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国語 / 晋語一

驪姬生奚齊,其娣生卓子。公將黜太子申生而立奚齊。里克、丕鄭、荀息相見,里克曰:「夫史蘇之言將及矣!其若之何?」荀息曰:「吾聞事君者,竭力以役事,不聞違命。君立臣從,何貳之有?」丕鄭曰:「吾聞事君者,從其義,不阿其惑。惑則誤民,民誤失德,是棄民也。民之有君,以治義也。義以生利,利以豐民,若之何其民之與處而棄之也?必立太子。」里克曰:「我不佞,雖不識義,亦不阿惑,吾其靜也。」三大夫乃別。 蒸于武公,公稱疾不與,使奚齊蒞事。猛足乃言於太子,曰:「伯氏不出,奚齊在廟,子盍圖乎?」太子曰:「吾聞之羊舌大夫,曰:『事君以敬,事父以孝。』受命不遷為敬,敬順所安為孝。棄命不敬,作令不孝,又何圖焉?且夫間父之愛而嘉其貺,有不忠焉;廢人以自成,有不貞焉。孝、敬、忠、貞,君父之所安也。棄安而圖,遠於孝矣,吾其止也。」

新字:驪姫生奚斉,其娣生卓子。公将黜太子申生而立奚斉。里克、丕鄭、荀息相見,里克曰:「夫史蘇之言将及矣!其若之何?」荀息曰:「吾聞事君者,竭力以役事,不聞違命。君立臣従,何貳之有?」丕鄭曰:「吾聞事君者,従其義,不阿其惑。惑則誤民,民誤失徳,是棄民也。民之有君,以治義也。義以生利,利以豊民,若之何其民之与処而棄之也?必立太子。」里克曰:「我不佞,雖不識義,亦不阿惑,吾其静也。」三大夫乃別。 蒸于武公,公称疾不与,使奚斉莅事。猛足乃言於太子,曰:「伯氏不出,奚斉在廟,子盍図乎?」太子曰:「吾聞之羊舌大夫,曰:『事君以敬,事父以孝。』受命不遷為敬,敬順所安為孝。棄命不敬,作令不孝,又何図焉?且夫間父之愛而嘉其貺,有不忠焉;廃人以自成,有不貞焉。孝、敬、忠、貞,君父之所安也。棄安而図,遠於孝矣,吾其止也。」

書き下し

驪姫奚斉を生み、其の娣卓子を生む。公将に太子申生を黜(しりぞ)けんとす。而して奚斉を立てんとす。里克・丕鄭(ひてい)・荀息(じゅんそく)相見る。里克曰く、「夫の史蘇の言将に及ばんとす。其れ之を若何せん」と。荀息曰く、「吾聞く、君に事うる者は、力を竭(つ)くして以て事に役し、命に違うを聞かずと。君立て臣従う、何の貳か之れ有らん」と。丕鄭曰く、「吾聞く、君に事うる者は、其の義に従いて、其の惑いに阿(おもね)らずと。惑えば則ち民を誤り、民誤れば徳を失う。是れ民を棄つるなり。民の君有るは、以て義を治むるなり。義は以て利を生じ、利は以て民を豊かにす。之を若何ぞ其の民と之れ処りて之を棄てんや。必ず太子を立てん」と。里克曰く、「我佞(ねい)ならず。義を識らずと雖も、亦惑いに阿らず。吾其れ静かならん」と。三大夫乃ち別る。 武公に蒸(じょう)す。公疾と称して与(あずか)らず、奚斉をして事に蒞(のぞ)ましむ。猛足乃ち太子に言いて曰く、「伯氏出でずして、奚斉廟に在り。子盍(なん)ぞ図らざる」と。太子曰く、「吾之を羊舌大夫に聞く、曰く、『君に事うるに敬を以てし、父に事うるに孝を以てす』と。命を受けて遷らざるを敬と為し、敬みて安んずる所に順うを孝と為す。命を棄つるは不敬なり。令を作すは不孝なり。又何をか図らん。且つ夫れ父の愛を間(へだ)てて其の貺(たまもの)を嘉(よみ)するは、不忠有り。人を廃して以て自ら成すは、不貞有り。孝・敬・忠・貞は、君父の安んずる所なり。安きを棄てて図るは、孝に遠ざかる。吾其れ止まらん」と。

現代語訳

驪姫は奚斉を生み、その妹は卓子を生んだ。献公は太子の申生を廃して、奚斉を立てようとした。里克・丕鄭・荀息の三人の大夫が顔を合わせた。里克が言った。「あの史蘇の言ったことが、いよいよ現実になろうとしている。どうしたものか。」荀息は言った。「私はこう聞いている。君に仕える者は力を尽くして務めを果たし、命令に背くことなど聞いたことがない、と。君が立てれば臣は従う。どうして二心を抱くことがあろう。」丕鄭は言った。「私はこう聞いている。君に仕える者は、君の義に従い、君の惑いにはおもねらない、と。君が惑えば民を誤らせ、民が誤れば徳が失われる。それは民を見捨てることだ。民に君があるのは、義を治めてもらうためである。義は利を生み、利は民を豊かにする。どうして民とともに暮らしながら民を見捨てられよう。私は必ず太子を立てる。」里克は言った。「私は才がない。義のことはよくわからないが、惑いにおもねることもしない。私は動かずにいよう。」こうして三人の大夫は別れた。 曲沃の武公の廟で冬の祭りを行ったとき、献公は病と称して加わらず、奚斉に祭りを執り行わせた。太子の臣の猛足が太子に言った。「伯氏(長子であるあなた)が出ず、奚斉が廟にいます。どうして手を打たないのですか。」太子は答えた。「私は羊舌大夫(晋の大夫)からこう聞いた。『君に仕えるには敬をもってし、父に仕えるには孝をもってする』と。命令を受けて変えないのが敬であり、つつしんで父の安んずるところに従うのが孝である。命令を捨てるのは不敬であり、自分で勝手に命令を出すのは不孝だ。何を手を打つことがあろう。それに、父の愛を人から引き離して、自分が恵みを受けるのを喜ぶのは不忠であり、人を廃して自分を立てるのは不貞である。孝・敬・忠・貞こそ、君であり父である方が安んじるものだ。その安んじるものを捨てて手を打つのは、孝から遠ざかることになる。私はやめておこう。」

解説

献公が太子申生を廃して奚斉を立てようとしたとき、三人の大夫がそれぞれの立場を表明し、申生自身も身の処し方を語る場面である。荀息は君命には従うのみと言い、丕鄭は君の惑いにはおもねらず義に従って太子を立てると言い、里克は義はわからないが惑いにも従わず静観すると言う。服従、諫争、中立という三つの臣の型が短い言葉で描き分けられている。後半では、武公の廟の冬の祭りで献公が病と称して奚斉に祭事を任せ、臣の猛足が太子に手を打てと勧める。韋昭の注は猛足を太子の臣とし、羊舌大夫を羊舌職の父とする。申生の答えは、命を受けて変えないのが敬、父の安んずるところに従うのが孝であり、父の愛を奪い人を廃するのは不忠・不貞だというもので、自ら動くことを拒んだ。のちに荀息は奚斉と卓子に殉じ、里克は二人を殺すことになる。立場の分かれる局面で誰がどの型をとるかを見ておくことは、人を配するうえで欠かせない。

この章句が説くこと

国語晋語申生孝君臣

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