古事記 / 下巻・允恭の氏姓正しと軽太子
次大長谷命。治天下也。天皇。初爲將所知天津日繼之時。天皇辭而詔之。我者有一長病。不得所知日繼。然大后始而。諸卿等因堅奏而。乃治天下。此時。新羅國主。貢進御調八十一艘。爾御調之大使。名云金波鎭漢紀武。此人深知藥方。故治差帝皇之御病。於是。天皇愁天下氏氏名名人等之氏姓忤過而。於味白檮之言八十禍津日前。居玖訶瓮(玖訶二字以音)而。定賜天下之八十友緖氏姓也。又爲木梨之輕太子御名代。定輕部。爲大后御名代。定刑部。爲大后之弟田井中比賣御名代。定河部也。天皇。御年漆拾捌歲。(甲午年正月十五日崩。)御陵在河內之惠賀長枝也。天皇崩之後。定木梨之輕太子。所知日繼。未即位之間。姧其伊呂妹輕大郎女而。歌曰。阿志比紀能。夜麻陀袁豆久理。夜麻陀加美。斯多備袁和志勢。志多杼比爾。和賀登布伊毛袁。斯多那岐爾。和賀那久都麻袁。許存許曾婆。夜須久波陀布禮。此者志良宜歌也。
新字:次大長谷命。治天下也。天皇。初為将所知天津日継之時。天皇辞而詔之。我者有一長病。不得所知日継。然大后始而。諸卿等因堅奏而。乃治天下。此時。新羅国主。貢進御調八十一艘。爾御調之大使。名云金波鎮漢紀武。此人深知薬方。故治差帝皇之御病。於是。天皇愁天下氏氏名名人等之氏姓忤過而。於味白檮之言八十禍津日前。居玖訶瓮(玖訶二字以音)而。定賜天下之八十友緒氏姓也。又為木梨之軽太子御名代。定軽部。為大后御名代。定刑部。為大后之弟田井中比売御名代。定河部也。天皇。御年漆拾捌歳。(甲午年正月十五日崩。)御陵在河内之恵賀長枝也。天皇崩之後。定木梨之軽太子。所知日継。未即位之間。姧其伊呂妹軽大郎女而。歌曰。阿志比紀能。夜麻陀袁豆久理。夜麻陀加美。斯多備袁和志勢。志多杼比爾。和賀登布伊毛袁。斯多那岐爾。和賀那久都麻袁。許存許曽婆。夜須久波陀布礼。此者志良宜歌也。
書き下し
次に大長谷命は天下を治らしめき。天皇、初め天つ日継を知らしめさむとせし時、天皇辞びて詔りたまひしく、「我は一つの長き病有り。日継を知らしめすこと得じ」とのりたまひき。然れども大后を始めて、諸卿等、因りて堅く奏して、乃ち天下を治らしめしき。この時、新羅の国主、御調八十一艘を貢進りき。ここに御調の大使、名は金波鎮漢紀武と云ふ。この人、深く薬方を知れり。故、帝皇の御病を治め差しき。ここに天皇、天下の氏氏名名の人等の氏姓の忤ひ過てるを愁へて、味白檮の言八十禍津日前に、玖訶瓮(玖訶の二字は音を以てす)を居ゑて、天下の八十友緒の氏姓を定め賜ひき。また木梨之軽太子の御名代と為て、軽部を定め、大后の御名代と為て、刑部を定め、大后の弟田井中比売の御名代と為て、河部を定めたまひき。天皇、御年七十八歳。(甲午の年の正月十五日に崩りましき。)御陵は河内の恵賀の長枝に在り。天皇崩りましし後、木梨之軽太子、日継を知らしめすことを定まれり。未だ位に即きたまはぬ間に、その伊呂妹軽大郎女に姧けて、歌ひて曰く、「あしひきの 山田を作り 山高み 下樋を走せ 下娉ひに 吾が娉ふ妹を 下泣きに 吾が泣く妻を 今夜こそは 安く肌触れ」。これは志良宜歌なり。
現代語訳
次に大長谷命(雄略天皇)も天下を治めました。(以下は允恭天皇について。)天皇は、はじめ皇位を継ぐ時に辞退して、「私には長患いの病がある。皇位を継ぐことはできない」と言いました。しかし大后をはじめ、諸臣たちが固く奏上したので、ついに天下を治めました。この時、新羅の国王が八十一艘の貢物を献上しました。その貢物の大使は金波鎮漢紀武といい、この人は薬の処方に詳しかったので、天皇の病を治しました。そこで天皇は、天下の氏や名の人々の氏姓が混乱し誤っていることを憂い、味白檮の言八十禍津日の前に玖訶瓮を据えて、天下の多くの氏姓を定めました。また木梨之軽太子の御名代として軽部を、大后の御名代として刑部を、大后の妹の田井中比売の御名代として河部を定めました。天皇は七十八歳(甲午の年の正月十五日に崩御)、御陵は河内の恵賀の長枝にあります。天皇の崩御後、木梨之軽太子が皇位継承者と定まりましたが、まだ即位しない間に、同母妹の軽大郎女と通じ、歌いました。「山の田を作り、山が高いので地下に樋を通すように、ひそかに求婚する私の妻を、ひそかに泣いている私の妻を、今夜こそは安らかに肌を触れよう」。これは志良宜歌です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』下巻・反正天皇と允恭天皇の系譜水歯別命、多治比の柴垣宮に坐して、天下を治らしめしき。この天皇、御身の長九尺二寸半、御歯の長さ一寸、広さ二分、上下等しく斉ひて、既に貫ける珠の如くなりき。天皇、丸邇の許碁登臣の女、都怒郎女を娶して、生みませる御子、甲斐郎女、次に都夫良郎女、二柱。また同じ臣の女の弟比売を娶して生みませる御子、財王、次に多訶弁郎女、并せて四王なり。天皇の御年、六十歳。(丁丑の年の七月に崩りましき。)御陵は毛受野に在り。男浅津間若子宿禰命、遠つ飛鳥宮に坐して、天下を治らしめしき。この天皇、意富本杼王の妹、忍坂之大中津比売命を娶して、生みませる御子、木梨之軽王、次に長田大郎女、次に境之黒日子王、次に穴穂命、次に軽大郎女(またの名は衣通郎女。御名に衣通王と負へる所以は、その身の光、衣より通り出づればなり。)、次に八瓜之白日子王、次に大長谷命、次に橋大郎女、次に酒見郎女、九柱。(男王五、女王四。)凡そ天皇の御子等、九柱。この九王の中に、穴穂命は天下を治らしめき。
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『古事記』下巻・雄略崩御と清寧の治世爾に袁杼比売、歌を献りき。その歌に曰はく、「やすみしし 我が大君の 朝戸には い寄り立たし 夕戸には い寄り立たす 脇机が 下の 板にもが 吾兄を」。これは志都歌なり。天皇、御年壱佰貳拾肆歳。(己巳の年の八月九日に崩りたまひき。)御陵は河内の多治比の高鶴にあり。白髪大倭根子命、伊波礼の甕栗宮に坐して、天下を治めたまひき。この天皇、皇后なく、亦御子なし。故、御名代として、白髪部を定めたまひき。故、天皇崩りまして後、天下を治むべき王なかりき。ここに、日継知らしめすべき王を問ふに、市辺忍歯別王(履中天皇の子)の妹、忍海郎女、亦の名は飯豊王、葛城の忍海の高木角刺宮に坐しき。爾に山部連小楯、針間国の宰に任けらえし時、その国の人民、名は志自牟が新室の楽に到りき。ここに盛りに楽して、酒たけなはに、次第を以ちて皆儛ひき。故、燃火の少子二口、竈の傍に居りき。その少子等を召して儛はしめき。
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『古事記』下巻・仁賢天皇と后妃御子意富祁命、石上の広高宮に坐して、天下を治めたまひき。天皇、大長谷若建天皇の御子、春日大郎女を娶りて、生みませる御子、高木郎女。次に財郎女。次に久須毘郎女。次に手白髪郎女。次に小長谷若雀命。次に真若王。又、丸邇の日爪臣の女、糠若子郎女を娶りて、生みませる御子、春日山田郎女。この天皇の御子、并せて七柱。この中に小長谷若雀命は、天下を治めたまひき。小長谷若雀命、長谷の列木宮に坐して、天下を治めたまふこと捌歳なり。この天皇、太子なし。故、御子代として、小長谷部を定めたまひき。御陵は片岡の石坏岡にあり。天皇既に崩りまして、日継を知らしむべき王なし。故、品太天皇の五世の孫、袁本杼命を、近つ淡海国より上り坐しめて、手白髪命に合はせて、天下を授け奉りき。
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『古事記』下巻・雄略の后妃と大県主大長谷若建命、長谷の朝倉宮に坐して、天下を治らしめしき。天皇、大日下王の妹、若日下部王を娶したまひしが、子无し。また都夫良意富美の女、韓比売を娶して、生みませる御子、白髪命、次に妹若帯比売命、二柱。故、白髪太子の御名代と為て、白髪部を定め、また長谷部の舎人を定め、また河瀬の舎人を定めたまひき。この時、呉人参ゐ渡り来つ。その呉人を呉原に安置きたまひき。故、その地を号けて呉原と謂ふ。初め大后の日下に坐しし時、日下の直越の道より、河内に幸行でましき。ここに山の上に登りて、国内を望みたまへば、上堅魚を作れる舎屋の家有りき。天皇、その家を問はしめて云ひしく、「その上堅魚を作れる舎は、誰が家ぞ」とのりたまひき。答へて白さく、「志幾の大県主が家なり」とまをしき。ここに天皇詔りたまひしく、「奴や、己が家を、天皇の御舎に似せて造れり」とのりたまひて、即ち人を遣はして、その家を焼かしめたまふ時、その大県主、懼り畏みて、稽首きて白さく、「奴にあれば、奴のまにまに覚らずして過ち作れり。甚畏し。故、能美の御幣物(能美の二字は音を以てす)を献らむ」とまをして、布を白き犬に繋けて、鈴を著けて、己が族、名は腰佩と謂ふ人をして、その犬の縄を取らしめて献上りき。
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『神皇正統記』巻二 第二十代 允恭天皇第二十代、允恭天皇は仁徳第四の子、履中反正同母の弟也。壬子の年即位。大和の遠明日香の宮にまします。此御時までは三韓の御調年々にかはらざりしに、これより後はつねにおこたりけりとなん。八年己未にあたりて、もろこしの晋ほろびて南北朝となる。宋・斉・梁・陳あひつぎて起る。是を南朝と云ふ。後魏・北斉・後周つぎつぎにおこれりしを北朝と云ふ。百七十余年はならびて立たりき。此天皇天下を治給こと四十二年。八十歳おましましき。
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『古事記』中巻・吉備の平定と諸氏族次に若日子建吉備津日子命、二柱を生みたまひき。この天皇の御子等、併せて八柱。(男王五、女王三。)かれ大倭根子日子国玖琉命は天の下を治らしめしき。大吉備津日子命と若建吉備津日子命と、二柱、相副ひて、針間の氷河の前に、忌瓮を居ゑて、針間を道の口として、言向け和して吉備国を平らげき。かれこの大吉備津日子命は、吉備の上道臣の祖なり。次に若日子建吉備津日子命は、吉備の下道臣、笠臣の祖なり。次に日子寤間命は、針間の牛鹿臣の祖なり。次に日子刺肩別命は、高志の利波臣、豊国の国前臣、五百原君、角鹿の海直の祖なり。天皇、御年一百六歳。御陵は片岡の馬坂の上にあり。

人生を、一行の式にしてみた。
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