古語拾遺 / 慎みて怠ること莫かれ
令日本武命征討東夷。仍枉道詣伊勢神宮。辭見倭姬命。以草薙釼授日本武命。而敎曰。愼莫怠也。日本武命既平東虜。還至尾張國。納宮簀媛淹留踰月。解釼置宅。徒行登膽吹山。中毒而薨。
新字:令日本武命征討東夷。仍枉道詣伊勢神宮。辞見倭姫命。以草薙釼授日本武命。而教曰。慎莫怠也。日本武命既平東虜。還至尾張国。納宮簀媛淹留踰月。解釼置宅。徒行登胆吹山。中毒而薨。
書き下し
日本武命をして東夷を征討せしむ。仍りて道を枉げて伊勢神宮に詣り、倭姫命に辞見す。草薙剣を以て日本武命に授けて、教えて曰く、慎みて怠ること莫かれ、と。日本武命既に東虜を平らげ、還りて尾張国に至り、宮簀媛を納れて淹留すること月を踰ゆ。剣を解きて宅に置き、徒行して膽吹山に登り、毒に中りて薨ず。
現代語訳
日本武尊に東国の平定を命じられた。そこで尊は道を曲げて伊勢神宮に立ち寄り、倭姫命に別れを告げた。倭姫命は草薙剣を尊に授け、慎んで、怠ってはなりません、と教えた。尊は東国を平らげ、帰りに尾張国に至り、宮簀媛を娶って一月あまり滞在した。剣を解いて家に置いたまま、徒歩で伊吹山に登り、毒気に当たって亡くなった。
解説
授けられた言葉は「慎みて怠ること莫かれ」の六字だけである。そして最期は、その言葉の通りに起きた。東国を平定し、勝ち戦を終えた帰り道。緊張がゆるみ、婚して一月余り留まり、剣を家に置いたまま、歩いて山に登って毒に当たる。全部が終わったあとに来る油断が書かれている。剣を置いていったという一点が痛切で、守るものを手放したのは危機のさなかではなく、危機を越えたあとだった。古語拾遺はここで説教をしない。事実だけを並べ、最後に「その草薙剣は今、尾張国の熱田社にある」と続ける。読む側が結びつけるように書かれている。
この章句が説くこと
日本武尊慎みて怠ること莫かれ草薙剣勝ったあとの油断油断
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