古事記 / 中巻・須須許理の酒と宇治の策
又秦造之祖。漢直之祖。及知釀酒人名仁番。亦名須須許理等參渡來也。故是須須許理釀大御酒以獻。於是。天皇宇羅宜是所獻之大御酒而。(宇羅宜三字以音)御歌曰。須須許理賀。迦美斯美岐邇。和禮惠比邇祁理。許登那具志。惠具志邇。和禮惠比邇祁理。如此之歌。幸行時。以御杖打大坂道中之大石者。其石走避。故諺曰。堅石避醉人也。故天皇崩之後。大雀命者。從天皇之命。以天下讓宇遲能和紀郎子。於是。大山守命者。違天皇之命。猶欲【狹/獲】天下。有殺其弟皇子之情。竊設兵將攻。爾大雀命。聞其兄備兵。即遣使者。令告宇遲能和紀郎子。故聞驚以兵伏河邊。亦其山之上。張絁垣立帷幕。詐以舍人爲王。露坐吳床。百官恭敬往來之狀。既如王子之坐所而。更爲其兄王渡河之時。具餝舩檝。者舂佐那(此二字以音)葛之根。取其汁滑而。塗其舩中之簀椅。設蹈應仆而。
新字:又秦造之祖。漢直之祖。及知醸酒人名仁番。亦名須須許理等参渡来也。故是須須許理醸大御酒以献。於是。天皇宇羅宜是所献之大御酒而。(宇羅宜三字以音)御歌曰。須須許理賀。迦美斯美岐邇。和礼恵比邇祁理。許登那具志。恵具志邇。和礼恵比邇祁理。如此之歌。幸行時。以御杖打大坂道中之大石者。其石走避。故諺曰。堅石避酔人也。故天皇崩之後。大雀命者。従天皇之命。以天下譲宇遅能和紀郎子。於是。大山守命者。違天皇之命。猶欲【狭/獲】天下。有殺其弟皇子之情。窃設兵将攻。爾大雀命。聞其兄備兵。即遣使者。令告宇遅能和紀郎子。故聞驚以兵伏河辺。亦其山之上。張絁垣立帷幕。詐以舎人為王。露坐呉床。百官恭敬往来之状。既如王子之坐所而。更為其兄王渡河之時。具餝舩檝。者舂佐那(此二字以音)葛之根。取其汁滑而。塗其舩中之簀椅。設蹈応仆而。
書き下し
また秦造の祖、漢直の祖、及び酒を醸むことを知れる人、名は仁番、またの名は須須許理ら、参り渡り来つ。故、この須須許理、大御酒を醸みて献りき。ここに天皇、この献れる大御酒に宇羅宜て(宇羅宜の三字は音を以ゐる)、御歌に曰く、「須須許理が 醸みし御酒に 我酔ひにけり 事無酒 笑酒に 我酔ひにけり」。かく歌ひて幸行でます時、御杖を以ちて大坂の道中の大石を打ちたまへば、その石走り避りき。故、諺に曰く、「堅石も酔人を避く」。故、天皇崩りましし後、大雀命は、天皇の命に従ひて、天の下を宇遅能和紀郎子に譲りたまひき。ここに大山守命は、天皇の命に違ひて、なほ天の下を獲むと欲ひて、その弟皇子を殺さむ心有りて、竊かに兵を設けて攻めむとしたまふ。ここに大雀命、その兄の兵を備ふと聞かして、すなはち使者を遣はして、宇遅能和紀郎子に告げしめたまひき。故、聞き驚きて、兵を河辺に伏せ、またその山の上に、絁垣を張り帷幕を立て、詐りて舎人を王と為て、呉床に露はに坐せ、百官の恭敬ひ往来する状、既に王子の坐す所の如くして、更にその兄王の渡らむ時の為に、具に船楫を餝り、佐那葛(この二字は音を以ゐる)の根を舂き、その汁の滑を取りて、その船の中の簀椅に塗り、蹈めば応に仆れむとするやうに設けて、
現代語訳
また秦造の祖、漢直の祖、さらに酒を醸すことを知る人で、名は仁番、またの名を須須許理という者たちが渡って来ました。この須須許理が酒を醸して献上しました。天皇はその献上の酒に気分よく酔って歌いました。「須須許理が醸した御酒に、私は酔ってしまった。心安らぐ酒、笑いを誘う酒に、私は酔ってしまった」。こう歌って歩き、杖で大坂の道の途中にある大石を打つと、その石は走って避けました。それで諺に「堅い石も酔人を避ける」といいます。さて天皇が亡くなった後、大雀命は天皇の命に従って、天下を宇遅能和紀郎子に譲りました。ところが大山守命は天皇の命に背き、なお天下を得ようと考え、弟の皇子を殺す心を持って、ひそかに兵を整えて攻めようとしました。大雀命は兄が兵を備えていると聞くと、すぐに使者を送って宇遅能和紀郎子に知らせました。宇遅能和紀郎子は驚き、兵を河辺に伏せました。また山の上に、絹の垣を張り、幕を立て、偽って舎人を王に仕立て、呉床に堂々と座らせ、百官が恭しく行き来する様子を、本物の王子のいる所のようにしました。そのうえで、兄王が渡るときのために、船と楫を飾り、佐那葛の根を搗いてぬめりを取り、船の中の簀の腰掛けに塗り、踏めば倒れるように仕掛けて、
解説
この章句が説くこと
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