古事記 / 上巻・御諸山の神と大年神の子
於是大國主神愁而告。吾獨何能得作此國。孰神與吾能相作此國耶。是時有光海依來之神。其神言。能治我前者。吾能共與相作成。若不然者國難成。爾大國主神曰。然者治奉之狀奈何。答言。吾者伊都岐奉于倭之青垣東山上。此者坐御諸山上神也。故其大年神娶神活須毘神之女。伊怒比賣。生子大國御魂神。次韓神。次曾富理神。次白日神。次聖神。(五神)又娶香用比賣。(此神名以音)生子大香山戶臣神。次御年神。(二柱)又娶天知迦流美豆比賣。(訓天如天、亦自知下六字以音)生子奧津日子神。次奧津比賣命。亦名大戶比賣神。此者諸人以拜竈神者也。次大山咋神。亦名山末之大主神。此神者坐近淡海國之日枝山。亦坐葛野之松尾。用鳴鏑神者也。
新字:於是大国主神愁而告。吾独何能得作此国。孰神与吾能相作此国耶。是時有光海依来之神。其神言。能治我前者。吾能共与相作成。若不然者国難成。爾大国主神曰。然者治奉之状奈何。答言。吾者伊都岐奉于倭之青垣東山上。此者坐御諸山上神也。故其大年神娶神活須毘神之女。伊怒比売。生子大国御魂神。次韓神。次曽富理神。次白日神。次聖神。(五神)又娶香用比売。(此神名以音)生子大香山戸臣神。次御年神。(二柱)又娶天知迦流美豆比売。(訓天如天、亦自知下六字以音)生子奥津日子神。次奥津比売命。亦名大戸比売神。此者諸人以拝竈神者也。次大山咋神。亦名山末之大主神。此神者坐近淡海国之日枝山。亦坐葛野之松尾。用鳴鏑神者也。
書き下し
ここに大国主神、愁へて告りたまひしく、「吾独りして何にかよくこの国を得作らむ。いづれの神か、吾とよくこの国を相作らむ」とのりたまひき。この時、海を光らして依り来る神あり。その神の言りたまひしく、「よく我が前を治めば、吾よく共に相作り成さむ。もし然あらずは、国成り難けむ」とのりたまひき。ここに大国主神曰(まを)したまひしく、「然らば治め奉る状(さま)は奈何」とまをしたまひき。答へ言りたまひしく、「吾は倭の青垣の東の山の上に伊都岐(いつき)奉れ」とのりたまひき。こは御諸山の上に坐す神なり。故、その大年神、神活須毘神の女、伊怒比売を娶りて、生める子は大国御魂神、次に韓神、次に曾富理神、次に白日神、次に聖神(五神)。また香用比売を娶りて、生める子は大香山戸臣神、次に御年神(二柱)。また天知迦流美豆比売を娶りて、生める子は奥津日子神、次に奥津比売命、またの名は大戸比売神。こは諸人もちて拝く竈神なり。次に大山咋神、またの名は山末之大主神。この神は近淡海国の日枝の山に坐し、また葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用ゐる神なり。
現代語訳
そこで大国主神は憂えて言いました。「私ひとりで、どうしてこの国を作り上げられようか。どの神が、私と一緒にこの国を作ってくれるだろうか」。そのとき、海を照らしながら近づいて来る神がありました。その神は言いました。「私を丁重に祀るなら、私が一緒に国を作り成しましょう。そうでなければ、国は作り難いでしょう」。大国主神が「それでは、お祀りする方法はどのようにすればよいでしょうか」と尋ねると、その神は答えました。「私を倭の青い垣のように連なる山々の東の山の上に祀りなさい」。これは御諸山の上におられる神です。さて、大年神は神活須毘神の娘の伊怒比売を妻として、大国御魂神、次に韓神、次に曾富理神、次に白日神、次に聖神(以上五柱)を生みました。また香用比売を妻として、大香山戸臣神、次に御年神(以上二柱)を生みました。また天知迦流美豆比売を妻として、奥津日子神、次に奥津比売命、またの名を大戸比売神を生みました。これは人々が拝む竈の神です。次に大山咋神、またの名を山末之大主神です。この神は近江の日枝の山におられ、また葛野の松尾におられて、鳴鏑を用いる神です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』上巻・大国主神の子孫の系譜次に妹高比売命、またの名は下光比売命。この阿遅鉏高日子根神は、今、迦毛大御神と謂ふ者なり。大国主神、また神屋楯比売命を娶りて、生める子は事代主神。また八島牟遅能神の女、鳥耳神を娶りて、生める子は鳥鳴海神。(鳴を訓みて那留といふ。)この神、日名照額田毘道男伊許知邇神を娶りて、生める子は国忍富神。この神、葦那陀迦神、またの名は八河江比売を娶りて、生める子は速甕之多気佐波夜遅奴美神。この神、天之甕主神の女、前玉比売を娶りて、生める子は甕主日子神。この神、淤加美神の女、比那良志毘売を娶りて、生める子は多比理岐志麻流美神。この神、比比羅木之其花麻豆美神の女、活玉前玉比売神を娶りて、生める子は美呂浪神。この神、敷山主神の女、青沼馬沼押比売を娶りて、生める子は布忍富鳥鳴海神。この神、若昼女神を娶りて、生める子は天日腹大科度美神。この神、天狭霧神の女、遠津待根神を娶りて、生める子は遠津山岬多良斯神。
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『古事記』上巻・国作りの始まりまた河の瀬に追ひ撥(はら)ひて、意礼(おれ)、大国主神となり、また宇都志国玉神となりて、その我が女須世理毘売を嫡妻(むかひめ)として、宇迦の山の山本に、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽(ひぎ)たかしりて居れ。この奴(やつこ)」とのりたまひき。故、その大刀・弓を持ちて、その八十神を追ひ避(さ)くる時、坂の御尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに追ひ撥ひて、始めて国を作りたまひき。故、その八上比売は、先の期(ちぎり)のごとく、美刀阿多波志つ。故、その八上比売は率て来ましつれども、その嫡妻須世理毘売を畏みて、その生める子をば、木の俣に刺し挟みて返りき。故、その子を名づけて木俣神と云ひ、また名は御井神と謂ふ。
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『古事記』上巻・大国主神へ続く系譜ここにその足名椎神を喚(め)して告りたまひしく、「汝は我が宮の首(おびと)に任(よ)さむ」とのりたまひ、また名を負せて、稲田宮主須賀之八耳神と号(なづ)けたまひき。故、その櫛名田比売をもちて、久美度邇(くみどに)に起こして、生みませる神の名は、八島士奴美神と謂ふ。また大山津見神の女、名は神大市比売を娶(めと)りて、生める子は大年神、次に宇迦之御魂神(二柱)。兄八島士奴美神、大山津見神の女、名は木花知流比売を娶りて、生める子は布波能母遅久奴須奴神。この神、淤迦美神の女、名は日河比売を娶りて、生める子は深淵之水夜礼花神。この神、天之都度閇知泥神を娶りて、生める子は淤美豆奴神。この神、布怒豆怒神の女、名は布帝耳神を娶りて、生める子は天之冬衣神。この神、刺国大神の女、名は刺国若比売を娶りて、生める子は大国主神。
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『古事記』上巻・大年神と羽山戸神の子孫次に庭津日神、次に阿須波神、次に波比岐神、次に香山戸臣神、次に羽山戸神、次に庭高津日神、次に大土神、またの名は土之御祖神(九神)。上の件の大年神の子、大国御魂神より以下、大土神より以前、并せて十六神。羽山戸神、大気都比売神を娶りて、生める子は若山咋神、次に若年神、次に妹若沙那売神、次に弥豆麻岐神、次に夏高津日神、またの名は夏之売神、次に秋毘売神、次に久久年神、次に久久紀若室葛根神。上の件の羽山戸神の子、若山咋神より以下、若室葛根神より以前、并せて八神。
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『古事記』上巻・大国主神の国譲りと宮故、更にまた還り来て、その大国主神に問ひしく、「汝が子等、事代主神、建御名方神の二神は、天つ神の御子の命のまにまに違はじと白し訖りぬ。故、汝が心いかに」ととひき。ここに答へ白ししく、「僕が子等二神の白すまにまに、僕は違はじ。この葦原中国は、命のまにまに既に献らむ。ただ僕が住所は、天つ神の御子の天津日継知らしめすとだる天の御巣の如くして、(とだるの三字は音を以ちてす。下もこれに効へ)底つ石根に宮柱ふとしり、(ふとしりの四字は音を以ちてす)高天原に氷木たかしり(四字は音を以ちてす)て治め賜はば、僕は百足らず八十坰手に隠りて侍ひなむ。また僕が子等百八十神は、即ち八重事代主神、神の御尾前となりて仕へ奉らば、違ふ神はあらじ」とかく白して、乃ち隠りき。故、白しし随に、出雲国の多芸志の小浜に、天の御舎を造りて、(多芸志の三字は音を以ちてす)水戸神の孫、櫛八玉神、膳夫となりて、天の御饗を献る時に、禱ぎ白して、櫛八玉神、鵜に化りて、海底に入り、底の波邇を咋ひ出でて、天の八十毘良迦(この三字は音を以ちてす)を作りて、海布の柄を鎌りて燧臼を作り、海蓴の柄を以ちて燧杵を作りて、火を鑽り出でて、云ひしく、「この我が燧れる火は、高天原には、神産巣日御祖命のとだる天の新巣の凝烟(凝烟を訓みて州須と云ふ)の八拳垂るまで焼き挙げ、地の下は、底つ石根に焼き凝らして、栲縄の千尋縄打ち延へ、釣りせす海人の口大の尾翼鱸、(鱸を訓みて佐和佐和邇と云ふ。この五字は音を以ちてす)控き依せ騰げて、打竹のとををとををに、(この七字は音を以ちてす)天の真魚咋献る」と云ふ。
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『古事記』上巻・少名毘古那神と久延毘古右の件、八島士奴美神より以下、遠津山岬帯神より以前を、十七世の神と称ふ。故、大国主神、出雲の御大(みほ)の御前に坐す時、波の穂より天の羅摩船(かがみぶね)に乗りて、鵝(ひむし)の皮を内剥ぎに剥ぎて衣服(きもの)に為て、帰り来る神あり。ここにその名を問へども答へず、また従へる諸の神に問へども、皆「知らず」と白しき。ここに多邇具久(たにぐく)白言(まを)ししく、「こは久延毘古(くえびこ)必ず知りたらむ」とまをしき。すなはち久延毘古を召して問ひたまふ時、答へ白ししく、「こは神産巣日神の御子、少名毘古那神ぞ」とまをしき。故ここに神産巣日御祖命に白し上げしかば、答へ告りたまひしく、「こは実に我が子ぞ。子の中に、我が手俣(たなまた)より漏(く)きし子ぞ。故、汝葦原色許男命と兄弟(はらから)と為りて、その国を作り堅めよ」とのりたまひき。故、それより、大穴牟遅と少名毘古那と、二柱の神相並ばして、この国を作り堅めたまひき。然て後は、その少名毘古那神は、常世国に度りましき。故、その少名毘古那神を顕はし白しし、いはゆる久延毘古は、今には山田の曾富騰(そほど)といふ者なり。この神は、足は行かねども、尽く天の下の事を知れる神なり。

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