古事記 / 下巻・雁の卵と枯野の船
亦一時。天皇。爲將豐樂而。幸行日女嶋之時。於其嶋鴈生卵。爾召建內宿禰命以歌。問鴈生卵之狀。其歌曰。多麻岐波流。宇知能阿曾。那許曾波。余能那賀比登。蘇良美都。夜麻登能久邇爾。加理古牟登。岐久夜。於是。建內宿禰以歌語白。多迦比迦流。比能美古。宇倍志許曾。尋比多麻閇。麻許曾邇。尋比多麻閇。阿禮許曾波。余能那賀比登。蘇良美都。夜麻登能久邇爾。加理古牟登。伊麻陀岐加受。如此白而。被給御琴。歌曰。那賀美古夜。都毘邇斯良牟登。加理波古牟良斯。此者本岐歌之片歌也。此之御世。兔寸河之西。有一高樹。其樹之影。當旦日者。逮淡道嶋。當夕日者。越高安山。故切是樹以作船。甚捷行之船也。時號其船謂枯野。故以是船。旦夕酌淡道嶋之寒泉。獻大御水也。茲船破壞以燒鹽。取其燒遺木。作琴。
新字:亦一時。天皇。為将豊楽而。幸行日女嶋之時。於其嶋鴈生卵。爾召建内宿祢命以歌。問鴈生卵之状。其歌曰。多麻岐波流。宇知能阿曽。那許曽波。余能那賀比登。蘇良美都。夜麻登能久邇爾。加理古牟登。岐久夜。於是。建内宿祢以歌語白。多迦比迦流。比能美古。宇倍志許曽。尋比多麻閇。麻許曽邇。尋比多麻閇。阿礼許曽波。余能那賀比登。蘇良美都。夜麻登能久邇爾。加理古牟登。伊麻陀岐加受。如此白而。被給御琴。歌曰。那賀美古夜。都毘邇斯良牟登。加理波古牟良斯。此者本岐歌之片歌也。此之御世。兔寸河之西。有一高樹。其樹之影。当旦日者。逮淡道嶋。当夕日者。越高安山。故切是樹以作船。甚捷行之船也。時号其船謂枯野。故以是船。旦夕酌淡道嶋之寒泉。献大御水也。茲船破壊以焼塩。取其焼遺木。作琴。
書き下し
また一時、天皇、豊楽せむとして、日女島に幸行でましし時、その島に雁卵生みき。ここに建内宿禰命を召して、歌を以て雁の卵生みし状を問ひたまひき。その歌に曰く、「たまきはる 内の朝臣 汝こそは 世の長人 そらみつ 大和の国に 雁卵生と 聞くや」。ここに建内宿禰、歌を以て語り白さく、「高光る 日の御子 諾しこそ 問ひ給へ まことこそ 問ひ給へ あれこそは 世の長人 そらみつ 大和の国に 雁卵生と いまだ聞かず」。かく白して、御琴を給はりき。歌ひて曰く、「汝が御子や 遂に知らむと 雁は卵生らし」。これは本岐歌の片歌なり。この御世に、兔寸河の西に一つの高き樹有りき。その樹の影、旦日に当たれば淡道島に逮び、夕日に当たれば高安山を越えき。故、この樹を切りて船を作るに、甚捷く行く船なりき。時にその船を号けて枯野と謂ふ。故、この船を以て、旦夕に淡道島の寒泉を酌みて、大御水に献りき。この船、破れ壊れしを以て塩を焼き、その焼け遺れる木を取りて琴に作る。
現代語訳
またある時、天皇は宴を催そうとして日女島においでになりました。その島で雁が卵を産んでいました。天皇は建内宿禰命を召して、歌で雁が卵を産んだ様子を尋ねられました。その歌は、「たまきはる内の朝臣よ、あなたこそ世の長生きの人。大和の国で雁が卵を産むと聞いたことがあるか」。建内宿禰は歌で答えました。「日の御子がお尋ねになるのも道理、まことにお尋ねになるのも道理。私こそ世の長生きの人ですが、大和の国で雁が卵を産むとは、まだ聞いたことがありません」。こう申し上げて琴を賜りました。そして歌われました。「あなたの御子が、ついにこの国を治めると知って、雁は卵を産むようだ」。これは本岐歌の片歌です。この御世に、兔寸河の西に一本の高い木がありました。その木の影は、朝日があたると淡路島に届き、夕日があたると高安山を越えました。この木を切って船を作ると、非常に速く走る船となり、枯野と名づけました。この船で朝夕に淡路島の冷たい清水を汲み、天皇の飲み水として献上しました。船が壊れた時は塩を焼き、焼け残った木で琴を作りました。
解説
この章句が説くこと
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『古事記』下巻・仁徳崩御と墨江中王の乱その音、七里に響みき。ここに歌ひて曰く、「枯野を 塩に焼き 其が余り 琴に作り 掻き弾くや 由良の門の 門中の 海石に 触れ立つ 浸漬の木の さやさや」。これは志都歌の返歌なり。この天皇、御年八十三歳。(丁卯の年の八月十五日に崩りましき。)御陵は毛受の耳原に在り。伊邪本和気命、伊波礼(大和の十市郡に在り)の若桜宮に坐して、天下を治らしめしき。この天皇、葛城の曽都毘古の子、葦田宿禰の女、名は黒比売命を娶して、生みませる御子、市辺之忍歯王、次に御馬王、次に妹青海郎女、またの名は飯豊郎女、三柱。本、難波宮に坐しし時、大嘗に坐して、豊明を為す時、大御酒に浮かれて、大御寝したまひき。ここにその弟墨江中王、天皇を取らむと欲ひて、火を大殿に著けき。ここに倭漢直の祖、阿知直、盗み出して、御馬に乗せて倭に幸ししめき。故、多遅比野に到りて寤めて、詔りたまひしく、「ここは何処ぞ」とのりたまひき。
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『古事記』下巻・蜻蛉の歌と葛城山の猪その歌に曰く、「みえしのの 小室が嶽に 猪鹿伏すと 誰ぞ 大前に申す やすみしし 吾が大君の 猪鹿待つと 呉床に坐し 白妙の 袖着具ふ 手腓に 虻掻き着き その虻を 蜻蛉早咋ひ かくの如 名に負はむと そらみつ 倭の国を 蜻蛉島とふ」。故、その時より、その野を号けて阿岐豆野と謂ふ。また一時、天皇、葛城の山の上に登り幸でましき。ここに大猪出でたり。即ち天皇、鳴鏑を以てその猪を射たまふ時、その猪怒りて、宇多岐依り来。(宇多岐の三字は音を以てす)。故、天皇その宇多岐を畏みて、榛の上に登り坐しき。ここに歌ひて曰く、「やすみしし 吾が大君の 遊ばしし 猪の 病み猪の うたき畏み 吾が逃げ登りし 在り丘の 榛の木の枝」。また一時、天皇、葛城山に登り幸でましし時、百官の人等、悉に紅き紐著けたる青摺の衣服を給はりき。その時、その向かひし山の尾より、山の上に登る人あり。既に天皇の鹵簿に等しかりき。
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『古事記』下巻・黒日売の歌と八田若郎女ここに大御羹を羞めむと為て、その地の菘菜を採む時、天皇、その嬢子の菘を採む処に到り坐して、歌ひて曰く、「山県に 蒔ける菘菜も 吉備人と 共にし摘めば 楽しくもあるか」。天皇、上り幸でます時、黒日売、御歌を献りて曰く、「大和辺に 西風吹き上げて 雲離れ 退き居りとも 我忘れめや」。また歌ひて曰く、「大和辺に 行くは誰が夫 隠り処の 下よ延へつつ 行くは誰が夫」。この後の時、大后、豊楽をせむと為て、御綱柏を採りに、木の国に幸行でます間に、天皇、八田若郎女を婚ひたまひき。ここに大后、御綱柏を御船に積み盈てて、還り幸でます時、氷取の司に駆使はれたる、吉備の国の児島の仕丁、これ己が国に退るに、難波の大渡にて、後れたる倉人女の船に遇ひき。乃ち語りて云はく、「天皇は、皆八田若郎女を婚ひて、昼夜戯れ遊びたまふ。若し大后、この事を聞こしめさぬか。静かに遊び幸行でます」といひき。ここにその倉人女、この語言を聞き、すなはち御船に追ひ近づきて、白す状、具さに仕丁の言の如し。
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