古事記 / 中巻・景行天皇の系譜
其登岐士玖能迦玖能木實者。是今橘者也。此天皇御年壹佰伍拾參歲。御陵在菅原之御立野中也。又其大后比婆須比賣命之時。定石祝作。又定土師部。此后者葬狹木之寺間陵也。大帶日子淤斯呂和氣天皇(衍)。坐纒向(城上郡)之日代宮。治天下也。此天皇娶吉備臣等之祖。若建吉備津日子(孝靈皇子)之女。名針間之伊那毘能大郎女。生御子。櫛角別王。次大碓命。次小碓命。亦名倭男具那命。(具那二字以音)次倭根子命。次神櫛王。(五柱。)又娶八尺入日子命(崇神皇子)之女。八坂之入日賣命。生御子。若帶日子命。次五百木之入日子命。次押別命。次五百木之入日賣命。又妾之子。豐戶別王。次沼代郎女。又妾之子。沼名木郎女。
新字:其登岐士玖能迦玖能木実者。是今橘者也。此天皇御年壱佰伍拾参歳。御陵在菅原之御立野中也。又其大后比婆須比売命之時。定石祝作。又定土師部。此后者葬狭木之寺間陵也。大帯日子淤斯呂和気天皇(衍)。坐纒向(城上郡)之日代宮。治天下也。此天皇娶吉備臣等之祖。若建吉備津日子(孝霊皇子)之女。名針間之伊那毘能大郎女。生御子。櫛角別王。次大碓命。次小碓命。亦名倭男具那命。(具那二字以音)次倭根子命。次神櫛王。(五柱。)又娶八尺入日子命(崇神皇子)之女。八坂之入日売命。生御子。若帯日子命。次五百木之入日子命。次押別命。次五百木之入日売命。又妾之子。豊戸別王。次沼代郎女。又妾之子。沼名木郎女。
書き下し
その登岐士玖能迦玖能木実は、これ今の橘なり。この天皇の御年、壱佰伍拾参歳。御陵は菅原の御立野の中に在り。また、その大后比婆須比売命の時に、石祝作(いしきづくり)を定め、また土師部(はにしべ)を定めたまひき。この后は、狭木の寺間陵に葬りまつりき。大帯日子淤斯呂和気天皇(衍)、纒向(城上郡)の日代宮に坐して、天の下治らしめしき。この天皇、吉備臣等が祖、若建吉備津日子(孝霊の皇子)の女、名は針間之伊那毘能大郎女を娶りて、生みませる御子、櫛角別王。次に大碓命。次に小碓命、またの名は倭男具那命。(具那の二字は音をもちてす。)次に倭根子命。次に神櫛王。(五柱。)また八尺入日子命(崇神の皇子)の女、八坂之入日売命を娶りて、生みませる御子、若帯日子命。次に五百木之入日子命。次に押別命。次に五百木之入日売命。また妾(おもひめ)の子、豊戸別王。次に沼代郎女。また妾の子、沼名木郎女。
現代語訳
その登岐士玖能迦玖能木実とは、今の橘のことです。この天皇(垂仁天皇)の享年は百五十三歳でした。御陵は菅原の御立野の中にあります。また、その大后の比婆須比売命の時代に、石棺を作る石祝作を定め、また埴輪や土器を作る土師部を定めました。この后は狭木の寺間陵に葬りました。大帯日子淤斯呂和気天皇(景行天皇)は、纒向(城上郡)の日代宮にいらっしゃって、天下を治めました。この天皇は、吉備臣らの祖である若建吉備津日子(孝霊天皇の皇子)の娘、針間之伊那毘能大郎女を娶って、櫛角別王、大碓命、小碓命(またの名は倭男具那命)、倭根子命、神櫛王の五柱の御子を生みました。また、八尺入日子命(崇神天皇の皇子)の娘、八坂之入日売命を娶って、若帯日子命、五百木之入日子命、押別命、五百木之入日売命を生みました。また側室の子として、豊戸別王、沼代郎女。また別の側室の子として、沼名木郎女。
解説
この章句が説くこと
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