古事記 / 上巻・大蛇退治と須賀の宮
故隨告而。如此備設待之時。其八俣遠呂智。信如言來。乃每船垂入己頭飮其酒。於是飮醉。死由伏寢。爾速須佐之男命拔其所御佩之十拳劒。切散其蛇者。肥河變血而流。故切其中尾時。御刀之刃毀。爾思怪。以御刀之前。刺割而見者。在都牟刈之大刀。故取此大刀。思異物而。白上於天照大御神也。是者草那藝之大刀也。(那藝二字以音)故是以其速須佐之男命。宮可造作之地求出雲國。爾到坐須賀(此二字以音、下效此)地而詔之。吾來此地。我御心須賀須賀斯而。其地作宮坐。故其地者。於今云須賀也。茲大神初作須賀宮之時。自其地雲立騰。爾作御歌。其歌【曰/日】。夜久毛多都。伊豆毛夜幣賀岐。都麻碁微爾。夜幣賀岐都久流。曾能夜幣賀岐袁。
新字:故随告而。如此備設待之時。其八俣遠呂智。信如言来。乃毎船垂入己頭飲其酒。於是飲酔。死由伏寝。爾速須佐之男命抜其所御佩之十拳劒。切散其蛇者。肥河変血而流。故切其中尾時。御刀之刃毀。爾思怪。以御刀之前。刺割而見者。在都牟刈之大刀。故取此大刀。思異物而。白上於天照大御神也。是者草那芸之大刀也。(那芸二字以音)故是以其速須佐之男命。宮可造作之地求出雲国。爾到坐須賀(此二字以音、下効此)地而詔之。吾来此地。我御心須賀須賀斯而。其地作宮坐。故其地者。於今云須賀也。茲大神初作須賀宮之時。自其地雲立騰。爾作御歌。其歌【曰/日】。夜久毛多都。伊豆毛夜幣賀岐。都麻碁微爾。夜幣賀岐都久流。曽能夜幣賀岐袁。
書き下し
故、告りたまひしまにまに、かく備へ設けて待つ時、その八俣遠呂智、まことに言のごとく来つ。すなはち船ごとに己(おの)が頭を垂れ入れてその酒を飲みき。ここに飲み酔ひて、死に伏し寝たり。ここに速須佐之男命、その御佩(は)かせる十拳劒(とつかのつるぎ)を抜きて、その蛇を切り散(はふ)りたまひしかば、肥の河、血に変りて流れき。故、その中の尾を切りたまふ時、御刀の刃毀(こぼ)れき。ここに怪しと思ほして、御刀の前(さき)もちて刺し割きて見たまへば、都牟刈(つむがり)の大刀ありき。故、この大刀を取りて、異(あや)しき物と思ほして、天照大御神に白し上げたまひき。こは草那藝(くさなぎ)の大刀なり。故、ここをもちてその速須佐之男命、宮を造るべき地を出雲国に求ぎたまひき。ここに須賀の地に到り坐して詔りたまひしく、「吾、此地に来て、我が御心すがすがし」とのりたまひて、その地に宮を作りて坐しき。故、その地は、今に須賀といふ。この大神、初めて須賀の宮を作りたまふ時、その地より雲立ち騰りき。ここに御歌を作りたまひき。その歌に曰く、 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
現代語訳
スサノオが命じたとおりに準備を整えて待っていると、八俣の大蛇は言葉どおりにやって来ました。そして酒桶ごとに自分の頭を入れて、その酒を飲みました。そのまま酔って、倒れて眠ってしまいました。スサノオは腰の十拳の剣を抜いて、大蛇をずたずたに斬り、肥の河は血に染まって流れました。中ほどの尾を斬ったとき、剣の刃が欠けました。不思議に思って剣の先で尾を裂いてみると、中から立派な大刀が出てきました。スサノオはこれを珍しい物と考え、天照大御神に献上しました。これが草那藝の大刀です。その後スサノオは、宮を造る場所を出雲国に探しました。須賀という場所に着くと、「私はここに来て、心がすがすがしい」と言い、そこに宮を造って住みました。そのため、その地は今も須賀と呼ばれます。この大神が初めて須賀の宮を造られたとき、その土地から雲が立ち上りました。そこで歌を詠まれました。その歌は次のとおりです。 八雲立つ出雲の、幾重にもめぐらした垣よ。妻を籠もらせるために、幾重もの垣を作る。ああ、その幾重もの垣を。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古語拾遺』八岐大蛇と天叢雲素戔鳴神、天より降りて出雲国の簸の川上に到り、天の十握剣を以て八岐大蛇を斬る。其の尾の中に一つの霊剣を得たり。其の名を天叢雲と曰う。乃ち天神に献上するなり。然る後に素戔鳴神、国神の女を娶りて大己貴神を生み、遂に根国に就く。
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『古事記』上巻・八俣の大蛇への備えまた問ひたまひしく、「汝が哭く由は何ぞ」ととひたまひき。答へ白言ししく、「我が女(むすめ)は、もと八稚女(やをとめ)ありき。これを高志(こし)の八俣遠呂智(やまたのをろち)、年ごとに来て喫(く)ふ。今その来べき時なり。故、泣く」とまをしき。ここに問ひたまひしく、「その形は如何に」ととひたまへば、答へ白さく、「彼(そ)の目は赤加賀智(あかかがち)のごとくして、身一つに八頭八尾あり。またその身に蘿(こけ)と檜・榲(すぎ)と生ひ、その長は谿(たに)八谷(やたに)峡(を)八尾(やを)に度りて、その腹を見れば、ことごとにつねに血爛(ただ)れたり」とまをしき。(ここに赤加賀知と謂へるは、今のほほづきなり。)ここに速須佐之男命、その老夫に詔りたまひしく、「これ汝が女ならば、吾に奉らむや」とのりたまひき。答へ白さく、「恐(かしこ)けれども、御名を覚(し)らず」とまをしき。ここに答へ詔りたまひしく、「吾は天照大御神の伊呂勢(いろせ)なり。故、今天より降り坐しつ」とのりたまひき。ここに足名椎・手名椎神、「然坐さば恐し。立て奉らむ」とまをしき。ここに速須佐之男命、すなはち湯津爪櫛(ゆつつまぐし)にその童女を取り成して、御美豆良(みみづら)に刺して、その足名椎・手名椎神に告りたまひしく、「汝等、八塩折(やしほをり)の酒を醸(か)み、また垣を作り廻らし、その垣に八つの門を作り、門ごとに八つの佐受岐(さずき)を結ひ、その佐受岐ごとに酒船を置きて、船ごとにその八塩折の酒を盛りて待て」とのりたまひき。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神頭おのおの一槽に入てのみゑひてねぶりけるを、尊はかせる十握の剣をぬきてつだつだにきりつ。尾にいたりて剣の刃すこしかけぬ。さきてみ給へば一の剣あり。その上に雲気ありければ、天の叢雲の剣と名く。「これあやしき剣なり。われ、なぞ、あへて私におけらんや。」との給て、天照太神にたてまつり上られにけり。其のち出雲の清の地にいたり、宮をたてゝ、稲田姫とすみ給。大己貴の神をうましめて、素戔烏尊はつひに根の国にいでましぬ。大汝の神、此国にとゞまりて天下を経営し、葦原の地を領給けり。よりてこれを大国主の神とも大物主とも申。その幸魂奇魂は大和の三輪の神にます。
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『古事記』上巻・国作りの始まりまた河の瀬に追ひ撥(はら)ひて、意礼(おれ)、大国主神となり、また宇都志国玉神となりて、その我が女須世理毘売を嫡妻(むかひめ)として、宇迦の山の山本に、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽(ひぎ)たかしりて居れ。この奴(やつこ)」とのりたまひき。故、その大刀・弓を持ちて、その八十神を追ひ避(さ)くる時、坂の御尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに追ひ撥ひて、始めて国を作りたまひき。故、その八上比売は、先の期(ちぎり)のごとく、美刀阿多波志つ。故、その八上比売は率て来ましつれども、その嫡妻須世理毘売を畏みて、その生める子をば、木の俣に刺し挟みて返りき。故、その子を名づけて木俣神と云ひ、また名は御井神と謂ふ。
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『古事記』上巻・誓約の始まりここに大御神詔りたまはく、「汝はこの国に在るべからず」とのりたまひて、神やらひやらひ賜ひき。故、罷り往かむ状を請さむと以為ひて、参上りつらくのみ。異心無し」。ここに天照大御神詔りたまはく、「然らば汝の心の清く明きは何して知らむ」。ここに速須佐之男命答へ白さく、「各うけひて子を生まむ」。(宇より以下三字は音を以てす。下これに効へ)故ここに各天安河を中に置きてうけふ時、天照大御神、先づ建速須佐之男命の佩かせる十拳剣を乞ひ度して、三段に打ち折りて、ぬなとももゆらに(この八字は音を以てす)天之真名井に振り滌ぎて、さがみにかみて(佐より下六字は音を以てす。下これに効へ)、吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は、多紀理毘売命。(この神名は音を以てす)亦の御名は奥津島比売命と謂ふ。次に市寸島比売命。亦の御名は狭依毘売命と謂ふ。次に多岐都比売命。(三柱。この神名は音を以てす)速須佐之男命、天照大御神の左の御みづらに纏かせる八尺の勾璁の五百津のみすまるの珠を乞ひ度して、ぬなとももゆらに、天之真名井に振り滌ぎて、さがみにかみて、吹き棄つる気吹の狭霧に成りませる神の御名は、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神中臣の神忌部の神しりくへなはをひきめぐらして「なかへりましそ。」と申。上天はじめてはれて、もろもろともに相見。面みなあきらかにしろし。手をのべて哥舞て、「あはれ。あな、おもしろ。あな、たのし。あな、さやけ。おけ。」かくて、つみを素戔烏の尊によせて、おほするに千座の置戸をもて首のかみ、手足のつめをぬきてあがはしめ、其罪をはらひて神やらひにやらはれき。かの尊天よりくだりて、出雲の簸の川上と云所にいたり給。其所に一のおきなとうばとあり。一のをとめをすゑてかきなでつゝなきけり。素戔烏尊「たそ。」とゝひ給ふ。「われはこれ国神也。脚摩乳・手摩乳と云ふ。このをとめはわが子なり。奇稲田姫と云ふ。さきに八けの少女あり。としごとに八岐の大蛇のためにのまれき。今此をとめ又のまれなんとす。」と申ければ、尊、「我にくれんや。」との給。「勅のまゝにたてまつる。」と申ければ、此をとめを湯津のつまぐしにとりなし、みづらにさし、やしほをりの酒を八の槽にもりて待給に、はたしてかの大蛇きたれり。

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