古事記 / 上巻・須勢理毘売の盃と神語
爾其后取大御酒坏。立依指擧而。歌曰。夜知富許能。加微能美許登夜。阿賀淤富久邇奴斯。那許曾波。遠邇伊麻世婆。宇知微流。斯麻能佐岐邪岐。加岐微流。伊蘇能佐岐淤知受。和加久佐能。都麻母多勢良米。阿波母與。賣邇斯阿禮婆。那遠岐豆。遠波那斯。那遠岐豆。都麻波那斯。阿夜加岐能。布波夜賀斯多爾。牟斯夫須麻。爾古夜賀斯多爾。多久夫須麻。佐夜具賀斯多爾。阿和由岐能。和加夜流牟泥遠。多久豆怒能。斯路岐多陀牟岐。曾陀多岐。多多岐麻那賀理。麻多麻傳。多麻傳佐斯麻岐。毛毛那賀邇。伊遠斯那世。登與美岐。多豆麻都賀世。如此歌。即爲宇伎由比(四字以音)而。宇那賀氣理豆。(六字以音)至今鎭坐也。此謂之神語也。故此大國主神。娶坐胷形奧津宮神多紀理毘賣命。生子阿遲(二字以音)鉏高日子根神。
新字:爾其后取大御酒坏。立依指挙而。歌曰。夜知富許能。加微能美許登夜。阿賀淤富久邇奴斯。那許曽波。遠邇伊麻世婆。宇知微流。斯麻能佐岐邪岐。加岐微流。伊蘇能佐岐淤知受。和加久佐能。都麻母多勢良米。阿波母与。売邇斯阿礼婆。那遠岐豆。遠波那斯。那遠岐豆。都麻波那斯。阿夜加岐能。布波夜賀斯多爾。牟斯夫須麻。爾古夜賀斯多爾。多久夫須麻。佐夜具賀斯多爾。阿和由岐能。和加夜流牟泥遠。多久豆怒能。斯路岐多陀牟岐。曽陀多岐。多多岐麻那賀理。麻多麻伝。多麻伝佐斯麻岐。毛毛那賀邇。伊遠斯那世。登与美岐。多豆麻都賀世。如此歌。即為宇伎由比(四字以音)而。宇那賀気理豆。(六字以音)至今鎮坐也。此謂之神語也。故此大国主神。娶坐胸形奥津宮神多紀理毘売命。生子阿遅(二字以音)鉏高日子根神。
書き下し
ここにその后、大御酒坏(おほみきさかづき)を取り、立ち依り指し挙げて、歌ひたまひしく、 八千矛の 神の命や 吾(あ)が大国主 汝(な)こそは 男(を)に坐(いま)せば 打ち見る 島の崎崎 かき見る 磯の崎落ちず 若草の 妻持たせらめ 我はもよ 女(め)にしあれば 汝(な)を除(き)て 男(を)は無し 汝を除て 夫(つま)は無し 綾垣(あやかき)の ふはやが下に 苧衾(むしぶすま) 柔(にこ)やが下に 栲衾(たくぶすま) さやぐが下に 沫雪の 若やる胸を 栲綱の 白き腕 そだたき たたきまながり 真玉手 玉手さし枕き 百長に 寝(い)をし寝せ 豊御酒(とよみき) 奉(たてまつ)らせ。 かく歌ひて、すなはち盞結(うきゆひ)をして、項(うな)懸(か)けて、今に至るまで鎮まり坐す。こを神語(かむがたり)と謂ふ。故、この大国主神、胸形の奥津宮に坐す神、多紀理毘売命を娶りて、生める子は、阿遅鉏高日子根神。
現代語訳
すると正妻の須勢理毘売は、大きな酒の杯を取り、そばに寄り、差し上げて、歌いました。 八千矛の神の命よ、私の大国主よ。あなたは男でいらっしゃるので、見渡す島々の岬ごと、眺め渡す磯の岬ごとに、若草のような妻をお持ちでしょう。けれども私は女ですので、あなたのほかに男はいません。あなたのほかに夫はいません。美しい垣のようなふわふわの帳の下、麻の寝具の暖かい下、楮の寝具のさらさらと鳴る下で、淡雪のように若々しい私の胸を、楮の縄のように白い腕を、そっと撫で、愛でて、玉のような手を絡め合い、足を長く伸ばして、ゆっくりお休みください。さあ、おいしい酒をお召し上がりください。 このように歌って、すぐに杯を交わして誓い、互いの首に手をかけ合って、今に至るまで鎮座しておられます。これを神語といいます。さて、この大国主神は、胸形の奥津宮においでになる神、多紀理毘売命を妻として迎え、阿遅鉏高日子根神を生みました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』上巻・嫉妬と別れの歌あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事の 語り言も こをば。 故、その夜は合はずて、明日の夜御合ひしたまひき。またその神の嫡后(おほきさき)須勢理毘売命、甚(いた)く嫉妬(うはなりねたみ)したまひき。故、その日子遅神(ひこぢのかみ)和備(わび)て、出雲より倭国に上りまさむとして、装束(よそひ)立たす時、片御手は御馬の鞍に繋け、片御足はその御鐙(あぶみ)に蹈み入れて、歌ひたまひしく、 ぬばたまの 黒き御衣(みけし)を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩(はたた)きも これは適(ふさ)はず 辺つ波 そに脱き棄(う)て そに鳥の 青き御衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩きも これも適はず 辺つ波 そに脱き棄て 山県(やまがた)に 蒔(ま)きし あたね舂(つ)き 染木(そめき)が汁に 染め衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩きも 此(こ)し宜(よろ)し いとこやの 妹の命 群鳥(むらどり)の 我が群れ往なば 引け鳥の 我が引け往なば 泣かじとは 汝は言ふとも 山処(やまと)の 一本薄(ひともとすすき) 項傾(うなかぶ)し 汝が泣かさまく 朝雨の 霧に立たむぞ 若草の 妻の命 事の 語り言も こをば。
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『古事記』上巻・国作りの始まりまた河の瀬に追ひ撥(はら)ひて、意礼(おれ)、大国主神となり、また宇都志国玉神となりて、その我が女須世理毘売を嫡妻(むかひめ)として、宇迦の山の山本に、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽(ひぎ)たかしりて居れ。この奴(やつこ)」とのりたまひき。故、その大刀・弓を持ちて、その八十神を追ひ避(さ)くる時、坂の御尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに追ひ撥ひて、始めて国を作りたまひき。故、その八上比売は、先の期(ちぎり)のごとく、美刀阿多波志つ。故、その八上比売は率て来ましつれども、その嫡妻須世理毘売を畏みて、その生める子をば、木の俣に刺し挟みて返りき。故、その子を名づけて木俣神と云ひ、また名は御井神と謂ふ。
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『古事記』上巻・大国主神の子孫の系譜次に妹高比売命、またの名は下光比売命。この阿遅鉏高日子根神は、今、迦毛大御神と謂ふ者なり。大国主神、また神屋楯比売命を娶りて、生める子は事代主神。また八島牟遅能神の女、鳥耳神を娶りて、生める子は鳥鳴海神。(鳴を訓みて那留といふ。)この神、日名照額田毘道男伊許知邇神を娶りて、生める子は国忍富神。この神、葦那陀迦神、またの名は八河江比売を娶りて、生める子は速甕之多気佐波夜遅奴美神。この神、天之甕主神の女、前玉比売を娶りて、生める子は甕主日子神。この神、淤加美神の女、比那良志毘売を娶りて、生める子は多比理岐志麻流美神。この神、比比羅木之其花麻豆美神の女、活玉前玉比売神を娶りて、生める子は美呂浪神。この神、敷山主神の女、青沼馬沼押比売を娶りて、生める子は布忍富鳥鳴海神。この神、若昼女神を娶りて、生める子は天日腹大科度美神。この神、天狭霧神の女、遠津待根神を娶りて、生める子は遠津山岬多良斯神。
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『古事記』上巻・沼河比売への求婚の歌この八千矛神、高志国の沼河比売を婚(よば)はむとして、幸(い)でまして行きし時、その沼河比売の家に到りて、歌ひたまひしく、 八千矛(やちほこ)の 神の命(みこと)は 八島国 妻枕(つままき)かねて 遠遠し 高志の国に 賢(さか)し女(め)を 有りと聞かして 麗(くは)し女を 有りと聞こして さ婚(よば)ひに あり立たし 婚ひに あり通はせ 太刀が緒も いまだ解かずて 襲(おすひ)をも いまだ解かねば 乙女の 寝(な)すや板戸を 押そぶらひ 我が立たせれば 引こづらひ 我が立たせれば 青山に 鵺(ぬえ)は鳴き さ野つ鳥 雉(きぎし)は響(とよ)む 庭つ鳥 鶏(かけ)は鳴く うれたくも 鳴くなる鳥か この鳥も 打ち止めこせね いしたふや 天馳使(あまはせづかひ) 事の 語り言も こをば。 ここにその沼河日売、いまだ戸を開かずて、内より歌ひたまひしく、 八千矛の 神の命 萎(ぬ)え草の 女(め)にしあれば 我が心 浦渚(うらす)の鳥ぞ 今こそは 我鳥(わどり)にあらめ 後は 汝鳥(などり)にあらむを 命(いのち)は な殺(し)せたまひそ いしたふや 天馳使 事の 語り言も こをば。 青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ 朝日の 笑み栄え来て 栲綱(たくづの)の 白き腕(ただむき) 沫雪の 若(わか)やる胸を そだたき たたきまながり 真玉手 玉手さし枕(ま)き 百長に 寝(い)は寝(な)さむを あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事の 語り言も こをば。
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『古事記』上巻・贈答歌と神武天皇の兄弟その歌に曰ひしく、 あかだまは をさへひかれど しらたまの きみがよそひし たふとくありけり ここにその比古遅(三字は音を以ちてす)答へたまへる歌に曰ひしく、 おきつとり かもどくしまに わがゐねし いもはわすれじ よのことごとに 故、日子穂穂手見命は、高千穂宮に坐すこと、五百八十歳。御陵はすなはちその高千穂山の西にあり。この天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命、その姨玉依毘売命を娶して、生みませる御子の名は、五瀬命、次に稲氷命、次に御毛沼命、次に若御毛沼命、またの名は豊御毛沼命、またの名は神倭伊波礼毘古命(四柱)。故、御毛沼命は、波の穂を跳みて、常世国に渡り坐し、稲氷命は、妣の国として海原に入り坐しき。
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『古事記』中巻・大久米命の歌と皇后選びここに大久米命、その伊須気余理比売を見て、歌を以て天皇に白して曰く、「大和の 高佐士野を 七行く 乙女ども 誰をしまかむ」と。ここに伊須気余理比売は、その媛女どもの前に立てり。すなはち天皇、その媛女どもを見て、御心に伊須気余理比売の最前に立てるを知らして、歌を以て答へて曰く、「かつがつも いや先立てる 兄をしまかむ」と。ここに大久米命、天皇の命を以て、その伊須気余理比売に詔りたまふ時に、その大久米命の黥ける利き目を見て、奇しと思ひて歌ひて曰く、「あめつつ ちどりましとと など割ける利目」と。ここに大久米命、答へて歌ひて曰く、「嬢子に 直に逢はむと 我が割ける利目」と。かれその嬢子、「仕へ奉らむ」と白しき。ここにその伊須気余理比売命の家は、狭井河の上にあり。天皇、その伊須気余理比売のもとに幸行でまして、一宿御寝したまひき。その河を佐韋河と謂ふ由は、その河辺に山由理草多にあり。かれその山由理草の名を取りて、佐韋河と号けたり。山由理草の本の名は佐韋と云ふなり。後にその伊須気余理比売、宮内に参入る時に、

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