囲炉夜話 / 第百二十一則・己を正すは人を率ゐるの本たり
種田人,改習廛市生涯,定為敗路。 讀書人,甘與衙門詞訟,便入下流。 正己,為率人之本。守成,念創業之艱。
新字:種田人,改習廛市生涯,定為敗路。 読書人,甘与衙門詞訟,便入下流。 正己,為率人之本。守成,念創業之艱。
書き下し
種田の人、改めて廛市の生涯を習はば、定めて敗路と爲る。 讀書の人、甘んじて衙門の詞訟に與らば、便ち下流に入る。 己を正すは、人を率ゐるの本たり。成を守るには、創業の艱を念ふ。
現代語訳
田を耕す人が、生業を改めて町の商売の暮らしを習えば、きっと失敗の道となります。読書人が、進んで役所の訴訟ごとに関わるなら、たちまち品の下がった者の仲間入りをします。自分を正すことは、人を率いる根本です。できあがったものを守るには、創業の苦労を思うことです。
解説
本業を外れることの戒めと、人を率いる者の心得を並べた則です。前半は、農民が慣れない商売に手を出すと失敗し、読書人が役所の訴訟に首を突っ込むと品位を落とすと言います。当時、訴訟の代筆や口利きで稼ぐ読書人は軽んじられていました。後半は、人を導くには、まず自分を正すことが本であり、先代が築いたものを守るには、その創業の苦労を忘れないことだと述べます。前半は自分の持ち場を守ること、後半は自分の身と家業を守ることで、どれも足元を固めよという一点でつながっています。今日でも、本業を離れた畑違いの投資でつまずく例や、二代目が創業の苦労を知らずに家業を傾ける例は少なくありません。

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本業正己守成創業家訓
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