古語拾遺 / 開闢と天つ罪
一聞夫開闢之初。伊奘諾伊奘冉二神共爲夫婦。生大八州國及山川草木。次生日神月神。最後生素戔鳴神。而素戔鳴神常以哭泣爲行。故令人民夭折。靑山變枯。因斯父母二神敕曰。汝甚無道。宜早退去於根國矣。又天地剖判之初。天中所生之神名曰天御中主神。次高皇產靈神。次神皇產靈神。其高皇產靈神所生之女名曰栲幡千千姬命。其男名曰天忍日命。又男名曰天太玉命。太玉命所率神名曰天日鷲命。手置帆負命。產狹知命。櫛明玉命。天目一箇命。於是素戔鳴神慾奉辭日神。昇天之時。櫛明玉命奉迎。獻以瑞八坂瓊之曲玉。素戔鳴神受之轉奉日神。仍共約誓。卽感其玉。生天祖吾勝尊。是以天照大神育吾勝尊。特甚鍾愛常懷腋下。稱曰腋子。其後素戔鳴神奉爲日神行甚無狀。種種凌侮。所謂毀畔。埋溝。放樋。重播。刺串。生剥逆剥屎戸。
新字:一聞夫開闢之初。伊奘諾伊奘冉二神共為夫婦。生大八州国及山川草木。次生日神月神。最後生素戔鳴神。而素戔鳴神常以哭泣為行。故令人民夭折。青山変枯。因斯父母二神勅曰。汝甚無道。宜早退去於根国矣。又天地剖判之初。天中所生之神名曰天御中主神。次高皇産霊神。次神皇産霊神。其高皇産霊神所生之女名曰栲幡千千姫命。其男名曰天忍日命。又男名曰天太玉命。太玉命所率神名曰天日鷲命。手置帆負命。産狭知命。櫛明玉命。天目一箇命。於是素戔鳴神慾奉辞日神。昇天之時。櫛明玉命奉迎。献以瑞八坂瓊之曲玉。素戔鳴神受之転奉日神。仍共約誓。即感其玉。生天祖吾勝尊。是以天照大神育吾勝尊。特甚鍾愛常懐腋下。称曰腋子。其後素戔鳴神奉為日神行甚無状。種種凌侮。所謂毀畔。埋溝。放樋。重播。刺串。生剥逆剥屎戸。
書き下し
一に聞く、夫れ開闢の初め、伊奘諾・伊奘冉の二神、共に夫婦と為りて、大八州国及び山川草木を生む。次に日神・月神を生む。最後に素戔鳴神を生む。而るに素戔鳴神、常に哭泣を以て行と為す。故に人民をして夭折せしめ、青山をして枯に変ぜしむ。斯に因りて父母の二神、勅して曰く、「汝甚だ無道なり。宜しく早く根国に退き去るべし」と。又天地剖判の初め、天中に生ずる所の神、名を天御中主神と曰う。次に高皇産霊神、次に神皇産霊神。其の高皇産霊神の生む所の女、名を栲幡千千姫命と曰う。其の男、名を天忍日命と曰う。又の男、名を天太玉命と曰う。太玉命の率いる所の神、名を天日鷲命・手置帆負命・産狭知命・櫛明玉命・天目一箇命と曰う。是に於て素戔鳴神、日神に辞し奉らんと欲して天に昇る時、櫛明玉命迎え奉りて、献るに瑞の八坂瓊の曲玉を以てす。素戔鳴神之を受けて転じて日神に奉る。仍りて共に約誓す。即ち其の玉に感じて天祖吾勝尊を生む。是を以て天照大神、吾勝尊を育みて、特に甚だ鍾愛し、常に腋の下に懐く。称して腋子と曰う。其の後、素戔鳴神、日神の為に行い甚だ無状なり。種々に凌侮す。所謂る畔毀ち・溝埋め・樋放ち・重播き・串刺し・生剥ぎ逆剥ぎ・屎戸なり。
現代語訳
一説に聞くところでは、そもそも天地が開けた初め、伊奘諾・伊奘冉の二神がともに夫婦となり、大八州の国と山川草木を生んだ。次に日の神と月の神を生んだ。最後に素戔鳴神を生んだ。ところが素戔鳴神はいつも泣きわめくことを行いとしていた。そのため人々を若死にさせ、青い山を枯れ山に変えてしまった。そこで父母の二神は命じて言った。「おまえはひどく道に外れている。早く根の国へ退き去るがよい」と。また天地が分かれた初め、天の中に生まれた神を天御中主神という。次に高皇産霊神、次に神皇産霊神である。その高皇産霊神が生んだ娘を栲幡千千姫命という。息子を天忍日命(あめのおしひのみこと、大伴氏の祖)という。もう一人の息子を天太玉命(あめのふとだまのみこと、斎部氏の祖)という。太玉命が率いる神々を、天日鷲命・手置帆負命・産狭知命(彦狭知命のこと)・櫛明玉命・天目一箇命という。さて素戔鳴神が日の神に別れを告げようとして天に昇ったとき、櫛明玉命が出迎えて、瑞々しい八坂瓊の曲玉を献じた。素戔鳴神はこれを受けて、さらに日の神に奉った。そこで二神はともに誓約をした。するとその玉に感じて、天祖の吾勝尊(あかつのみこと、皇孫の父)が生まれた。こうして天照大神は吾勝尊を育て、ことのほか可愛がって、いつも腋の下に抱いていた。それで腋子と呼んだ。その後、素戔鳴神の日の神に対するふるまいは、まったく無礼であった。さまざまに侮り辱めた。いわゆる、田の畔を壊し、溝を埋め、樋を放ち、重ねて種を播き、串を刺し、生きた馬の皮を剥ぎ逆さに剥ぎ、糞をまき散らすことである。
解説
関連する章句
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『古語拾遺』皇孫命と駈除平定天祖吾勝尊、高皇産霊神の女栲幡千千姫命を納れて、天津彦尊を生む。号して皇孫命と曰う。既にして天照大神・高皇産霊尊、皇孫を崇め養いて、降して豊葦原中国の主と為さんと欲す。仍りて経津主神・武甕槌神を遣わして、駈除し平定せしむ。
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『古語拾遺』天津神籬と斎庭の穂仍りて天児屋命・太玉命・天鈿女命を以て配侍せしむ。因りて又勅して曰く、「吾は則ち天津神籬及び天津磐境を起こし樹てて、当に吾が孫の為に斎い奉るべし。汝天児屋命・太玉命の二神は、宜しく天津神籬を持ちて葦原中国に降り、亦吾が孫の為に斎い奉るべし。惟れ爾二神、共に殿の内に侍いて、能く防護を為せ。宜しく吾が高天原に御す所の斎庭の穂を以て、亦当に吾が児に御せしむべし。宜しく太玉命、諸部の神を率いて、其の職に供奉すること天上の儀の如くすべし」と。仍りて諸神をして亦与に陪従せしむ。復た大物主神に勅すらく、「宜しく八十万神を領いて、永く皇孫の為に護り奉るべし」と。仍りて大伴の遠祖天忍日命をして、来目部の遠祖天槵津大来目を帥いて、仗を帯びて前駈せしむ。既にして且に降らんとする間に、先駆還りて白す。
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『古語拾遺』猿田彦と蟹守乃ち其の胸乳を露わし、裳帯を臍の下に抑え下げて、向かい立ちて咲噱う。是の時、衢神問いて曰く、「汝何の故に然か為すや」と。天鈿女命反りて問いて曰く、「天孫の幸す所の路に居る者は誰ぞ」と。衢神対えて曰く、「天孫降りますべしと聞く。故に迎え奉りて相待つ。吾が名は是れ猿田彦大神なり」と。時に天鈿女命復た問いて曰く、「汝先に行くべきか、将た吾先に行くべきか」と。対えて曰く、「吾先に啓き行かん」と。天鈿女復た問いて曰く、「汝何処に到るべきか、将た天孫何処に到るべきか」と。対えて曰く、「天孫は当に筑紫の日向の高千穂の槵触の峰に到るべし。吾は伊勢の狭長田の五十鈴の川上に到るべし」と。因りて曰く、「吾を発顕せる者は汝なり。吾を送りて致すべし」と。天鈿女命還りて報す。天孫降臨、果たして皆期の如し。天鈿女命、乞うに随いて侍り送る。是を以て群神勅を奉じて天孫に陪従し、世を歴て相承け、各々其の職に供す。天祖彦火尊、海神の女豊玉姫命を娉りて、彦瀲尊を生む。誕育の日、海浜に室を立つ。時に掃守連の遠祖天忍人命、供奉して陪侍し、箒を作りて蟹を掃う。仍りて鋪設を掌り、遂に以て職と為す。号して蟹守と曰う。
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『古語拾遺』笠縫邑と五十鈴川仍りて倭の笠縫邑に就きて、殊に磯城の神籬を立て、天照大神及び草薙剣を遷し奉り、皇女豊鍬入姫命をして斎い奉らしむ。其の遷し祭る夕、宮人皆参りて、終夜宴楽す。歌いて曰く、「美夜比登能(みやひとの)、於保与須我良爾(おほよすがらに)、伊佐登保志(いさとほし)、由伎能与呂志茂(ゆきのよろしも)、於保与須我良爾(おほよすがらに)」と。又六年、八十万の群神を祭り、仍りて天社・国社及び神地・神戸を定む。始めて男の弭の調、女の手末の調を貢らしむ。今、神祇の祭に熊の皮・鹿の皮・角・布等を用うるは、此の縁なり。巻向玉城朝に洎びて、皇女倭姫命をして天照大神を斎い奉らしむ。仍りて神の教えに随いて、其の祠を伊勢国の五十鈴の川上に立て、因りて斎宮を興して倭姫命をして居らしむ。始め天上に在りて、預め幽契を結ぶ。衢神先に降る、深く以有るかな。此の御世、始めて弓矢・刀を以て神祇を祭り、更に神地・神戸を定む。又新羅の王子海檜槍来帰す。今但馬国出石郡に在りて大社と為るなり。纏向日代朝に至りて、
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『古語拾遺』八岐大蛇と天叢雲素戔鳴神、天より降りて出雲国の簸の川上に到り、天の十握剣を以て八岐大蛇を斬る。其の尾の中に一つの霊剣を得たり。其の名を天叢雲と曰う。乃ち天神に献上するなり。然る後に素戔鳴神、国神の女を娶りて大己貴神を生み、遂に根国に就く。
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『直毘霊』此の道はいかなる道ぞそも此の道は、いかなる道ぞと尋ぬるに、天地のおのずからなる道にもあらず。是をよく弁え別けて、かの漢国の老荘などが見と、ひとつにな思いまがえそ。人の作れる道にもあらず。此の道はしも、可畏きや高御産巣日神の御霊によりて、世の中にあらゆる事も物も、皆悉に、此の大神のみたまより成れり。神祖伊邪那岐大神・伊邪那美大神の始めたまいて、よのなかにあらゆる事も物も、此の二柱の大神よりはじまれり。天照大御神の受けたまい、たもちたまい、伝え賜う道なり。故に是を以て神の道とは申すぞかし。
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