古事記 / 下巻・口子臣の歌と雨中の嘆願
又續遣丸邇臣口子而。歌曰。美母呂能。曾能多迦紀那流。意富韋古賀。波艮。意富韋古賀。波艮邇阿流。岐毛牟加布。許許呂袁陀邇迦。阿比淤母波受阿艮牟。又歌曰。都藝泥布。夜麻志呂賣能。許久波母知。宇知斯淤富泥。泥士漏能。斯漏多陀牟岐。麻迦受祁婆許曾。斯艮受登母伊波米。故是口子臣白此御歌之時。大雨。爾不避其雨。參伏前殿戶者。違出後戶。參伏後殿戶者。違出前戶。爾匍匐進赴。跪于庭中時。水潦至腰。其臣服著紅紐青摺衣。故。水潦拂紅紐。青皆變紅色。爾口子臣之妹口日賣。仕奉大后。故是口日賣歌曰。夜麻志呂能。都都紀能美夜邇。母能麻袁須。阿賀勢能岐美波。那美多具麻志母。爾太后問其所由之時。答白。僕之兄口子臣也。於是。口子臣。
新字:又続遣丸邇臣口子而。歌曰。美母呂能。曽能多迦紀那流。意富韋古賀。波艮。意富韋古賀。波艮邇阿流。岐毛牟加布。許許呂袁陀邇迦。阿比淤母波受阿艮牟。又歌曰。都芸泥布。夜麻志呂売能。許久波母知。宇知斯淤富泥。泥士漏能。斯漏多陀牟岐。麻迦受祁婆許曽。斯艮受登母伊波米。故是口子臣白此御歌之時。大雨。爾不避其雨。参伏前殿戸者。違出後戸。参伏後殿戸者。違出前戸。爾匍匐進赴。跪于庭中時。水潦至腰。其臣服著紅紐青摺衣。故。水潦払紅紐。青皆変紅色。爾口子臣之妹口日売。仕奉大后。故是口日売歌曰。夜麻志呂能。都都紀能美夜邇。母能麻袁須。阿賀勢能岐美波。那美多具麻志母。爾太后問其所由之時。答白。僕之兄口子臣也。於是。口子臣。
書き下し
また、丸邇臣口子を続けて遣はして、歌ひて曰く、「みもろの その高きなる 大韋子が 腹の 大韋子が 腹にある 肝向かふ 心をだにか 相思はずあらむ」。また歌ひて曰く、「つぎねふ 山城女の 木鍬持ち 打ちし大根 根白の 白腕 枕かずけばこそ 知らずとも言はめ」。故、この口子臣、この御歌を白す時、大雨降りき。ここにその雨を避けず、前の殿戸に参り伏せば後の戸に違ひ出で、後の殿戸に参り伏せば前の戸に違ひ出づ。ここに匍匐ひ進み赴きて、庭の中に跪く時、水潦腰に至りき。その臣、紅の紐著けたる青摺の衣を服たり。故、水潦、紅の紐に拂れて、青みな紅の色に変はりき。ここに口子臣の妹、口日売、大后に仕へ奉れり。故、この口日売歌ひて曰く、「山城の 筒木の宮に 物申す 吾が兄の君は 涙ぐましも」。ここに太后、その由を問ひたまふ時、答へて白さく、「僕の兄、口子臣なり」とまをしき。ここに口子臣、(原文はここで途切れる)
現代語訳
また、天皇は丸邇臣口子を続けて遣わし、歌を詠ませました。「三諸の山の高いところにある大きな韋子の腹、その腹の中にある肝(心)に向かうほどの思いを、せめて同じように思ってはくださらないのか」。さらに歌って、「山城の女が木の鍬で打った大根のように白いあなたの腕を、枕にしなかったのならともかく、知らないとも言えるだろうが」。口子臣がこの御歌を申し上げた時、大雨が降りました。臣はその雨を避けず、前の殿の戸に控えれば皇后は後ろの戸に避け、後ろの戸に控えれば前の戸に避けられます。そこで臣は這って進み、庭の中にひざまずきましたが、水は腰に達しました。臣は赤い紐をつけた青摺りの衣を着ていたので、水が赤い紐に触れて青い部分がすべて赤く染まりました。口子臣の妹の口日売は大后に仕えており、歌いました。「山城の筒木の宮で申し上げている私の兄上は、涙が出るほど気の毒なことです」。大后がその事情を尋ねると、「私の兄の口子臣です」と答えました。そこで口子臣は、(ここで原文は終わっている)
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』下巻・奴理能美の虫と皇后の弁明また、その妹口比売、及び奴理能美、三人議りて、天皇に奏さしめて云ひしく、「大后の幸行でましし所以は、奴理能美の養ふ虫、一たびは匐ふ虫と為り、一たびは殻と為り、一たびは飛ぶ鳥と為る、三色に変はる奇しき虫有り。この虫を看行はしに入り坐ししのみ。更に異心無し」とまをしき。かく奏す時、天皇詔りたまひしく、「然らば、吾も奇し異しと思ふ。故、見に行かむと欲ふ」とのりたまひて、大宮より上り幸行でまして、奴理能美の家に入り坐しし時、その奴理能美、己が養ふ三種の虫を大后に献りき。ここに天皇、その大后の坐す殿戸に御立ちして、歌ひて曰く、「つぎねふ 山城女の 木鍬持ち 打ちし大根 さわさわに 汝が言へせこそ 打ち渡す 八桑枝なす 来入り参ゐ来れ」。この天皇と大后の歌ひたまひし六つの歌は、志都歌の返歌なり。天皇、八田若郎女を恋ひて、御歌を賜ひ遣はす。その歌に曰く、「八田の ひともとすげは 子持たず 立ちか荒れなむ あたらすが原 言をこそ すが原と言はめ あたらしすがし女」。
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『古事記』下巻・赤猪子の返歌と吉野の童女ここに赤猪子の泣く涙、悉くその服せる丹摺の袖を湿らしつ。その大御歌に答へて歌ひて曰く、「みもろに 築くや玉垣 築き余し 誰にかも依らむ 神の宮人」。また歌ひて曰く、「日下江の 入江の蓮 花蓮 身の盛り人 羨しきろかも」。ここに多祿をその老女に給ひて、返し遣はしたまひき。故、この四つの歌は志都歌なり。天皇、吉野宮に幸行でましし時、吉野川の浜に、童女有り。その形姿美麗し。故、この童女を婚ひて、宮に還り坐しき。後に更にまた吉野に幸行でましし時、その童女の遇ひし所に留まりて、その処に大御呉床を立てて、その御呉床に坐して、御琴を弾きて、その嬢子に儛せしめたまひき。ここにその嬢子の好く儛ふに因りて、御歌を作りたまひき。その歌に曰く、「呉床居の 神の御手もち 弾く琴に 舞する女 常世にもがも」。即ち阿岐豆野に幸して、御獦したまふ時、天皇、御呉床に坐しき。ここに蝱、御腕を咋ひき。即ち蜻蛉来て、その蝱を咋ひて飛びき。(蜻蛉を訓みて阿岐豆と云ふ。)ここに御歌を作りたまひき。
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『古事記』下巻・皇后の怒りと山代への旅ここに大后、大きに恨み怒りて、その御船に載せたる御綱柏は、悉に海に投げ棄てたまひき。故、その地を号けて御津前と謂ふ。すなはち宮に入り坐さずして、その御船を引き避けて、堀江に泝り、河のまにまに山代に上り幸でましき。この時歌ひて曰く、「つぎねふ 山代河を 河上り 我が上れば 河の辺に 生ひ立てる 烏草樹を 烏草樹の木 其が下に 生ひ立てる 葉広 ゆつ真椿 其が花の 照り坐し 其が葉の 広り坐すは 大君ろかも」。すなはち山代より廻りて、那良山の口に到り坐して、歌ひて曰く、「つぎねふ 山代河を 宮上り 我が上れば 青丹よし 奈良を過ぎ 小楯 倭を過ぎ 我が見が欲し国は 葛城高宮 我家のあたり」。かく歌ひて還りたまひき。暫く筒木の韓人、名は奴理能美の家に入り坐しき。天皇、大后の山代より上り幸でましつと聞こしめして、舎人、名は鳥山と謂ふ人を使はして、御歌を送りたまひき。「山代に い及け 鳥山 い及け い及け 我が愛し妻に い及き遇はむかも」。
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『古事記』下巻・黒日売と石之日売の嫉妬その大后石之日売命、甚多く嫉妬みたまひき。故、天皇の使はせる妾は、宮の中に得臨かず、言立てば、足もあがかに嫉妬みたまひき。(自母下五字以音)天皇、吉備の海部直の女、名は黒日売、その容姿端正しと聞こしめして、喚し上げて使ひたまひき。然るにその大后の嫉みを畏みて、本つ国に逃げ下りき。天皇、高台に坐して、その黒日売の船の出で浮かぶ海を望み瞻て、歌ひて曰く、「沖方には 小船連らく 黒鞘の まさづこ吾妹 国へ下らす」。故、大后、この御歌を聞きて、大きに恨み、人を大浦に遣はして、追ひ下して、歩より追ひ去らしめたまひき。ここに天皇、その黒日売を恋ひて、大后を欺きて曰く、「淡道島を見むと欲ふ」とのりたまひて、幸行でます時、淡道島に坐して、遥かに望けて歌ひて曰く、「おしてるや 難波の崎よ 出で立ちて 我が国見れば 淡島 自凝島 檳榔の 島も見ゆ 放つ島見ゆ」。乃ちその島より伝ひて、吉備の国に幸行でましき。ここに黒日売、その国の山方の地に大坐せて、大御飯を献りき。
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『古事記』下巻・黒日売の歌と八田若郎女ここに大御羹を羞めむと為て、その地の菘菜を採む時、天皇、その嬢子の菘を採む処に到り坐して、歌ひて曰く、「山県に 蒔ける菘菜も 吉備人と 共にし摘めば 楽しくもあるか」。天皇、上り幸でます時、黒日売、御歌を献りて曰く、「大和辺に 西風吹き上げて 雲離れ 退き居りとも 我忘れめや」。また歌ひて曰く、「大和辺に 行くは誰が夫 隠り処の 下よ延へつつ 行くは誰が夫」。この後の時、大后、豊楽をせむと為て、御綱柏を採りに、木の国に幸行でます間に、天皇、八田若郎女を婚ひたまひき。ここに大后、御綱柏を御船に積み盈てて、還り幸でます時、氷取の司に駆使はれたる、吉備の国の児島の仕丁、これ己が国に退るに、難波の大渡にて、後れたる倉人女の船に遇ひき。乃ち語りて云はく、「天皇は、皆八田若郎女を婚ひて、昼夜戯れ遊びたまふ。若し大后、この事を聞こしめさぬか。静かに遊び幸行でます」といひき。ここにその倉人女、この語言を聞き、すなはち御船に追ひ近づきて、白す状、具さに仕丁の言の如し。
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『古事記』上巻・嫉妬と別れの歌あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事の 語り言も こをば。 故、その夜は合はずて、明日の夜御合ひしたまひき。またその神の嫡后(おほきさき)須勢理毘売命、甚(いた)く嫉妬(うはなりねたみ)したまひき。故、その日子遅神(ひこぢのかみ)和備(わび)て、出雲より倭国に上りまさむとして、装束(よそひ)立たす時、片御手は御馬の鞍に繋け、片御足はその御鐙(あぶみ)に蹈み入れて、歌ひたまひしく、 ぬばたまの 黒き御衣(みけし)を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩(はたた)きも これは適(ふさ)はず 辺つ波 そに脱き棄(う)て そに鳥の 青き御衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩きも これも適はず 辺つ波 そに脱き棄て 山県(やまがた)に 蒔(ま)きし あたね舂(つ)き 染木(そめき)が汁に 染め衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩きも 此(こ)し宜(よろ)し いとこやの 妹の命 群鳥(むらどり)の 我が群れ往なば 引け鳥の 我が引け往なば 泣かじとは 汝は言ふとも 山処(やまと)の 一本薄(ひともとすすき) 項傾(うなかぶ)し 汝が泣かさまく 朝雨の 霧に立たむぞ 若草の 妻の命 事の 語り言も こをば。

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