古事記 / 中巻・景行天皇の系譜と崩御
次息長眞若中比賣。次弟比賣。(三柱。)故上云若建王娶飯野眞黑比賣。生子須賣伊呂大中日子王。(自須至呂以音)此王娶淡海之柴野入杵之女。柴野比賣。生子迦具漏比賣命。故大帶日子天皇。娶此迦具漏比賣命。生子大江王。(一柱。)此王娶庶妹銀王。生子大名方王。次大中比賣命。(二柱。)故此之大中比賣命者。香坂王。忍熊王之御祖也。此大帶日子天皇之御年。壹佰參拾漆歲。御陵在山邊之道上(城上郡柳本村)也。
新字:次息長真若中比売。次弟比売。(三柱。)故上云若建王娶飯野真黒比売。生子須売伊呂大中日子王。(自須至呂以音)此王娶淡海之柴野入杵之女。柴野比売。生子迦具漏比売命。故大帯日子天皇。娶此迦具漏比売命。生子大江王。(一柱。)此王娶庶妹銀王。生子大名方王。次大中比売命。(二柱。)故此之大中比売命者。香坂王。忍熊王之御祖也。此大帯日子天皇之御年。壱佰参拾漆歳。御陵在山辺之道上(城上郡柳本村)也。
書き下し
次に息長真若中比売。次に弟比売。(三柱。)かれ上に云ふ若建王、飯野真黒比売を娶りて、生める子、須売伊呂大中日子王。(須より呂に至るまでは音をもちてす。)この王、淡海の柴野入杵の女、柴野比売を娶りて、生める子、迦具漏比売命。かれ大帯日子天皇、この迦具漏比売命を娶りて、生める子、大江王。(一柱。)この王、庶妹銀王を娶りて、生める子、大名方王。次に大中比売命。(二柱。)かれこの大中比売命は、香坂王、忍熊王の御祖なり。この大帯日子天皇の御年、壱佰参拾漆歳。御陵は山辺の道の上(城上郡柳本村)に在り。
現代語訳
続いて、息長真若中比売、弟比売。(合わせて三柱)。さて、先に述べた若建王は、飯野真黒比売を娶って、須売伊呂大中日子王を生みました。この王は、近江の柴野入杵の娘、柴野比売を娶って、迦具漏比売命を生みました。大帯日子天皇(景行天皇)は、この迦具漏比売命を娶って、大江王を生みました。(一柱)。この王は、異母妹の銀王を娶って、大名方王と大中比売命を生みました。(二柱)。この大中比売命は、香坂王と忍熊王の母です。この大帯日子天皇の享年は百三十七歳でした。御陵は山辺の道の上(城上郡柳本村)にあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『古事記』中巻・景行天皇の八十王と国造次に香余理比売命。次に若木之入日子王。次に吉備之兄日子王。次に高木比売命。次に弟比売命。また日向の美波迦斯毘売を娶りて、生みませる御子、豊国別王。また伊那毘能大郎女の弟、伊那毘能若郎女を娶りて、(伊より下の四字は音をもちてす。)生みませる御子、真若王。次に日子人之大兄王。また倭建命の曾孫、名は須売伊呂大中日子王(須より呂に至る四字は音をもちてす)の女、訶具漏比売を娶りて、生みませる御子、大枝王。すべてこの大帯日子天皇の御子等、録せるは廿一王、記に入らざるは五十九王、并せて八十王の中に、若帯日子命と倭建命、また五百木之入日子命、この三王は、太子の名を負ひたまひき。その余の七十七王は、悉く別けて国々の国造、また和気、また稲置、県主に賜ひき。
-
『古事記』中巻・景行天皇の系譜その登岐士玖能迦玖能木実は、これ今の橘なり。この天皇の御年、壱佰伍拾参歳。御陵は菅原の御立野の中に在り。また、その大后比婆須比売命の時に、石祝作(いしきづくり)を定め、また土師部(はにしべ)を定めたまひき。この后は、狭木の寺間陵に葬りまつりき。大帯日子淤斯呂和気天皇(衍)、纒向(城上郡)の日代宮に坐して、天の下治らしめしき。この天皇、吉備臣等が祖、若建吉備津日子(孝霊の皇子)の女、名は針間之伊那毘能大郎女を娶りて、生みませる御子、櫛角別王。次に大碓命。次に小碓命、またの名は倭男具那命。(具那の二字は音をもちてす。)次に倭根子命。次に神櫛王。(五柱。)また八尺入日子命(崇神の皇子)の女、八坂之入日売命を娶りて、生みませる御子、若帯日子命。次に五百木之入日子命。次に押別命。次に五百木之入日売命。また妾(おもひめ)の子、豊戸別王。次に沼代郎女。また妾の子、沼名木郎女。
-
『古事記』中巻・息長氏の系譜その美知能宇志王、丹波の河上(丹後熊野郡川上)の摩須郎女を娶して、子、比婆須比売命、次に真砥野比売命、次に弟比売命、次に朝廷別王、四柱を生みたまひき。この朝廷別王は、三川の穂(河内)別の祖なり。この美知能宇斯王の弟水穂真若王は、近淡海の安直の祖なり。次に神大根王は、三野国の本巣国造、長幡部連の祖なり。次に山代の大筒木真若王、同母弟伊理泥王の女、母泥能阿治佐波毘売を娶して、子、迦邇米雷王(迦邇米の三字は音を以ゐよ)を生みたまひき。この王、丹波の遠津臣の女、名は高材比売を娶して、子、息長宿禰王を生みたまひき。この王、葛城の高額比売を娶して、子、息長帯比売命、次に虚空津比売命、次に息長日子王、三柱を生みたまひき。この王は、吉備の品遅君、針間の阿宗君の祖なり。また息長宿禰王、河俣稲依毘売を娶して、子、大多牟坂王(多牟の二字は音を以ゐよ)を生みたまひき。これは多遅麻(但馬)国造の祖なり。上に謂へる建豊波豆羅和気王は、道守臣、忍海(大和郡名)部造、御名部造、稲羽の忍海部、丹波の竹野別、依網の阿毘古らの祖なり。
-
『古事記』中巻・吉備の平定と諸氏族次に若日子建吉備津日子命、二柱を生みたまひき。この天皇の御子等、併せて八柱。(男王五、女王三。)かれ大倭根子日子国玖琉命は天の下を治らしめしき。大吉備津日子命と若建吉備津日子命と、二柱、相副ひて、針間の氷河の前に、忌瓮を居ゑて、針間を道の口として、言向け和して吉備国を平らげき。かれこの大吉備津日子命は、吉備の上道臣の祖なり。次に若日子建吉備津日子命は、吉備の下道臣、笠臣の祖なり。次に日子寤間命は、針間の牛鹿臣の祖なり。次に日子刺肩別命は、高志の利波臣、豊国の国前臣、五百原君、角鹿の海直の祖なり。天皇、御年一百六歳。御陵は片岡の馬坂の上にあり。
-
『古事記』中巻・孝安・孝霊天皇の系譜大倭帯日子国押人命(孝安)、葛城の室の秋津島宮に坐しまして、天の下を治らしめしき。この天皇、姪忍鹿比売命を娶して、御子、大吉備諸進命、次に大倭根子日子賦斗邇命(賦より下の三字は音を以ゐよ)、二柱を生みたまひき。かれ大倭根子日子賦斗邇命は天の下を治らしめしき。天皇、御年一百二十三歳。御陵は玉手岡の上にあり。大倭根子日子賦斗邇命(孝霊)、黒田の廬戸宮に坐しまして、天の下を治らしめしき。この天皇、十市県主の祖、大目の女、名は細比売命を娶して、御子、大倭根子日子国玖琉命(玖琉の二字は音を以ゐよ)、一柱を生みたまひき。また春日の千千速真若比売を娶して、御子、千千速比売命、一柱を生みたまひき。また意富夜麻登玖邇阿礼比売命を娶して、御子、夜麻登登母母曽毘売命、次に日子刺肩別命、次に比古伊佐勢理毘古命(亦の名は大吉備津日子命)、次に倭飛羽矢若屋比売、四柱を生みたまひき。また、その阿礼比売命の弟、蝿伊呂杼を娶して、御子、日子寤間命、
-
『古事記』中巻・応神天皇の后妃と御子次に大山守命、次に伊奢之真若命(伊奢の二字は音を以ゐる)、次に妹大原郎女、次に高目郎女、五柱。中日売命の御子は、木之荒田郎女、次に大雀命、次に根鳥命、三柱。弟日売命の御子は、阿倍郎女、次に阿具知能(この四字は音を以ゐる)三腹郎女、次に木之菟野郎女、次に三野郎女、五柱。また丸邇之比布礼能意富美の女、名は宮主矢河枝比売を娶りて生みませる御子は、宇遅能和紀郎子、次に妹八田若郎女、次に女鳥王、三柱。また、その矢河枝比売の弟、袁那弁郎女を娶りて生みませる御子は、宇遅之若郎女、一柱。また咋俣長日子王の女、息長真若中比売を娶りて生みませる御子は、若沼毛二俣王、一柱。また桜井田部連の祖、島垂根の女、糸井比売を娶りて生みませる御子は、速総別命、一柱。また日向の泉長比売を娶りて生みませる御子は、大羽江王、次に小羽江王、次に幡日之若郎女、三柱。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る