古事記 / 下巻・天語歌と三つの歌
故獻此歌者。赦其罪也。爾大后歌其歌曰。夜麻登能。許能多氣知爾。古陀加流。伊知能都加佐。爾比那閇夜爾。淤斐陀豆流。波毘呂。由都麻都婆岐。曾賀波能。比呂理伊麻志。曾能波那能。豆理伊麻須。多加比加流。比能美古爾。登余美岐。多豆麻都良勢。許登能。加多理碁登母。許袁婆。即天皇歌曰。毛毛志紀能。淤富美夜比登波。宇豆良登理。比禮登理加氣豆。麻那婆志良。袁由岐阿閇。爾波須受米。宇受須麻理韋豆。祁布母加母。佐加美豆久良斯。多加比加流。比能美夜比登。許登能。加多理碁登母。許袁婆。此三歌者。天語歌也。故於此豐樂。譽其三重婇而。給多祿也。是豐樂之日。亦春日之袁杼比賣。獻大御酒之時。天皇歌曰。美那曾曾久。淤美能袁登賣。本陀理登良須母。本陀理尋理。加多久尋良勢。斯多賀多久。夜賀多久尋良勢。本陀理尋良須古。此者宇岐歌也。
新字:故献此歌者。赦其罪也。爾大后歌其歌曰。夜麻登能。許能多気知爾。古陀加流。伊知能都加佐。爾比那閇夜爾。淤斐陀豆流。波毘呂。由都麻都婆岐。曽賀波能。比呂理伊麻志。曽能波那能。豆理伊麻須。多加比加流。比能美古爾。登余美岐。多豆麻都良勢。許登能。加多理碁登母。許袁婆。即天皇歌曰。毛毛志紀能。淤富美夜比登波。宇豆良登理。比礼登理加気豆。麻那婆志良。袁由岐阿閇。爾波須受米。宇受須麻理韋豆。祁布母加母。佐加美豆久良斯。多加比加流。比能美夜比登。許登能。加多理碁登母。許袁婆。此三歌者。天語歌也。故於此豊楽。誉其三重婇而。給多禄也。是豊楽之日。亦春日之袁杼比売。献大御酒之時。天皇歌曰。美那曽曽久。淤美能袁登売。本陀理登良須母。本陀理尋理。加多久尋良勢。斯多賀多久。夜賀多久尋良勢。本陀理尋良須古。此者宇岐歌也。
書き下し
故、この歌を献りしかば、その罪を赦したまひき。爾に大后、その歌を歌ひたまひき。その歌に曰はく、「倭の この高市に 小高る 市の高処 新嘗屋に 生ひ立てる 葉広 斎つ真椿 そが葉の 広り坐し その花の 照り坐す 高光る 日の御子に 豊御酒 献らせ 事の 語り言も こをば」。即ち天皇の歌ひたまひしく、「ももしきの 大宮人は 鶉鳥 領巾取り懸けて 鶺鴒 尾行き合へ 庭雀 うずすまり居て 今日もかも 酒みづくらし 高光る 日の宮人 事の 語り言も こをば」。この三つの歌は、天語歌なり。故、この豊楽に、その三重の婇を誉めて、多禄を給ひき。この豊楽の日に、亦、春日の袁杼比売、大御酒を献りし時、天皇の歌ひたまひしく、「みなそそく 臣の乙女 ほだり取らすも ほだり持ち 堅く取らせ 下堅く 弥堅く取らせ ほだり取らす子」。これは宇岐歌なり。
現代語訳
こうしてこの歌を献上したので、天皇は采女の罪をお赦しになりました。すると大后もその歌を歌われました。その歌は、「倭のこの高市に、ひときわ高い市の高みに、新嘗屋に生い立つ葉の広い神聖な真椿よ。その葉のように広くお在しになり、その花のように照り輝いておられる、日の御子に、豊かなお酒を献上しなさい。これは語り伝えの言葉でございます」というものです。続いて天皇がお歌いになりました。「宮に仕える人々は、鶉のように領巾を掛けて、鶺鴒のように尾を並べ、庭の雀のようにうずくまって集まり、今日も酒宴をして楽しんでいるらしい。日の宮に仕える人々よ。これは語り伝えの言葉でございます」。この三つの歌は天語歌です。この宴で、三重の采女を褒めて、たくさんの褒美をお与えになりました。この宴の日に、また春日の袁杼比売が御酒を献じたとき、天皇はお歌いになりました。「水がしたたるような美しい臣の乙女が、盃を取られる。盃を持ち、しっかり取りなさい。下までしっかり、いよいよしっかり取りなさい。盃を取る乙女よ」。これは宇岐歌です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』下巻・三重の采女と百枝槻故、御歌を作りたまひき。その御歌に曰はく、「袁登賣の い隠る岡を 金鋤も 五百箇もがも 鋤き撥ぬるもの」。故、その岡を号けて、金鉏岡と謂ふ。又、天皇、長谷の百枝槻の下に坐して、豊楽したまひし時、伊勢国の三重の婇、大御盞を指し挙げて献りき。爾にその百枝槻の葉落ちて、大御盞に浮かびき。その婇、落葉の盞に浮かべるを知らずて、猶し大御酒を献りき。天皇、その盞に浮かべる葉を看行はして、その婇を打ち伏せ、刀を以ちてその頸に刺し充てて、斬らむとしたまふ時、その婇、天皇に白して曰さく、「吾が身を殺したまふこと莫かれ。白すべき事あり」とまをして、即ち歌ひて曰はく、「纏向の 日代の宮は 朝日の 日照る宮 夕日の 日影る宮 竹の根の 根垂る宮 木の根の 根蔓ふ宮 八百土よし い築きの宮 真木栄く 檜の御門 新嘗屋に 生ひ立てる 百足る 槻が枝は 上つ枝は 天を覆へり 中つ枝は 東を覆へり 下枝は 鄙を覆へり 上つ枝の 枝の末葉は 中つ枝に 落ち触らばへ 中つ枝の 枝の末葉は 下枝に 落ち触らばへ 下枝の 枝の末葉は あり衣の 三重の子が 捧がせる 瑞玉盞に 浮きし脂 落ち水押ひ 水こをろこをろに これしも あやに畏し 高光る 日の御子 事の 語り言も こをば」。
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『古事記』中巻・国主たちの献酒の歌故、その嬢子を賜はりし後に、太子歌ひて曰く、「道の後 古波陀嬢子を 神の如 聞えしかども 相枕まく」。また歌ひて曰く、「道の後 古波陀嬢子は 争はず 寝しくをしぞも 愛しみ思ふ」。また吉野の国主ら、大雀命の佩かせる御刀を瞻て、歌ひて曰く、「品陀の 日の御子 大雀 大雀 佩かせる太刀 本つるぎ 末ふゆ ふゆ木の すからが下木の さやさや」。また吉野の白檮の上に横臼を作りて、その横臼に大御酒を醸みて、その大御酒を献る時、口鼓を撃ちて伎を為て、歌ひて曰く、「橿の生に 横臼を作り 横臼に 醸みし大御酒 うまらに 聞こし持ち食せ まろが父」。この歌は、国主らが大贄を献る時々に、恒に今に至るまで詠ふ歌なり。
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『古事記』下巻・奴理能美の虫と皇后の弁明また、その妹口比売、及び奴理能美、三人議りて、天皇に奏さしめて云ひしく、「大后の幸行でましし所以は、奴理能美の養ふ虫、一たびは匐ふ虫と為り、一たびは殻と為り、一たびは飛ぶ鳥と為る、三色に変はる奇しき虫有り。この虫を看行はしに入り坐ししのみ。更に異心無し」とまをしき。かく奏す時、天皇詔りたまひしく、「然らば、吾も奇し異しと思ふ。故、見に行かむと欲ふ」とのりたまひて、大宮より上り幸行でまして、奴理能美の家に入り坐しし時、その奴理能美、己が養ふ三種の虫を大后に献りき。ここに天皇、その大后の坐す殿戸に御立ちして、歌ひて曰く、「つぎねふ 山城女の 木鍬持ち 打ちし大根 さわさわに 汝が言へせこそ 打ち渡す 八桑枝なす 来入り参ゐ来れ」。この天皇と大后の歌ひたまひし六つの歌は、志都歌の返歌なり。天皇、八田若郎女を恋ひて、御歌を賜ひ遣はす。その歌に曰く、「八田の ひともとすげは 子持たず 立ちか荒れなむ あたらすが原 言をこそ すが原と言はめ あたらしすがし女」。
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『古事記』下巻・赤猪子の返歌と吉野の童女ここに赤猪子の泣く涙、悉くその服せる丹摺の袖を湿らしつ。その大御歌に答へて歌ひて曰く、「みもろに 築くや玉垣 築き余し 誰にかも依らむ 神の宮人」。また歌ひて曰く、「日下江の 入江の蓮 花蓮 身の盛り人 羨しきろかも」。ここに多祿をその老女に給ひて、返し遣はしたまひき。故、この四つの歌は志都歌なり。天皇、吉野宮に幸行でましし時、吉野川の浜に、童女有り。その形姿美麗し。故、この童女を婚ひて、宮に還り坐しき。後に更にまた吉野に幸行でましし時、その童女の遇ひし所に留まりて、その処に大御呉床を立てて、その御呉床に坐して、御琴を弾きて、その嬢子に儛せしめたまひき。ここにその嬢子の好く儛ふに因りて、御歌を作りたまひき。その歌に曰く、「呉床居の 神の御手もち 弾く琴に 舞する女 常世にもがも」。即ち阿岐豆野に幸して、御獦したまふ時、天皇、御呉床に坐しき。ここに蝱、御腕を咋ひき。即ち蜻蛉来て、その蝱を咋ひて飛びき。(蜻蛉を訓みて阿岐豆と云ふ。)ここに御歌を作りたまひき。
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『古事記』下巻・口子臣の歌と雨中の嘆願また、丸邇臣口子を続けて遣はして、歌ひて曰く、「みもろの その高きなる 大韋子が 腹の 大韋子が 腹にある 肝向かふ 心をだにか 相思はずあらむ」。また歌ひて曰く、「つぎねふ 山城女の 木鍬持ち 打ちし大根 根白の 白腕 枕かずけばこそ 知らずとも言はめ」。故、この口子臣、この御歌を白す時、大雨降りき。ここにその雨を避けず、前の殿戸に参り伏せば後の戸に違ひ出で、後の殿戸に参り伏せば前の戸に違ひ出づ。ここに匍匐ひ進み赴きて、庭の中に跪く時、水潦腰に至りき。その臣、紅の紐著けたる青摺の衣を服たり。故、水潦、紅の紐に拂れて、青みな紅の色に変はりき。ここに口子臣の妹、口日売、大后に仕へ奉れり。故、この口日売歌ひて曰く、「山城の 筒木の宮に 物申す 吾が兄の君は 涙ぐましも」。ここに太后、その由を問ひたまふ時、答へて白さく、「僕の兄、口子臣なり」とまをしき。ここに口子臣、(原文はここで途切れる)
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『古事記』下巻・軽太子の流刑と衣通王の歌ここに兵を解き退きたまひき。故、大前小前宿禰、その軽太子を捕へて、率て参り出でて貢進りき。その太子、捕へらえて歌ひて曰く、「天だむ 軽の嬢子 甚泣かば 人知りぬべし 波佐の山の 鳩の 下泣きに泣く」。また歌ひて曰く、「天だむ 軽嬢子 したたにも 寄り寝て通れ 軽嬢子ども」。故、その軽太子は、伊余の湯に流しき。また流さむとせし時、歌ひて曰く、「天飛ぶ 鳥も使ひそ 鶴が音の 聞えむ時は 吾が名問はさね」。この三つの歌は天田振なり。また歌ひて曰く、「大君を 島に放らば 船余り い帰り来むぞ 吾が畳ゆめ 言をこそ 畳と言はめ 吾が妻はゆめ」。この歌は夷振の片下しなり。その衣通王、歌を献りき。その歌に曰く、「夏草の 相寝の浜の 蠣貝に 足踏ますな 明して通れ」。

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