古事記 / 上巻・大国主神へ続く系譜
於是。喚其足名椎神。告言。汝者任我宮之首。且負名號稻田宮主須賀之八耳神。故其櫛名田比賣以。久美度邇起而。所生神名。謂八島士奴美神。(自士下三字以音、下效此)又娶大山津見神之女。名神大市比賣。生子大年神。次宇迦之御魂神。(二柱。宇迦二字以音)兄八島士奴美神。娶大山津見神之女。名木花知流(此二字以音)比賣。生子布波能母遲久奴須奴神。此神娶淤迦美神之女。名日河比賣。生子深淵之水夜禮花神。(夜禮二字以音)此神娶天之都度閇知泥神。(自都下五字以音)生子淤美豆奴神。(此神名以音)此神娶布怒豆怒神(此神名以音)之女。名布帝耳神。(布帝二字以音)生子天之冬衣神。此神娶刺國大神之女。名刺國若比賣。生子大國主神。
新字:於是。喚其足名椎神。告言。汝者任我宮之首。且負名号稲田宮主須賀之八耳神。故其櫛名田比売以。久美度邇起而。所生神名。謂八島士奴美神。(自士下三字以音、下効此)又娶大山津見神之女。名神大市比売。生子大年神。次宇迦之御魂神。(二柱。宇迦二字以音)兄八島士奴美神。娶大山津見神之女。名木花知流(此二字以音)比売。生子布波能母遅久奴須奴神。此神娶淤迦美神之女。名日河比売。生子深淵之水夜礼花神。(夜礼二字以音)此神娶天之都度閇知泥神。(自都下五字以音)生子淤美豆奴神。(此神名以音)此神娶布怒豆怒神(此神名以音)之女。名布帝耳神。(布帝二字以音)生子天之冬衣神。此神娶刺国大神之女。名刺国若比売。生子大国主神。
書き下し
ここにその足名椎神を喚(め)して告りたまひしく、「汝は我が宮の首(おびと)に任(よ)さむ」とのりたまひ、また名を負せて、稲田宮主須賀之八耳神と号(なづ)けたまひき。故、その櫛名田比売をもちて、久美度邇(くみどに)に起こして、生みませる神の名は、八島士奴美神と謂ふ。また大山津見神の女、名は神大市比売を娶(めと)りて、生める子は大年神、次に宇迦之御魂神(二柱)。兄八島士奴美神、大山津見神の女、名は木花知流比売を娶りて、生める子は布波能母遅久奴須奴神。この神、淤迦美神の女、名は日河比売を娶りて、生める子は深淵之水夜礼花神。この神、天之都度閇知泥神を娶りて、生める子は淤美豆奴神。この神、布怒豆怒神の女、名は布帝耳神を娶りて、生める子は天之冬衣神。この神、刺国大神の女、名は刺国若比売を娶りて、生める子は大国主神。
現代語訳
そこでスサノオは足名椎神を呼び、「あなたを私の宮の長に任じよう」と告げ、また名を与えて、稲田宮主須賀之八耳神と呼びました。そしてスサノオが櫛名田比売と寝所で結ばれて生まれた神の名は、八島士奴美神といいます。スサノオはまた、大山津見神の娘で神大市比売という名の方を妻とし、子の大年神と、次に宇迦之御魂神(二柱)を生みました。兄の八島士奴美神は、大山津見神の娘の木花知流比売を妻とし、布波能母遅久奴須奴神を生みました。この神は淤迦美神の娘の日河比売を妻とし、深淵之水夜礼花神を生みました。この神は天之都度閇知泥神を妻とし、淤美豆奴神を生みました。この神は布怒豆怒神の娘の布帝耳神を妻とし、天之冬衣神を生みました。この神は刺国大神の娘の刺国若比売を妻とし、大国主神を生みました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』上巻・大国主神の子孫の系譜次に妹高比売命、またの名は下光比売命。この阿遅鉏高日子根神は、今、迦毛大御神と謂ふ者なり。大国主神、また神屋楯比売命を娶りて、生める子は事代主神。また八島牟遅能神の女、鳥耳神を娶りて、生める子は鳥鳴海神。(鳴を訓みて那留といふ。)この神、日名照額田毘道男伊許知邇神を娶りて、生める子は国忍富神。この神、葦那陀迦神、またの名は八河江比売を娶りて、生める子は速甕之多気佐波夜遅奴美神。この神、天之甕主神の女、前玉比売を娶りて、生める子は甕主日子神。この神、淤加美神の女、比那良志毘売を娶りて、生める子は多比理岐志麻流美神。この神、比比羅木之其花麻豆美神の女、活玉前玉比売神を娶りて、生める子は美呂浪神。この神、敷山主神の女、青沼馬沼押比売を娶りて、生める子は布忍富鳥鳴海神。この神、若昼女神を娶りて、生める子は天日腹大科度美神。この神、天狭霧神の女、遠津待根神を娶りて、生める子は遠津山岬多良斯神。
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『古事記』上巻・国作りの始まりまた河の瀬に追ひ撥(はら)ひて、意礼(おれ)、大国主神となり、また宇都志国玉神となりて、その我が女須世理毘売を嫡妻(むかひめ)として、宇迦の山の山本に、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽(ひぎ)たかしりて居れ。この奴(やつこ)」とのりたまひき。故、その大刀・弓を持ちて、その八十神を追ひ避(さ)くる時、坂の御尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに追ひ撥ひて、始めて国を作りたまひき。故、その八上比売は、先の期(ちぎり)のごとく、美刀阿多波志つ。故、その八上比売は率て来ましつれども、その嫡妻須世理毘売を畏みて、その生める子をば、木の俣に刺し挟みて返りき。故、その子を名づけて木俣神と云ひ、また名は御井神と謂ふ。
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『古事記』上巻・御諸山の神と大年神の子ここに大国主神、愁へて告りたまひしく、「吾独りして何にかよくこの国を得作らむ。いづれの神か、吾とよくこの国を相作らむ」とのりたまひき。この時、海を光らして依り来る神あり。その神の言りたまひしく、「よく我が前を治めば、吾よく共に相作り成さむ。もし然あらずは、国成り難けむ」とのりたまひき。ここに大国主神曰(まを)したまひしく、「然らば治め奉る状(さま)は奈何」とまをしたまひき。答へ言りたまひしく、「吾は倭の青垣の東の山の上に伊都岐(いつき)奉れ」とのりたまひき。こは御諸山の上に坐す神なり。故、その大年神、神活須毘神の女、伊怒比売を娶りて、生める子は大国御魂神、次に韓神、次に曾富理神、次に白日神、次に聖神(五神)。また香用比売を娶りて、生める子は大香山戸臣神、次に御年神(二柱)。また天知迦流美豆比売を娶りて、生める子は奥津日子神、次に奥津比売命、またの名は大戸比売神。こは諸人もちて拝く竈神なり。次に大山咋神、またの名は山末之大主神。この神は近淡海国の日枝の山に坐し、また葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用ゐる神なり。
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『古事記』上巻・大年神と羽山戸神の子孫次に庭津日神、次に阿須波神、次に波比岐神、次に香山戸臣神、次に羽山戸神、次に庭高津日神、次に大土神、またの名は土之御祖神(九神)。上の件の大年神の子、大国御魂神より以下、大土神より以前、并せて十六神。羽山戸神、大気都比売神を娶りて、生める子は若山咋神、次に若年神、次に妹若沙那売神、次に弥豆麻岐神、次に夏高津日神、またの名は夏之売神、次に秋毘売神、次に久久年神、次に久久紀若室葛根神。上の件の羽山戸神の子、若山咋神より以下、若室葛根神より以前、并せて八神。
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『古事記』上巻・大国主神と稲羽の素兎また名は大穴牟遅神と謂ひ、また名は葦原色許男神と謂ひ、また名は八千矛神と謂ひ、また名は宇都志国玉神と謂ひて、并せて五つの名あり。故、この大国主神の兄弟(はらから)八十神坐しき。然れども皆国は大国主神に避(さ)りき。避りし所以(ゆゑ)は、その八十神、各稲羽の八上比売を婚(よば)はむ心ありて、共に稲羽に行きし時、大穴牟遅神に袋を負ほせ、従者(ともびと)として率て往きき。ここに気多の前に到りし時、裸の兎伏せりき。ここに八十神、その兎に謂ひけらく、「汝為(せ)むは、この海塩を浴み、風の吹くに当りて、高山の尾の上に伏せれ」といひき。故、その兎、八十神の教へに従ひて伏しき。ここにその塩の乾くまにまに、その身の皮ことごとに風に吹き拆(さ)かえき。故、痛み苦しみて泣き伏せれば、最後に来し大穴牟遅神、その兎を見て、「何由(なにゆゑ)か汝が泣き伏せる」と言ひき。兎答へ言さく、「僕は淤岐島にありて、この地に度らむとすれども、度る因(よし)なかりき。故、海の和邇(わに)を欺きて言ひけらく、『吾と汝と競ひて、族(うから)の多き少なきを計らむと欲ふ。故、汝は、その族のありのまにまに、ことごとに率て来て、この島より気多の前まで、皆列み伏し度れ。
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『玉勝間』十の巻 出雲風土記意宇郡の名のゆゑをしるせる文上の件の文、いみじく古き所どころ有りて、聞え難きふしぶし多かるを、今の本、文字の誤さえ多くて、いよいよさとり難き所どころ有るを、しいて解く。国引坐とは、(坐の字座と書ける本も有り)すなわちこの文に見えたる如く、他国の余あるところを、裂き取り引き寄せ以て来て、出雲の国の足らざる所を足して、造りおえ給えるを云う。この御功をもて、この神をかく称え申せるなり。大国主の神を、天の下造らしし大神と申すが如し。八束水臣津野の命は、古事記に、淤美豆奴の神と有りて、須佐之男大神の四世の御孫にて、深淵之水夜礼花神の御子にて、大国主の大神の御祖父神なり。この風土記の中にも、所々見え給えり。狭布之堆国、堆の字は、写し誤りなるべし。遠江国の人内山の真龍、この風土記の注を作りて、稚の字なりと云えり。さも有るべし。狭布よりの続き名は、疎けれども、すべてにかけて、稚国と云いつべき事なり。古事記にも書紀にも、国稚と有れば、よし有りておぼゆ。初国、小所作とは、伊邪那岐伊邪那美二柱の大神の、初めて生成し給える時に、小さくつくり給えりとなり。そのかみこの出雲の国は、北の方足らわずして、狭布のごとく、狭く細き国なりけむ。

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