古事記 / 中巻・大和平定と饒速日命の帰順
又歌曰。美都美都斯。久米能古賀。加岐母登爾。宇惠志波士加美。久知比比久。和禮波和須禮士。宇知豆斯夜麻牟。又歌曰。加牟加是能伊勢能宇美能。意斐志爾。波比母登富呂布。志多陀美能。伊波比母登富理。宇知豆志夜麻牟。又擊兄師木弟師木之時。御軍暫疲。爾歌曰。多多那米豆。伊那佐能夜麻能。許能麻用母。伊由岐麻毛良比。多多加閇婆。和禮波夜惠奴。志麻都登理。宇加比賀登母。伊麻須氣爾許泥。故爾邇藝速日命參赴。白於天神御子。聞天神御子天降坐。故。追參降來。即獻天津瑞。以仕奉也。故邇藝速日命。娶登美毘古之妹。登美夜毘賣。生子宇摩志麻遲命。(此者物部連。穗積臣。婇臣祖也。)故如此。言向平和荒夫琉神等。(夫琉二字以音)退撥不伏人等而。坐畝火之白檮原宮。治天下也。
新字:又歌曰。美都美都斯。久米能古賀。加岐母登爾。宇恵志波士加美。久知比比久。和礼波和須礼士。宇知豆斯夜麻牟。又歌曰。加牟加是能伊勢能宇美能。意斐志爾。波比母登富呂布。志多陀美能。伊波比母登富理。宇知豆志夜麻牟。又撃兄師木弟師木之時。御軍暫疲。爾歌曰。多多那米豆。伊那佐能夜麻能。許能麻用母。伊由岐麻毛良比。多多加閇婆。和礼波夜恵奴。志麻都登理。宇加比賀登母。伊麻須気爾許泥。故爾邇芸速日命参赴。白於天神御子。聞天神御子天降坐。故。追参降来。即献天津瑞。以仕奉也。故邇芸速日命。娶登美毘古之妹。登美夜毘売。生子宇摩志麻遅命。(此者物部連。穂積臣。婇臣祖也。)故如此。言向平和荒夫琉神等。(夫琉二字以音)退撥不伏人等而。坐畝火之白檮原宮。治天下也。
書き下し
また歌ひて曰ひしく、 みつみつし くめのこが かきもとに うゑしはじかみ くちひひく われはわすれじ うちてしやまむ また歌ひて曰ひしく、 かむかぜの いせのうみの おひしに はひもとほろふ したたみの いはひもとほり うちてしやまむ また兄師木・弟師木を撃ちし時、御軍暫し疲れき。ここに歌ひて曰ひしく、 たたなめて いなさのやまの このまよも いゆきまもらひ たたかへば われはやゑぬ しまつとり うかひがとも いますけにこね 故、ここに邇芸速日命参赴きて、天つ神の御子に白ししく、「天つ神の御子天降り坐しぬと聞きし故に、追ひて参降り来つ」とまをして、即ち天津瑞を献りて仕へ奉りき。故、邇芸速日命、登美毘古の妹、登美夜毘売を娶りて生める子、宇摩志麻遅命。(こは物部連、穂積臣、采女臣の祖なり。)故、かく荒夫琉神ら(夫琉の二字は音を以ちてす)を言向け和平し、まつろはぬ人どもを退け撥ひて、畝火の白檮原宮に坐して、天の下を治めたまひき。
現代語訳
また歌って言いました。 勢いの盛んな久米の子らの垣根のもとに植えた山椒は、口がひりひりと痛む。そのことを私は忘れない。討ち果たしてしまおう。 また歌って言いました。 神風の吹く伊勢の海の大石に、這い回っている小さな巻貝のように、取り囲み回って、討ち果たしてしまおう。 また、兄師木と弟師木を討ったとき、軍勢がしばらく疲れました。そこで歌って言いました。 楯を並べて、伊那佐の山の木の間を行き、見張りながら戦うので、私は飢えてしまった。島にいる鳥のような鵜飼の仲間たちよ、今すぐ助けに来てくれ。 そこで邇芸速日命が参上して、天つ神の御子に申しました。「天つ神の御子が天降られたと聞いたので、後を追って降って参りました」。そして天津瑞を献上してお仕えしました。邇芸速日命は、登美毘古の妹の登美夜毘売を娶って生んだ子が宇摩志麻遅命です。(これは物部連、穂積臣、采女臣の祖です)このようにして、荒ぶる神々を従わせて平定し、まつろわない人々を退け払って、畝火の白檮原宮にいて、天下を治められました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『古事記』上巻・天孫降臨の命と邇邇芸命故、建御雷神、返り参上りて、葦原中国を言向け和平しし状を復奏しき。ここに天照大御神、高木神の命以ちて、太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に詔りたまひしく、「今、葦原中国を平け訖へぬと白す。故、言依さし賜へるまにまに、降り坐して知らせ」とのりたまひき。ここにその太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命、答へ白ししく、「僕は降らむ装束せしむる間に、子生れ出でぬ。名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命。この子を降すべし」とまをしき。この御子は、高木神の女、万幡豊秋津師比売命に御合ひて、生める子、天火明命、次に日子番能邇邇芸命(二柱)なり。ここを以ちて白しし随に、日子番能邇邇芸命に科せ詔りたまひしく、「この豊葦原水穂国は、汝が知らさむ国ぞと言依さし賜ふ。故、命のまにまに天降るべし」とのりたまひき。ここに日子番能邇邇芸命、天降りせむとする時に、天の八衢に居て、上は高天原を光らし、下は葦原中国を光らす神、ここにありき。故、ここに天照大御神、高木神の命以ちて、天宇受売神に詔りたまひしく、「汝は手弱女人にはあれども、い向かふ神と(伊より布までは音を以ちてす)面勝つ神なり。
-
『古事記』中巻・土雲の討伐と久米歌故、その弟宇迦斯(こは宇陀の水取らの祖なり)、その地より幸行でまして、忍坂の大室に到りましし時、尾生ひたる土雲(訓みて具毛と云ふ)八十建、その室に在りて待ち伊那流(この三字は音を以ちてす)。故、ここに天つ神の御子の命以ちて、八十建に饗を賜ひき。ここに八十建に宛てて、八十膳夫を設け、人毎に刀を佩かして、その膳夫らに誨へて曰ひしく、「歌を聞かば、一時に共に斬れ」といひき。故、その土雲を打たむと明かせる歌に曰ひしく、 おさかの おほむろやに ひとさはに きいりをり ひとさはに いりをりとも みつみつし くめのこが くぶつつい いしつつい もち うちてしやまむ みつみつし くめのこが くぶつつい いしつつい もち いまうたばよらし かく歌ひて刀を抜き、一時に打ち殺しき。然して後に、登美毘古を撃たむとせし時に、歌ひて曰ひしく、 みつみつし くめのこが あはふには かみらひともと そねがもと そねめつなぎて うちてしやまむ
-
『古事記』上巻・贈答歌と神武天皇の兄弟その歌に曰ひしく、 あかだまは をさへひかれど しらたまの きみがよそひし たふとくありけり ここにその比古遅(三字は音を以ちてす)答へたまへる歌に曰ひしく、 おきつとり かもどくしまに わがゐねし いもはわすれじ よのことごとに 故、日子穂穂手見命は、高千穂宮に坐すこと、五百八十歳。御陵はすなはちその高千穂山の西にあり。この天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命、その姨玉依毘売命を娶して、生みませる御子の名は、五瀬命、次に稲氷命、次に御毛沼命、次に若御毛沼命、またの名は豊御毛沼命、またの名は神倭伊波礼毘古命(四柱)。故、御毛沼命は、波の穂を跳みて、常世国に渡り坐し、稲氷命は、妣の国として海原に入り坐しき。
-
『古事記』中巻・当芸志美美の謀反と母の歌天皇の御歌に曰く、「葦原の しけしき小屋に 菅畳 いや清敷きて 我が二人寝し」と。然して阿礼坐しし御子の名は、日子八井命、次に神八井耳命、次に神沼河耳命、三柱なり。かれ天皇崩りて後に、その庶兄当芸志美美命、その嫡后伊須気余理比売を娶りし時に、その三の弟を殺さむとして謀る間に、その御祖伊須気余理比売患へ苦しびて、歌を以てその御子等に知らしめき。歌に曰く、「狭井河よ 雲立ち渡り 畝火山 木の葉さやぎぬ 風吹かむとす」と。また歌ひて曰く、「畝火山 昼は雲とゐ 夕されば 風吹かむとぞ 木の葉さやげる」と。ここにその御子聞き知りて、驚きて、すなはち当芸志美美を殺さむとしたまふ時に、神沼河耳命、その兄神八井耳命に曰く、「那泥(此の二字は音を以ゐよ)、汝命、兵を持ちて入りて、当芸志美美を殺したまへ」と。かれ兵を持ちて入り、殺さむとする時に、手足わななきて(此の五字は音を以ゐよ)、殺すことを得ざりき。
-
『古事記』中巻・東征の道のりと土地の神故、豊国の宇沙に到りましし時、その土人、名は宇沙都比古・宇沙都比売(この十字は音を以ちてす)二人、足一騰宮を作りて、大御饗を献りき。その地より遷り移りて、竺紫の岡田宮に一年坐しき。また、その国より上り幸でまして、阿岐国の多祁理宮(多より下の三字は音を以ちてす)に七年坐しき。また、その国より遷り上り幸でまして、吉備の高嶋宮に八年坐しき。故、その国より上り幸でます時に、亀の甲に乗りて釣りしつつ、羽挙き来る人に、速吸門に遇ひき。ここに喚び帰せて問ひたまひしく、「汝は誰ぞ」とのりたまひき。答へ曰ひしく、「僕は国つ神、名は宇豆毘古」といひき。また問ひたまひしく、「汝は海道を知れりや」とのりたまひき。答へ曰ひしく、「能く知れり」といひき。また問ひたまひしく、「従ひて仕へ奉らむや」とのりたまひき。答へ曰ひしく、「仕へ奉らむ」といひき。故、ここに槁機を指し度し、その御船に引き入れて、即ち名を賜ひて槁根津日子と号けたまひき。(こは倭国造らの祖)故、その国より上り行でます時に、浪速の渡を経て、青雲の白肩津(河内)に泊てたまひき。この時、登美能那賀須泥毘古(登より下の九字は音を以ちてす)、軍を興して、待ち向へて戦ひき。ここに御船に入れる楯を取りて、下り立ちたまひき。
-
『古事記』中巻・大碓命の偽りかれ若帯日子命(成務)は天の下治らしめしき。小碓命は、東西の荒ぶる神、また伏(まつ)ろはぬ人等を平らげたまひき。次に櫛角別王は(茨田の下連等が祖)。次に大碓命は(守君、大田君、島田君が祖)。次に神櫛王は(木国の酒部の阿比古、宇陀の酒部が祖)。次に豊国別王は(日向国造が祖)。ここに天皇、三野国造の祖、神大根王(彦坐王の子)の女、名は兄比売、弟比売の二嬢子、その容姿麗美しと聞こし看し定めて、その御子大碓命を遣はして喚(め)し上げたまひき。かれその遣はされし大碓命、召し上げずて、即ち己れ自らその二嬢子に婚ひ、更に他の女人を求めて、その嬢女(をとめ)と詐(いつは)り名づけて貢上りき。ここに天皇、その他の女なることを知りて、恒に長眼(ながめ)を経しめ、また婚(まぐは)ひたまはずして悩ませたまひき。かれその大碓命、兄比売を娶りて、生める子、押黒之兄日子王。(これは三野の宇泥須和気が祖なり。)また弟比売を娶りて、生める子、押黒弟日子王。(これは牟宜都(濃美)君等が祖なり。)この御世に、田部を定めたまひき。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る