国語 / 周語上
「是日也,瞽帥、音官以風土。廩于籍東南,鍾而藏之,而時布之于農。稷則徧誡百姓,紀農協功,曰:『陰陽分布,震雷出滯。』土不備墾,辟在司寇。乃命其旅曰:『徇,農師一之,農正再之,后稷三之,司空四之,司徒五之,太保六之,太師七之,太史八之,宗伯九之,王則大徇。耨穫亦如之。』民用莫不震動,恪恭于農,修其疆畔,日服其鎛,不解于時,財用不乏,民用和同。 「是時也,王事唯農是務,無有求利於其官,以干農功,三時務農而一時講武,故征則有威,守則有財。若是,乃能媚於神而和於民矣,則享祀時至而布施優裕也。 「今天子欲修先王之緒而棄其大功,匱神乏祀而困民之財,將何以求福用民?」 王不聽。三十九年,戰于千畝,王師敗績于姜氏之戎。
新字:「是日也,瞽帥、音官以風土。廩于籍東南,鍾而蔵之,而時布之于農。稷則遍誡百姓,紀農協功,曰:『陰陽分布,震雷出滞。』土不備墾,辟在司寇。乃命其旅曰:『徇,農師一之,農正再之,后稷三之,司空四之,司徒五之,太保六之,太師七之,太史八之,宗伯九之,王則大徇。耨穫亦如之。』民用莫不震動,恪恭于農,修其疆畔,日服其鎛,不解于時,財用不乏,民用和同。 「是時也,王事唯農是務,無有求利於其官,以干農功,三時務農而一時講武,故征則有威,守則有財。若是,乃能媚於神而和於民矣,則享祀時至而布施優裕也。 「今天子欲修先王之緒而棄其大功,匱神乏祀而困民之財,将何以求福用民?」 王不聴。三十九年,戦于千畝,王師敗績于姜氏之戎。
書き下し
「是の日や、瞽帥(こすい)・音官以て土を風す。籍の東南に廩(りん)し、鍾(あつ)めて之を蔵し、時に之を農に布く。稷は則ち徧(あまね)く百姓を誡め、農を紀し功を協(あわ)せて曰く、『陰陽分布し、震雷滞(たい)を出だす』と。土備(つぶさ)に墾(ひら)かざれば、辟(つみ)は司寇に在り。乃ち其の旅に命じて曰く、『徇(めぐ)れ。農師之を一にし、農正之を再にし、后稷之を三にし、司空之を四にし、司徒之を五にし、太保之を六にし、太師之を七にし、太史之を八にし、宗伯之を九にし、王は則ち大いに徇る。耨穫(どうかく)も亦之の如くせよ』と。民用(もっ)て震動して、農に恪恭(かくきょう)せざる莫し。其の疆畔(きょうはん)を修め、日に其の鎛(はく)を服し、時に解(おこた)らず。財用乏しからず、民用て和同す。 「是の時や、王の事は唯農を是れ務め、利を其の官に求めて、以て農功を干(おか)すこと有る無し。三時は農を務めて一時は武を講ず。故に征すれば則ち威有り、守れば則ち財有り。是の若くにして、乃ち能く神に媚(よろこ)ばれて民に和す。則ち享祀時に至りて布施優裕なり。 「今天子先王の緒を修めんと欲して其の大功を棄て、神を匱(とぼ)しくし祀を乏しくして民の財を困しむ。将に何を以て福を求め民を用いんとするか」と。 王聴かず。三十九年、千畝に戦い、王の師姜氏の戎に敗績す。
現代語訳
「籍田の日には、瞽帥(盲目の楽官の長)と音官(楽官)が音律によって土地の風気を調べます。籍田で得た穀物は、田の東南に設けた御廩(神に供える穀物の倉)に集めて蔵し、時に応じて農民に分け与えます。稷はあまねく百姓に戒めを告げ、農事を取りまとめ力を合わせさせて言います。『昼と夜が等しく分かれ、雷が轟いて冬ごもりの虫が出てくる時が来た』と。田が十分に耕されていなければ、その罪は司寇(刑官)が裁きます。そして部下たちに命じます。『見回れ。農師がまず一度、農正が二度目、后稷が三度目、司空が四度目、司徒が五度目、太保が六度目、太師が七度目、太史が八度目、宗伯が九度目に見回り、王は最後に大いに見回る。草取りと刈り入れのときも同じようにせよ』と。こうして民は奮い立ち、農事につつしんで励まない者はなく、田の境を整え、毎日鋤を手に取り、時節に怠ることがありません。だから財が乏しくならず、民は和合するのです。 「この時期には、王の務めはただ農事に専念することで、役所が利を求めて農の仕事を妨げることはありません。春・夏・秋の三つの季節は農に励み、冬の一季だけ武を習います。だから征伐すれば威があり、守れば財がある。こうであってこそ神々に喜ばれ、民とも和するのです。そうすれば祭祀の供物は時に応じて届き、施しもゆとりをもって行えます。 「いま天子は先王の事業を受け継ごうとなさりながら、その最も大きな務めを捨て、神々への供物を欠かせて祭祀を乏しくし、民の財を苦しめようとしておられる。それでどうして福を求め、民を用いることができましょうか」 王は聞き入れなかった。三十九年、千畝で戦い、王の軍は姜氏の戎に大敗した。
解説
この章句が説くこと
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