耳敢えて違わず」と。
-
国語・晋語二二十二年、公子重耳出亡し、柏谷(はくこく)に及び、斉・楚に適(ゆ)かんことを卜す。狐偃(こえん)曰く、「卜すること無かれ。夫れ斉・楚は道遠くして望(のぞみ)大なり、困しみて以て往くべからず。道遠ければ通じ難く、望大なれば走(はし)り難し。困しみて往けば悔い多し。困しみて且つ悔い多ければ、以て望に走るべからず。若し偃の慮(おもんぱか)りを以てせば、其れ狄か。夫れ狄は晋に近くして通ぜず、愚陋にして怨み多し、之に走らば達し易し。通ぜざれば以て悪を竄(かく)すべく、怨み多ければ与(とも)に憂いを共にすべし。今若し憂いを狄に休め、以て晋国を観、且つ以て諸侯の為す所を監(み)ば、其れ成らざる無けん」と。乃ち遂に狄に之(ゆ)く。 処ること一年、公子夷吾も亦出奔し、曰く、「盍(なん)ぞ吾が兄に従いて狄に竄れざる」と。冀芮(きぜい)曰く、「不可なり。後れて出でて同じく走らば、罪を免れず。且つ夫れ偕(とも)に出でて偕に入るは難く、聚まり居りて情を異にするは悪(あ)し。梁に走るに若かず。梁は秦に近く、秦は吾が君に親しむ。吾が君老いたり。子往かば、驪姫懼れて、必ず秦に援けを求めん。吾が存するを以て、且つ必ず悔いを告げん。是れ吾が免るるなり」と。乃ち遂に梁に之く。居ること二年、驪姫奄楚(えんそ)をして環(かん)を以て言を釈かしむ。四年にして、復(かえ)りて君と為る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る