古語拾遺 / 熱田社と住吉大神
其草薙釼今在尾張國熱田社。未敍禮典也。至於磐餘稚櫻朝。住吉大神顯矣。征伏新羅三韓始朝。百濟國王懇致其誠。終無欺貳也。
新字:其草薙釼今在尾張国熱田社。未叙礼典也。至於磐余稚桜朝。住吉大神顕矣。征伏新羅三韓始朝。百済国王懇致其誠。終無欺貳也。
書き下し
其の草薙剣は、今尾張国熱田社に在り。未だ礼典に叙せず。磐余稚桜朝に至りて、住吉大神顕る。新羅を征伏し、三韓始めて朝す。百済国王、懇ろに其の誠を致し、終に欺弐無きなり。
現代語訳
その草薙剣は、今は尾張国の熱田社にある。まだ国家の祭りの礼典には列せられていない。神功皇后(磐余稚桜朝)の御代になって、住吉大神が現れた。新羅を征し伏せ、三韓が初めて朝貢した。百済の国王は懇ろに誠意を尽くし、最後まで欺き背くことがなかった。
解説
日本武尊が剣を置いて伊吹山で命を落とした、その直後の一文から始まる。草薙剣は今も尾張の熱田社にあるが、まだ礼典に列せられていない。後の「遺りたる所」の第一条で、広成は同じことをもう一度、訴えとしてはっきり述べる。歴史を語る途中で一言だけ現状の欠落を差し込み、後で正式に要求する。周到な書き方である。後半は神功皇后の代で、住吉大神が現れ、新羅を伏して三韓が朝貢したとする。この新羅征討の伝えは日本書紀に詳しいが、史実としての評価には議論がある。この書にとっての意味は、外から貢ぎ物が入り、やがて蔵を分けねばならなくなる次の流れの起点になることにある。物語の中に、制度が変わる原因を順に置いていく構成である。
関連する章句
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『古語拾遺』所遺一況んや復た草薙の神剣は、尤も是れ天璽なり。日本武尊愷旋の年より、尾張国熱田社に留在す。外賊偸み逃るるも境を出づること能わず。神物の霊験、此を以て観るべし。然らば則ち奉幣の日、同じく敬を致すべし。而るに久しく代々闕如して其の礼を修めず。遺す所の一なり。
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『古語拾遺』慎みて怠ること莫かれ日本武命をして東夷を征討せしむ。仍りて道を枉げて伊勢神宮に詣り、倭姫命に辞見す。草薙剣を以て日本武命に授けて、教えて曰く、慎みて怠ること莫かれ、と。日本武命既に東虜を平らげ、還りて尾張国に至り、宮簀媛を納れて淹留すること月を踰ゆ。剣を解きて宅に置き、徒行して膽吹山に登り、毒に中りて薨ず。
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『古語拾遺』八岐大蛇と天叢雲素戔鳴神、天より降りて出雲国の簸の川上に到り、天の十握剣を以て八岐大蛇を斬る。其の尾の中に一つの霊剣を得たり。其の名を天叢雲と曰う。乃ち天神に献上するなり。然る後に素戔鳴神、国神の女を娶りて大己貴神を生み、遂に根国に就く。
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『古語拾遺』笠縫邑と五十鈴川仍りて倭の笠縫邑に就きて、殊に磯城の神籬を立て、天照大神及び草薙剣を遷し奉り、皇女豊鍬入姫命をして斎い奉らしむ。其の遷し祭る夕、宮人皆参りて、終夜宴楽す。歌いて曰く、「美夜比登能(みやひとの)、於保与須我良爾(おほよすがらに)、伊佐登保志(いさとほし)、由伎能与呂志茂(ゆきのよろしも)、於保与須我良爾(おほよすがらに)」と。又六年、八十万の群神を祭り、仍りて天社・国社及び神地・神戸を定む。始めて男の弭の調、女の手末の調を貢らしむ。今、神祇の祭に熊の皮・鹿の皮・角・布等を用うるは、此の縁なり。巻向玉城朝に洎びて、皇女倭姫命をして天照大神を斎い奉らしむ。仍りて神の教えに随いて、其の祠を伊勢国の五十鈴の川上に立て、因りて斎宮を興して倭姫命をして居らしむ。始め天上に在りて、預め幽契を結ぶ。衢神先に降る、深く以有るかな。此の御世、始めて弓矢・刀を以て神祇を祭り、更に神地・神戸を定む。又新羅の王子海檜槍来帰す。今但馬国出石郡に在りて大社と為るなり。纏向日代朝に至りて、
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『古語拾遺』佐命の勲神武天皇東征の年に逮びて、大伴氏の遠祖日臣命、将元戎を帥督し、兇渠を剪除す。佐命の勲、比肩する有る無し。物部氏の遠祖饒速日命、殺虜し、衆を帥いて官軍に帰順す。忠誠の効、殊に襃寵を蒙る。大和氏の遠祖椎根津彦は皇舟を迎え引き、績を香山の巓に表す。賀茂県主の遠祖八咫烏は、宸駕を奉導し、瑞を菟田の径に顕す。
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