古事記 / 下巻・奴理能美の虫と皇后の弁明
亦其妹口比賣。及奴理能美三人議而。令奏天皇云。大后幸行所以者。奴理能美之所養蟲。一度爲匐蟲。一度爲殼。一度爲飛鳥。有變三色之奇蟲。看行此蟲而入坐耳。更無異心。如此奏時。天皇詔。然者。吾思奇異。故。欲見行。自大宮上幸行。入坐奴理能美之家時。其奴理能美。己所養之三種蟲。獻於大后。爾天皇。御立其大后所坐殿戶。歌曰。都藝泥布。夜麻斯呂賣能。許久波母知。宇知斯意富泥。佐和佐和爾。那賀伊幣勢許曾。宇知和多須。夜賀波延那須。岐伊理麻韋久禮。此天皇與大后所歌之六歌者。志都歌之返歌也。天皇。戀八田若郎女。賜遣御歌。其歌曰。夜多能。比登母登須宜波。古母多受。多知迦阿禮那牟。阿多艮須賀波艮。許登袁許曾。須宜波艮登伊波米。阿多艮須賀志賣。
新字:亦其妹口比売。及奴理能美三人議而。令奏天皇云。大后幸行所以者。奴理能美之所養虫。一度為匐虫。一度為殼。一度為飛鳥。有変三色之奇虫。看行此虫而入坐耳。更無異心。如此奏時。天皇詔。然者。吾思奇異。故。欲見行。自大宮上幸行。入坐奴理能美之家時。其奴理能美。己所養之三種虫。献於大后。爾天皇。御立其大后所坐殿戸。歌曰。都芸泥布。夜麻斯呂売能。許久波母知。宇知斯意富泥。佐和佐和爾。那賀伊幣勢許曽。宇知和多須。夜賀波延那須。岐伊理麻韋久礼。此天皇与大后所歌之六歌者。志都歌之返歌也。天皇。恋八田若郎女。賜遣御歌。其歌曰。夜多能。比登母登須宜波。古母多受。多知迦阿礼那牟。阿多艮須賀波艮。許登袁許曽。須宜波艮登伊波米。阿多艮須賀志売。
書き下し
また、その妹口比売、及び奴理能美、三人議りて、天皇に奏さしめて云ひしく、「大后の幸行でましし所以は、奴理能美の養ふ虫、一たびは匐ふ虫と為り、一たびは殻と為り、一たびは飛ぶ鳥と為る、三色に変はる奇しき虫有り。この虫を看行はしに入り坐ししのみ。更に異心無し」とまをしき。かく奏す時、天皇詔りたまひしく、「然らば、吾も奇し異しと思ふ。故、見に行かむと欲ふ」とのりたまひて、大宮より上り幸行でまして、奴理能美の家に入り坐しし時、その奴理能美、己が養ふ三種の虫を大后に献りき。ここに天皇、その大后の坐す殿戸に御立ちして、歌ひて曰く、「つぎねふ 山城女の 木鍬持ち 打ちし大根 さわさわに 汝が言へせこそ 打ち渡す 八桑枝なす 来入り参ゐ来れ」。この天皇と大后の歌ひたまひし六つの歌は、志都歌の返歌なり。天皇、八田若郎女を恋ひて、御歌を賜ひ遣はす。その歌に曰く、「八田の ひともとすげは 子持たず 立ちか荒れなむ あたらすが原 言をこそ すが原と言はめ あたらしすがし女」。
現代語訳
皇后の妹の口比売と奴理能美の三人が相談し、天皇に申し上げさせました。「皇后がお出ましになったわけは、奴理能美が飼っている虫が、あるときは這う虫、あるときは殻、あるときは飛ぶ鳥と、三つの色に変わる珍しい虫なので、これを見においでになっただけです。他に異心はございません」。こう奏上すると天皇は、「それなら私も不思議に思う。見に行きたい」と仰せになり、大宮から出かけて奴理能美の家に入られました。奴理能美は、飼っている三種の虫を大后に差し上げました。天皇は大后のおられる殿の戸口に立ち、歌われました。「山城の女が木の鍬で打った大根のように、さわさわと(騒ぐほど)あなたが言うので、多くの桑の枝のように、ともに連れ立って入ってきたのだ」。この天皇と大后の詠まれた六つの歌は志都歌の返歌です。天皇は八田若郎女を恋い慕い、歌を贈りました。「八田の一本菅は、子を持たずに立ち枯れてしまうのだろうか。惜しい菅原よ。言葉の上で菅原と言うだけで、惜しい清らかな乙女だ」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『古事記』下巻・黒日売の歌と八田若郎女ここに大御羹を羞めむと為て、その地の菘菜を採む時、天皇、その嬢子の菘を採む処に到り坐して、歌ひて曰く、「山県に 蒔ける菘菜も 吉備人と 共にし摘めば 楽しくもあるか」。天皇、上り幸でます時、黒日売、御歌を献りて曰く、「大和辺に 西風吹き上げて 雲離れ 退き居りとも 我忘れめや」。また歌ひて曰く、「大和辺に 行くは誰が夫 隠り処の 下よ延へつつ 行くは誰が夫」。この後の時、大后、豊楽をせむと為て、御綱柏を採りに、木の国に幸行でます間に、天皇、八田若郎女を婚ひたまひき。ここに大后、御綱柏を御船に積み盈てて、還り幸でます時、氷取の司に駆使はれたる、吉備の国の児島の仕丁、これ己が国に退るに、難波の大渡にて、後れたる倉人女の船に遇ひき。乃ち語りて云はく、「天皇は、皆八田若郎女を婚ひて、昼夜戯れ遊びたまふ。若し大后、この事を聞こしめさぬか。静かに遊び幸行でます」といひき。ここにその倉人女、この語言を聞き、すなはち御船に追ひ近づきて、白す状、具さに仕丁の言の如し。
-
『古事記』下巻・口子臣の歌と雨中の嘆願また、丸邇臣口子を続けて遣はして、歌ひて曰く、「みもろの その高きなる 大韋子が 腹の 大韋子が 腹にある 肝向かふ 心をだにか 相思はずあらむ」。また歌ひて曰く、「つぎねふ 山城女の 木鍬持ち 打ちし大根 根白の 白腕 枕かずけばこそ 知らずとも言はめ」。故、この口子臣、この御歌を白す時、大雨降りき。ここにその雨を避けず、前の殿戸に参り伏せば後の戸に違ひ出で、後の殿戸に参り伏せば前の戸に違ひ出づ。ここに匍匐ひ進み赴きて、庭の中に跪く時、水潦腰に至りき。その臣、紅の紐著けたる青摺の衣を服たり。故、水潦、紅の紐に拂れて、青みな紅の色に変はりき。ここに口子臣の妹、口日売、大后に仕へ奉れり。故、この口日売歌ひて曰く、「山城の 筒木の宮に 物申す 吾が兄の君は 涙ぐましも」。ここに太后、その由を問ひたまふ時、答へて白さく、「僕の兄、口子臣なり」とまをしき。ここに口子臣、(原文はここで途切れる)
-
『古事記』下巻・女鳥王と速総別王ここに八田若郎女、答へて歌ひて曰く、「八田の ひともとすげは ひとり居りとも 大君し よしと聞こさば ひとり居りとも」。故、八田若郎女の御名代と為て、八田部を定めき。また天皇、その弟速総別王を以て媒と為して、庶妹女鳥王を乞ひたまひき。ここに女鳥王、速総別王に語りて曰く、「大后の強きに因りて、八田若郎女を治め賜はず。故、仕へ奉らじと思ふ。吾は汝命の妻と為らむ」といひて、即ち相婚ひたまひき。ここを以て、速総別王、復奏さざりき。ここに天皇、直に女鳥王の坐す所に幸行でまして、その殿戸の閾の上に坐しき。ここに女鳥王、機に坐して服を織りたまひき。ここに天皇歌ひて曰く、「女鳥の わが大君の 織ろす服 誰が料ろかも」。女鳥王、答へて歌ひて曰く、「高行くや 速総別の 御襲衣料」。故、天皇、その情を知りて、宮に還り入りたまひき。この時、その夫速総別王到来りし時、その妻女鳥王歌ひて曰く、「雲雀は 天に翔る 高行くや 速総別 鷦鷯取らさね」。
-
『古事記』下巻・赤猪子の返歌と吉野の童女ここに赤猪子の泣く涙、悉くその服せる丹摺の袖を湿らしつ。その大御歌に答へて歌ひて曰く、「みもろに 築くや玉垣 築き余し 誰にかも依らむ 神の宮人」。また歌ひて曰く、「日下江の 入江の蓮 花蓮 身の盛り人 羨しきろかも」。ここに多祿をその老女に給ひて、返し遣はしたまひき。故、この四つの歌は志都歌なり。天皇、吉野宮に幸行でましし時、吉野川の浜に、童女有り。その形姿美麗し。故、この童女を婚ひて、宮に還り坐しき。後に更にまた吉野に幸行でましし時、その童女の遇ひし所に留まりて、その処に大御呉床を立てて、その御呉床に坐して、御琴を弾きて、その嬢子に儛せしめたまひき。ここにその嬢子の好く儛ふに因りて、御歌を作りたまひき。その歌に曰く、「呉床居の 神の御手もち 弾く琴に 舞する女 常世にもがも」。即ち阿岐豆野に幸して、御獦したまふ時、天皇、御呉床に坐しき。ここに蝱、御腕を咋ひき。即ち蜻蛉来て、その蝱を咋ひて飛びき。(蜻蛉を訓みて阿岐豆と云ふ。)ここに御歌を作りたまひき。
-
『古事記』下巻・黒日売と石之日売の嫉妬その大后石之日売命、甚多く嫉妬みたまひき。故、天皇の使はせる妾は、宮の中に得臨かず、言立てば、足もあがかに嫉妬みたまひき。(自母下五字以音)天皇、吉備の海部直の女、名は黒日売、その容姿端正しと聞こしめして、喚し上げて使ひたまひき。然るにその大后の嫉みを畏みて、本つ国に逃げ下りき。天皇、高台に坐して、その黒日売の船の出で浮かぶ海を望み瞻て、歌ひて曰く、「沖方には 小船連らく 黒鞘の まさづこ吾妹 国へ下らす」。故、大后、この御歌を聞きて、大きに恨み、人を大浦に遣はして、追ひ下して、歩より追ひ去らしめたまひき。ここに天皇、その黒日売を恋ひて、大后を欺きて曰く、「淡道島を見むと欲ふ」とのりたまひて、幸行でます時、淡道島に坐して、遥かに望けて歌ひて曰く、「おしてるや 難波の崎よ 出で立ちて 我が国見れば 淡島 自凝島 檳榔の 島も見ゆ 放つ島見ゆ」。乃ちその島より伝ひて、吉備の国に幸行でましき。ここに黒日売、その国の山方の地に大坐せて、大御飯を献りき。
-
『古事記』下巻・天語歌と三つの歌故、この歌を献りしかば、その罪を赦したまひき。爾に大后、その歌を歌ひたまひき。その歌に曰はく、「倭の この高市に 小高る 市の高処 新嘗屋に 生ひ立てる 葉広 斎つ真椿 そが葉の 広り坐し その花の 照り坐す 高光る 日の御子に 豊御酒 献らせ 事の 語り言も こをば」。即ち天皇の歌ひたまひしく、「ももしきの 大宮人は 鶉鳥 領巾取り懸けて 鶺鴒 尾行き合へ 庭雀 うずすまり居て 今日もかも 酒みづくらし 高光る 日の宮人 事の 語り言も こをば」。この三つの歌は、天語歌なり。故、この豊楽に、その三重の婇を誉めて、多禄を給ひき。この豊楽の日に、亦、春日の袁杼比売、大御酒を献りし時、天皇の歌ひたまひしく、「みなそそく 臣の乙女 ほだり取らすも ほだり持ち 堅く取らせ 下堅く 弥堅く取らせ ほだり取らす子」。これは宇岐歌なり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る