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神皇正統記 / 巻一 地神第一代 天照太神

中臣の神忌部の神しりくへなはをひきめぐらして「なかへりましそ。」と申。上天はじめてはれて、もろ〳〵ともに相見。面みなあきらかにしろし。手をのべて哥舞て、「あはれ。あな、おもしろ。あな、たのし。あな、さやけ。おけ。」かくて、つみを素戔烏の尊によせて、おほするに千座の置戸をもて首のかみ、手足のつめをぬきてあがはしめ、其罪をはらひて神やらひにやらはれき。かの尊天よりくだりて、出雲の簸の川上と云所にいたり給。其所に一のおきなとうばとあり。一のをとめをすゑてかきなでつゝなきけり。素戔烏尊「たそ。」とゝひ給ふ。「われはこれ国神也。脚摩乳・手摩乳と云ふ。このをとめはわが子なり。奇稲田姫と云ふ。さきに八けの少女あり。としごとに八岐の大蛇のためにのまれき。今此をとめ又のまれなんとす。」と申ければ、尊、「我にくれんや。」との給。「勅のまゝにたてまつる。」と申ければ、此をとめを湯津のつまぐしにとりなし、みづらにさし、やしほをりの酒を八の槽にもりて待給に、はたしてかの大蛇きたれり。

新字:中臣の神忌部の神しりくへなはをひきめぐらして「なかへりましそ。」と申。上天はじめてはれて、もろ〳〵ともに相見。面みなあきらかにしろし。手をのべて歌舞て、「あはれ。あな、おもしろ。あな、たのし。あな、さやけ。おけ。」かくて、つみを素戔烏の尊によせて、おほするに千座の置戸をもて首のかみ、手足のつめをぬきてあがはしめ、其罪をはらひて神やらひにやらはれき。かの尊天よりくだりて、出雲の簸の川上と云所にいたり給。其所に一のおきなとうばとあり。一のをとめをすゑてかきなでつゝなきけり。素戔烏尊「たそ。」とゝひ給ふ。「われはこれ国神也。脚摩乳・手摩乳と云ふ。このをとめはわが子なり。奇稲田姫と云ふ。さきに八けの少女あり。としごとに八岐の大蛇のためにのまれき。今此をとめ又のまれなんとす。」と申ければ、尊、「我にくれんや。」との給。「勅のまゝにたてまつる。」と申ければ、此をとめを湯津のつまぐしにとりなし、みづらにさし、やしほをりの酒を八の槽にもりて待給に、はたしてかの大蛇きたれり。

書き下し

中臣の神忌部の神しりくへなはをひきめぐらして「なかへりましそ。」と申。上天はじめてはれて、もろもろともに相見。面みなあきらかにしろし。手をのべて哥舞て、「あはれ。あな、おもしろ。あな、たのし。あな、さやけ。おけ。」かくて、つみを素戔烏の尊によせて、おほするに千座の置戸をもて首のかみ、手足のつめをぬきてあがはしめ、其罪をはらひて神やらひにやらはれき。かの尊天よりくだりて、出雲の簸の川上と云所にいたり給。其所に一のおきなとうばとあり。一のをとめをすゑてかきなでつゝなきけり。素戔烏尊「たそ。」とゝひ給ふ。「われはこれ国神也。脚摩乳・手摩乳と云ふ。このをとめはわが子なり。奇稲田姫と云ふ。さきに八けの少女あり。としごとに八岐の大蛇のためにのまれき。今此をとめ又のまれなんとす。」と申ければ、尊、「我にくれんや。」との給。「勅のまゝにたてまつる。」と申ければ、此をとめを湯津のつまぐしにとりなし、みづらにさし、やしほをりの酒を八の槽にもりて待給に、はたしてかの大蛇きたれり。

現代語訳

中臣の神と忌部の神が尻久米縄(しりくめなわ、注連縄)を引き巡らして、「もうお戻りなさいますな」と申しあげた。天上ははじめて晴れて、皆がともに互いの顔を見た。顔がみな明るく白く照らされていた。手を伸ばして歌い舞い、「あはれ。あな、おもしろ。あな、たのし。あな、さやけ。おけ」と唱えた。こうして罪を素戔烏尊に負わせ、償いとして千座の置戸(ちくらのおきど)を科し、髪や手足の爪を抜いて償わせ、その罪を祓って追放した。かの尊は天から下って、出雲の簸の川上という所に着かれた。そこに一人の翁と媼がいた。一人の少女を間に置き、撫でながら泣いていた。素戔烏尊が「誰か」とお尋ねになった。「われらはこの国の神で、脚摩乳・手摩乳という。この少女はわが子で、奇稲田姫という。以前に八人の娘がいたが、年ごとに八岐大蛇に呑まれた。今この娘もまた呑まれようとしている」と申したので、尊は「私にくれないか」とおっしゃった。「仰せのままに差しあげる」と申したので、この少女を湯津爪櫛に変えて角髪(みずら)に挿し、八塩折の酒を八つの槽に盛って待たれたところ、はたしてかの大蛇がやって来た。

解説

天照大神が石窟から出て、世界に光が戻る場面である。「面みなあきらかにしろし」と皆の顔が白く照らされ、「あな、おもしろ」と歌い舞う。『古語拾遺』は「おもしろし」の語源を、このとき顔(面)が白く照らされたことに求めており、親房もその伝えを踏まえている。喜びの言葉そのものが、光が戻った瞬間から生まれたという語りである。一方で騒ぎの元を作った素戔烏尊は、罪を負わされて財物と髪・爪で償い、天上から追放される。ところが物語はそこで終わらず、追われた先の出雲で、泣いている老夫婦と娘に出会う。天上で罪人とされた者が、地上では大蛇から娘を救う者になる。罰を受けて場所を移された者が、新しい場所で別の役割を果たす。人の価値は一つの場所の評価だけでは決まらないことを、この神話はよく示している。

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