古事記 / 中巻・景行天皇の八十王と国造
次香余理比賣命。次若木之入日子王。次吉備之兄日子王。次高木比賣命。次弟比賣命。又娶日向之美波迦斯毘賣。生御子豐國別王。又娶伊那毘能大郎女之弟。伊那毘能若郎女。(自伊下四字以音)生御子眞若王。次日子人之大兄王。又娶倭建命之曾孫。名須賣伊呂大中日子王(自須至呂四字以音)之女。訶具漏比賣。生御子大枝王。凡此大帶日子天皇之御子等。所錄廿一王。不入記五十九王。并八十王之中。若帶日子命與倭建命。亦五百木之入日子命。此三王。負太子之名。自其餘七十七王者。悉別賜國國之國造。亦和氣。及稻置。縣主也。
新字:次香余理比売命。次若木之入日子王。次吉備之兄日子王。次高木比売命。次弟比売命。又娶日向之美波迦斯毘売。生御子豊国別王。又娶伊那毘能大郎女之弟。伊那毘能若郎女。(自伊下四字以音)生御子真若王。次日子人之大兄王。又娶倭建命之曽孫。名須売伊呂大中日子王(自須至呂四字以音)之女。訶具漏比売。生御子大枝王。凡此大帯日子天皇之御子等。所録廿一王。不入記五十九王。并八十王之中。若帯日子命与倭建命。亦五百木之入日子命。此三王。負太子之名。自其余七十七王者。悉別賜国国之国造。亦和気。及稲置。県主也。
書き下し
次に香余理比売命。次に若木之入日子王。次に吉備之兄日子王。次に高木比売命。次に弟比売命。また日向の美波迦斯毘売を娶りて、生みませる御子、豊国別王。また伊那毘能大郎女の弟、伊那毘能若郎女を娶りて、(伊より下の四字は音をもちてす。)生みませる御子、真若王。次に日子人之大兄王。また倭建命の曾孫、名は須売伊呂大中日子王(須より呂に至る四字は音をもちてす)の女、訶具漏比売を娶りて、生みませる御子、大枝王。すべてこの大帯日子天皇の御子等、録せるは廿一王、記に入らざるは五十九王、并せて八十王の中に、若帯日子命と倭建命、また五百木之入日子命、この三王は、太子の名を負ひたまひき。その余の七十七王は、悉く別けて国々の国造、また和気、また稲置、県主に賜ひき。
現代語訳
続いて、香余理比売命、若木之入日子王、吉備之兄日子王、高木比売命、弟比売命。また日向の美波迦斯毘売を娶って、豊国別王を生みました。また伊那毘能大郎女の妹、伊那毘能若郎女を娶って、真若王、日子人之大兄王を生みました。また倭建命の曾孫である須売伊呂大中日子王の娘、訶具漏比売を娶って、大枝王を生みました。この大帯日子天皇(景行天皇)の御子たちは、記録されているのが二十一王、記録に入っていないのが五十九王で、合わせて八十王です。その中で、若帯日子命と倭建命、そして五百木之入日子命の三人は、太子の名を負いました。残りの七十七王は、すべて分けて、各地の国造や和気、稲置、県主として任じられました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』中巻・景行天皇の系譜と崩御次に息長真若中比売。次に弟比売。(三柱。)かれ上に云ふ若建王、飯野真黒比売を娶りて、生める子、須売伊呂大中日子王。(須より呂に至るまでは音をもちてす。)この王、淡海の柴野入杵の女、柴野比売を娶りて、生める子、迦具漏比売命。かれ大帯日子天皇、この迦具漏比売命を娶りて、生める子、大江王。(一柱。)この王、庶妹銀王を娶りて、生める子、大名方王。次に大中比売命。(二柱。)かれこの大中比売命は、香坂王、忍熊王の御祖なり。この大帯日子天皇の御年、壱佰参拾漆歳。御陵は山辺の道の上(城上郡柳本村)に在り。
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『古事記』中巻・吉備の平定と諸氏族次に若日子建吉備津日子命、二柱を生みたまひき。この天皇の御子等、併せて八柱。(男王五、女王三。)かれ大倭根子日子国玖琉命は天の下を治らしめしき。大吉備津日子命と若建吉備津日子命と、二柱、相副ひて、針間の氷河の前に、忌瓮を居ゑて、針間を道の口として、言向け和して吉備国を平らげき。かれこの大吉備津日子命は、吉備の上道臣の祖なり。次に若日子建吉備津日子命は、吉備の下道臣、笠臣の祖なり。次に日子寤間命は、針間の牛鹿臣の祖なり。次に日子刺肩別命は、高志の利波臣、豊国の国前臣、五百原君、角鹿の海直の祖なり。天皇、御年一百六歳。御陵は片岡の馬坂の上にあり。
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『古事記』中巻・景行天皇の系譜その登岐士玖能迦玖能木実は、これ今の橘なり。この天皇の御年、壱佰伍拾参歳。御陵は菅原の御立野の中に在り。また、その大后比婆須比売命の時に、石祝作(いしきづくり)を定め、また土師部(はにしべ)を定めたまひき。この后は、狭木の寺間陵に葬りまつりき。大帯日子淤斯呂和気天皇(衍)、纒向(城上郡)の日代宮に坐して、天の下治らしめしき。この天皇、吉備臣等が祖、若建吉備津日子(孝霊の皇子)の女、名は針間之伊那毘能大郎女を娶りて、生みませる御子、櫛角別王。次に大碓命。次に小碓命、またの名は倭男具那命。(具那の二字は音をもちてす。)次に倭根子命。次に神櫛王。(五柱。)また八尺入日子命(崇神の皇子)の女、八坂之入日売命を娶りて、生みませる御子、若帯日子命。次に五百木之入日子命。次に押別命。次に五百木之入日売命。また妾(おもひめ)の子、豊戸別王。次に沼代郎女。また妾の子、沼名木郎女。
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『古事記』中巻・大碓命の偽りかれ若帯日子命(成務)は天の下治らしめしき。小碓命は、東西の荒ぶる神、また伏(まつ)ろはぬ人等を平らげたまひき。次に櫛角別王は(茨田の下連等が祖)。次に大碓命は(守君、大田君、島田君が祖)。次に神櫛王は(木国の酒部の阿比古、宇陀の酒部が祖)。次に豊国別王は(日向国造が祖)。ここに天皇、三野国造の祖、神大根王(彦坐王の子)の女、名は兄比売、弟比売の二嬢子、その容姿麗美しと聞こし看し定めて、その御子大碓命を遣はして喚(め)し上げたまひき。かれその遣はされし大碓命、召し上げずて、即ち己れ自らその二嬢子に婚ひ、更に他の女人を求めて、その嬢女(をとめ)と詐(いつは)り名づけて貢上りき。ここに天皇、その他の女なることを知りて、恒に長眼(ながめ)を経しめ、また婚(まぐは)ひたまはずして悩ませたまひき。かれその大碓命、兄比売を娶りて、生める子、押黒之兄日子王。(これは三野の宇泥須和気が祖なり。)また弟比売を娶りて、生める子、押黒弟日子王。(これは牟宜都(濃美)君等が祖なり。)この御世に、田部を定めたまひき。
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『古事記』中巻・崇神天皇の即位と御子たち天皇、御年六十三歳。御陵は伊邪河の坂の上にあり。御真木入日子印恵命(崇神)、師木の水垣宮に坐しまして、天の下を治らしめしき。この天皇、木国造、名は荒河刀弁(刀弁の二字は音を以ゐよ)の女、遠津年魚目目微比売を娶して、御子、豊木入日子命、次に豊鉏入日売命、二柱を生みたまひき。また尾張連の祖、意富阿麻比売を娶して、御子、大入杵命、次に八坂之入日子命、次に沼名木之入日売命、次に十市之入日売命、四柱を生みたまひき。また大毘古命(孝元)の女、御真津比売命を娶して、御子、伊玖米入日子伊沙知命(垂仁)(伊久米伊沙知の六字は音を以ゐよ)、次に伊邪能真若命(伊より能に至るまで音を以ゐよ)、次に国片比売命、次に千千都久和(此の三字は音を以ゐよ)比売命、次に伊賀比売命、次に倭日子命、六柱を生みたまひき。この天皇の御子等、併せて十二柱。男王七、女王五なり。

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