古事記 / 中巻・高倉下の夢と八咫烏
爾其惑伏御軍悉寤起之。故天神御子問獲其橫刀之所由。高倉下答曰。己夢云。天照大神。高木神二柱神之命。以召建御雷神而詔。葦原中國者。伊多玖佐夜藝帝阿理祁理。(此十一字以音)我之御子等。不平坐良志。(此二字以音)其葦原中國者。專汝所言向之國。故汝建御雷神可降。爾答曰。僕雖不降。專有平其國之橫刀。可降是刀。(此刀名云佐士布都神。亦名云甕布都神。亦名云布都御魂。此刀者。坐石上神宮也。)降此刀狀者。穿高倉下倉頂。自其墮入。故建御雷神致曰。穿汝之倉頂。以此刀墮入。故阿佐米余玖(自阿下五字以音)汝取持。獻天神御子。故如夢敎而。旦見己倉者。信有橫刀。故以是橫刀而獻耳。於是。亦高木大神之命以。覺白之。天神御子。自此於奧方莫使入幸。荒神甚多。今自天遣八咫烏。
新字:爾其惑伏御軍悉寤起之。故天神御子問獲其横刀之所由。高倉下答曰。己夢云。天照大神。高木神二柱神之命。以召建御雷神而詔。葦原中国者。伊多玖佐夜芸帝阿理祁理。(此十一字以音)我之御子等。不平坐良志。(此二字以音)其葦原中国者。専汝所言向之国。故汝建御雷神可降。爾答曰。僕雖不降。専有平其国之横刀。可降是刀。(此刀名云佐士布都神。亦名云甕布都神。亦名云布都御魂。此刀者。坐石上神宮也。)降此刀状者。穿高倉下倉頂。自其堕入。故建御雷神致曰。穿汝之倉頂。以此刀堕入。故阿佐米余玖(自阿下五字以音)汝取持。献天神御子。故如夢教而。旦見己倉者。信有横刀。故以是横刀而献耳。於是。亦高木大神之命以。覚白之。天神御子。自此於奥方莫使入幸。荒神甚多。今自天遣八咫烏。
書き下し
ここにその惑え伏せる御軍、悉に寤め起きき。故、天つ神の御子、その横刀を獲し所由を問ひたまへば、高倉下答へて曰ひしく、「己が夢に云はく、天照大神、高木神の二柱の神の命以ちて、建御雷神を召びて詔りたまはく、『葦原中国は、いたくさやぎてありけり。(この十一字は音を以ちてす)我が御子等、不平みますらし。(この二字は音を以ちてす)その葦原中国は、専ら汝が言向けし国なり。故、汝建御雷神、降るべし』とのりたまひき。ここに答へ曰ひしく、『僕は降らずとも、専らその国を平げし横刀あり。この刀を降すべし。(この刀の名は佐士布都神と云ひ、またの名は甕布都神と云ひ、またの名は布都御魂と云ふ。この刀は石上神宮に坐す。)この刀を降さむ状は、高倉下が倉の頂を穿ちて、そこより墜し入れむ』といひき。故、建御雷神、『汝の倉の頂を穿ち、この刀を以ちて墜し入れむ。故、朝目吉く(あより下の五字は音を以ちてす)汝取り持ちて、天つ神の御子に献れ』と致して曰ひき。故、夢の教への如くして、旦に己が倉を見れば、信に横刀有り。故、この横刀を以ちて献るのみ」といひき。ここにまた、高木大神の命以ちて、覚して白ししく、「天つ神の御子、此より奥つ方に入り幸でまさしむること莫かれ。荒ぶる神甚多なり。今、天より八咫烏を遣はさむ。
現代語訳
こうして気を失って伏していた軍勢は、みな目を覚まして起き上がりました。天つ神の御子が、その横刀を手に入れたいきさつを尋ねると、高倉下は答えました。「私の夢に、天照大神と高木神の二柱の神の命令で、建御雷神を召して仰せになりました。『葦原中国はひどく騒がしいようだ。わが御子たちは苦しんでおられるらしい。その葦原中国は、もっぱらお前が平定した国である。だからお前、建御雷神が降るがよい』。建御雷神は答えました。『私が降らなくても、その国を平定した横刀があります。この刀を降しましょう。(この刀の名は佐士布都神といい、またの名を甕布都神、またの名を布都御魂といいます。この刀は石上神宮におられます。)この刀を降す方法は、高倉下の倉の屋根を突き破って、そこから落とし入れましょう』。そして建御雷神は私に、『あなたの倉の屋根を突き破って、この刀を落とし入れる。朝、目覚めたらあなたが取り持って、天つ神の御子に献上しなさい』と告げました。夢の教えのとおり、朝に自分の倉を見ると、本当に横刀がありました。そこでこの横刀を献上するのです」。さらに、高木大神の命令で、神意を告げて申しました。「天つ神の御子よ、これより奥へ入ってはなりません。荒ぶる神が非常に多いのです。今、天から八咫烏を遣わしましょう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『神皇正統記』巻二 第一代 神武天皇此大八州は皆是王地也。神代幽昧なりしによりて西偏の国にして、おほくの年序をおくられけるにこそ。天皇舟楫をとゝのへ、甲兵をあつめて、大日本州にむかひ給。みちのついでの国々をたひらげ、大やまとにいりまさむとせしに、其国に天の神饒の速日の尊の御すゑ宇麻志間見の命と云神あり。外舅の長髄彦と云、「天神の御子両種有むや。」とて、軍をおこしてふせぎたてまつる。其軍こはくして皇軍しばしば利をうしなふ。又邪神毒気をはきしかば、士卒みなやみふせり。こゝに天照太神、健甕槌の神をめして、「葦原の中つ州にさわぐおとす。汝ゆきてたひらげよ。」とみことのりし給。健甕槌の神申給けるは、「昔国をたひらげし時の剣あり。かれをくださば、自らたひらぎなん。」と申て、紀伊国名草の村に高倉下命と云神にしめして、此剣をたてまつりければ、天皇悦給て、士卒のやみふせりけるもみなおきぬ。又神魂の命の孫、武津之身命大烏となりて軍の御さきにつかうまつる。天皇ほめて八咫烏と号し給。又金色の鴟くだりて皇弓のはずにゐたり。
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