古事記 / 上巻・沼河比売への求婚の歌
此八千矛神。將婚高志國之沼河比賣。幸行之時。到其沼河比賣之家。歌曰。夜知富許能。迦微能美許登波。夜斯麻久爾。都麻麻岐迦泥豆。登富登富斯。故志能久邇邇。佐加志賣遠。阿理登岐加志豆。久波志賣遠。阿理登伎許志豆。佐用婆比邇。阿理多多斯。用婆比邇。阿理加用婆勢。多知賀遠母。伊麻陀登加受豆。淤須比遠母。伊麻陀登加泥婆。遠登賣能。那須夜伊多斗遠。於曾夫良比。和何多多勢禮婆。比許豆良比。和何多多勢禮婆。阿遠夜麻邇。奴延波那伎。佐怒都登理。岐藝斯波登與牟。爾波都登理。迦祁波那久。宇禮多久母。那久那留登理加。許能登理母。宇知夜米許世泥。伊斯多布夜。阿麻波勢豆加比。許登能。加多理碁登母。許遠婆。爾其沼河日賣。未閉戶。自內歌曰。夜知富許能。迦微能美許等。怒延久佐能。賣邇志阿禮婆。和何許許呂。宇良須能登理叙。伊麻許曾婆。知杼理邇阿羅米。能知波。那杼理邇阿羅牟遠。伊能知波。那志勢多麻比曾。伊斯多布夜。阿麻波世豆迦比。許登能。加多理碁登母。許遠婆。阿遠夜麻邇。比賀迦久良婆。奴婆多麻能。用波伊傳那牟。阿佐比能。惠美佐迦延來而。多久豆怒能。斯路岐多陀牟岐。阿和由岐能。和加夜流牟泥遠。曾陀多岐。多多岐麻那賀理。麻多麻傳。多麻傳佐斯麻岐。毛毛那賀爾。伊波那佐牟遠。
新字:此八千矛神。将婚高志国之沼河比売。幸行之時。到其沼河比売之家。歌曰。夜知富許能。迦微能美許登波。夜斯麻久爾。都麻麻岐迦泥豆。登富登富斯。故志能久邇邇。佐加志売遠。阿理登岐加志豆。久波志売遠。阿理登伎許志豆。佐用婆比邇。阿理多多斯。用婆比邇。阿理加用婆勢。多知賀遠母。伊麻陀登加受豆。淤須比遠母。伊麻陀登加泥婆。遠登売能。那須夜伊多斗遠。於曽夫良比。和何多多勢礼婆。比許豆良比。和何多多勢礼婆。阿遠夜麻邇。奴延波那伎。佐怒都登理。岐芸斯波登与牟。爾波都登理。迦祁波那久。宇礼多久母。那久那留登理加。許能登理母。宇知夜米許世泥。伊斯多布夜。阿麻波勢豆加比。許登能。加多理碁登母。許遠婆。爾其沼河日売。未閉戸。自内歌曰。夜知富許能。迦微能美許等。怒延久佐能。売邇志阿礼婆。和何許許呂。宇良須能登理叙。伊麻許曽婆。知杼理邇阿羅米。能知波。那杼理邇阿羅牟遠。伊能知波。那志勢多麻比曽。伊斯多布夜。阿麻波世豆迦比。許登能。加多理碁登母。許遠婆。阿遠夜麻邇。比賀迦久良婆。奴婆多麻能。用波伊伝那牟。阿佐比能。恵美佐迦延来而。多久豆怒能。斯路岐多陀牟岐。阿和由岐能。和加夜流牟泥遠。曽陀多岐。多多岐麻那賀理。麻多麻伝。多麻伝佐斯麻岐。毛毛那賀爾。伊波那佐牟遠。
書き下し
この八千矛神、高志国の沼河比売を婚(よば)はむとして、幸(い)でまして行きし時、その沼河比売の家に到りて、歌ひたまひしく、 八千矛(やちほこ)の 神の命(みこと)は 八島国 妻枕(つままき)かねて 遠遠し 高志の国に 賢(さか)し女(め)を 有りと聞かして 麗(くは)し女を 有りと聞こして さ婚(よば)ひに あり立たし 婚ひに あり通はせ 太刀が緒も いまだ解かずて 襲(おすひ)をも いまだ解かねば 乙女の 寝(な)すや板戸を 押そぶらひ 我が立たせれば 引こづらひ 我が立たせれば 青山に 鵺(ぬえ)は鳴き さ野つ鳥 雉(きぎし)は響(とよ)む 庭つ鳥 鶏(かけ)は鳴く うれたくも 鳴くなる鳥か この鳥も 打ち止めこせね いしたふや 天馳使(あまはせづかひ) 事の 語り言も こをば。 ここにその沼河日売、いまだ戸を開かずて、内より歌ひたまひしく、 八千矛の 神の命 萎(ぬ)え草の 女(め)にしあれば 我が心 浦渚(うらす)の鳥ぞ 今こそは 我鳥(わどり)にあらめ 後は 汝鳥(などり)にあらむを 命(いのち)は な殺(し)せたまひそ いしたふや 天馳使 事の 語り言も こをば。 青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ 朝日の 笑み栄え来て 栲綱(たくづの)の 白き腕(ただむき) 沫雪の 若(わか)やる胸を そだたき たたきまながり 真玉手 玉手さし枕(ま)き 百長に 寝(い)は寝(な)さむを あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事の 語り言も こをば。
現代語訳
この八千矛神が、高志国の沼河比売を妻にしようと出かけ、沼河比売の家に着いて、歌いました。 八千矛の神の命は、八島の国で妻を得られず、遠い遠い高志の国に賢い女がいると聞き、美しい女がいると聞いて、求婚に出かけ、通い続け、太刀の緒もまだ解かず、上衣もまだ脱がないうちに、乙女の寝ている板戸を押し揺らし、引き揺らして私が立っていると、青い山ではヌエが鳴き、野の鳥の雉は声をあげ、庭の鳥の鶏は鳴きます。いまいましくも鳴く鳥よ。この鳥たちを打って鳴きやませてくれ。天馳使よ、これが事の語り伝えです。 すると沼河比売は、まだ戸を開けずに、家の中から歌いました。 八千矛の神の命よ。私はしなやかな草のように弱い女ですので、私の心は入り江の洲にいる鳥のようです。今はまだ私の思いのままの鳥ですが、のちにはあなたの思いのままの鳥になるでしょうから、どうか命は絶たないでください。天馳使よ、これが事の語り伝えです。青い山に日が隠れたら、ぬばたまの夜が来るでしょう。朝日のように笑顔で輝いてお出でになり、楮の縄のように白い腕、淡雪のように若々しい胸を、そっと撫で、愛でて、玉のような手を絡め合って枕にし、足を長く伸ばして共寝をするのですから、そんなにひどく恋い焦がれなさいますな。八千矛の神の命よ、これが事の語り伝えです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』上巻・嫉妬と別れの歌あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事の 語り言も こをば。 故、その夜は合はずて、明日の夜御合ひしたまひき。またその神の嫡后(おほきさき)須勢理毘売命、甚(いた)く嫉妬(うはなりねたみ)したまひき。故、その日子遅神(ひこぢのかみ)和備(わび)て、出雲より倭国に上りまさむとして、装束(よそひ)立たす時、片御手は御馬の鞍に繋け、片御足はその御鐙(あぶみ)に蹈み入れて、歌ひたまひしく、 ぬばたまの 黒き御衣(みけし)を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩(はたた)きも これは適(ふさ)はず 辺つ波 そに脱き棄(う)て そに鳥の 青き御衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩きも これも適はず 辺つ波 そに脱き棄て 山県(やまがた)に 蒔(ま)きし あたね舂(つ)き 染木(そめき)が汁に 染め衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩きも 此(こ)し宜(よろ)し いとこやの 妹の命 群鳥(むらどり)の 我が群れ往なば 引け鳥の 我が引け往なば 泣かじとは 汝は言ふとも 山処(やまと)の 一本薄(ひともとすすき) 項傾(うなかぶ)し 汝が泣かさまく 朝雨の 霧に立たむぞ 若草の 妻の命 事の 語り言も こをば。
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『古事記』上巻・須勢理毘売の盃と神語ここにその后、大御酒坏(おほみきさかづき)を取り、立ち依り指し挙げて、歌ひたまひしく、 八千矛の 神の命や 吾(あ)が大国主 汝(な)こそは 男(を)に坐(いま)せば 打ち見る 島の崎崎 かき見る 磯の崎落ちず 若草の 妻持たせらめ 我はもよ 女(め)にしあれば 汝(な)を除(き)て 男(を)は無し 汝を除て 夫(つま)は無し 綾垣(あやかき)の ふはやが下に 苧衾(むしぶすま) 柔(にこ)やが下に 栲衾(たくぶすま) さやぐが下に 沫雪の 若やる胸を 栲綱の 白き腕 そだたき たたきまながり 真玉手 玉手さし枕き 百長に 寝(い)をし寝せ 豊御酒(とよみき) 奉(たてまつ)らせ。 かく歌ひて、すなはち盞結(うきゆひ)をして、項(うな)懸(か)けて、今に至るまで鎮まり坐す。こを神語(かむがたり)と謂ふ。故、この大国主神、胸形の奥津宮に坐す神、多紀理毘売命を娶りて、生める子は、阿遅鉏高日子根神。
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『古事記』中巻・矢河枝比売との出会い一時、天皇、近つ淡海の国に越え幸でましし時、宇遅野の上に御立ちして、葛野を望けて、歌ひて曰く、「千葉の 葛野を見れば 百千足る 家庭も見ゆ 国の秀も見ゆ」。故、木幡の村(山城国宇治郡)に到り坐しし時、麗美しき嬢子、その道衢に遇へり。ここに天皇、その嬢子に問ひて曰く、「汝は誰が子ぞ」とのりたまへば、答へて白さく、「丸邇之比布礼能意富美の女、名は宮主矢河枝比売」とまをしき。天皇すなはちその嬢子に詔りたまはく、「吾、明日還り幸でます時、汝が家に入り坐さむ」とのりたまひき。故、矢河枝比売、委曲にその父に語りき。ここに父答へて曰く、「これは天皇にますなり。恐し。我が子仕へ奉れ」と云ひて、その家を厳餝りて候ひ待てば、明日入り坐しき。故、大御饗を献る時、その女矢河枝比売に、大御酒盞を取らしめて献りき。ここに天皇、その大御酒盞を取らしめながら、御歌に曰く、「この蟹や いづくの蟹 百伝ふ 角鹿の蟹 横去らふ いづくに至る 伊知遅島 み島に着き 鳰鳥の 潜き息づき しなだゆふ 楽浪道を すくすくと 我が行ませばや 木幡の道に 遇はしし嬢子 後方は 小楯ろかも 歯並みは 椎菱如す 櫟井の 丸邇坂の土を 初土は 膚赤らけみ 底土は 丹黒きゆゑ 三つ栗の その中つ土を 頭著く 真火には当てず 眉画き 濃に画き垂れ 遇はしし女 かもがと 我が見し子ら かくもがと 我が見し子に うたたけだに 向ひ居るかも い副ひ居るかも」。かく御合したまひき。
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『古事記』中巻・大久米命の歌と皇后選びここに大久米命、その伊須気余理比売を見て、歌を以て天皇に白して曰く、「大和の 高佐士野を 七行く 乙女ども 誰をしまかむ」と。ここに伊須気余理比売は、その媛女どもの前に立てり。すなはち天皇、その媛女どもを見て、御心に伊須気余理比売の最前に立てるを知らして、歌を以て答へて曰く、「かつがつも いや先立てる 兄をしまかむ」と。ここに大久米命、天皇の命を以て、その伊須気余理比売に詔りたまふ時に、その大久米命の黥ける利き目を見て、奇しと思ひて歌ひて曰く、「あめつつ ちどりましとと など割ける利目」と。ここに大久米命、答へて歌ひて曰く、「嬢子に 直に逢はむと 我が割ける利目」と。かれその嬢子、「仕へ奉らむ」と白しき。ここにその伊須気余理比売命の家は、狭井河の上にあり。天皇、その伊須気余理比売のもとに幸行でまして、一宿御寝したまひき。その河を佐韋河と謂ふ由は、その河辺に山由理草多にあり。かれその山由理草の名を取りて、佐韋河と号けたり。山由理草の本の名は佐韋と云ふなり。後にその伊須気余理比売、宮内に参入る時に、
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『古事記』上巻・贈答歌と神武天皇の兄弟その歌に曰ひしく、 あかだまは をさへひかれど しらたまの きみがよそひし たふとくありけり ここにその比古遅(三字は音を以ちてす)答へたまへる歌に曰ひしく、 おきつとり かもどくしまに わがゐねし いもはわすれじ よのことごとに 故、日子穂穂手見命は、高千穂宮に坐すこと、五百八十歳。御陵はすなはちその高千穂山の西にあり。この天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命、その姨玉依毘売命を娶して、生みませる御子の名は、五瀬命、次に稲氷命、次に御毛沼命、次に若御毛沼命、またの名は豊御毛沼命、またの名は神倭伊波礼毘古命(四柱)。故、御毛沼命は、波の穂を跳みて、常世国に渡り坐し、稲氷命は、妣の国として海原に入り坐しき。
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『古事記』上巻・天若日子と鳴女また何れの神を使はさば吉けむ」ととひたまひき。ここに思金神答へ白ししく、「天津国玉神の子、天若日子を遣はすべし」とまをしき。故ここに天の麻迦古弓(まかこゆみ)・天の波波矢(ははや)を天若日子に賜ひて遣はしき。ここに天若日子、その国に降り到りて、すなはち大国主神の女、下照比売を娶り、またその国を獲むと慮(おも)ひて、八年に至るまで復奏さざりき。故ここに天照大御神・高御産巣日神、また諸の神等に問ひたまひしく、「天若日子、久しく復奏さず。また曷(いか)なる神を遣はして、天若日子が淹留(とどま)れる所由(ゆゑ)を問はむ」ととひたまひき。ここに諸の神及び思金神、答へ白ししく、「雉、名は鳴女を遣はすべし」とまをしき。時に詔りたまひしく、「汝行きて、天若日子に問はむ状(さま)は、『汝を葦原中国に使はせる所以(ゆゑ)は、その国の荒振る神等を言趣け和せとなり。何ぞ八年に至るまで復奏さざる』ととへ」とのりたまひき。故ここに鳴女、天より降り到りて、天若日子が門の湯津楓(ゆつかつら)の上に居て、言ふこと委曲(つばら)に天つ神の詔命のごとくなりき。ここに天佐具売(あめのさぐめ)、この鳥の言を聞きて、天若日子に語りて言ひしく、「この鳥は、その鳴く音いと悪し。故、射殺すべし」と云ひて進めしかば、すなはち天若日子、天つ神の賜へる天の波士弓(はじゆみ)・天の加久矢(かくや)を持ちて、その雉を射殺しき。

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