神皇正統記 / 巻一 天神七代
次、素戔烏尊を生ます。いさみたけく不忍にして父母の御心にかなはず。「根の国にいね。」との給ふ。この三柱は男神にてまします。よりて一女三男と申也。すべてあらゆる神みな二神の所生にましませど、国の主たるべしとて生給しかば、ことさらに此四神を申伝けるにこそ。其後火神軻倶突智を生まし〳〵し時、陰神やかれて神退給にき。陽神うらみいかりて、火神を三段にきる。その三段おの〳〵神となる。血のしたゝりもそゝいで神となれり。経津主の神健甕槌神の祖也。陽神猶したひて黄泉までおはしましてさまざまのちかひありき。陰神うらみて「此国の人を一日に千頭ころすべし。」との給ければ、陽神は「千五百頭を生べし。」との給けり。よりて百姓をば天の益人とも云ふ。死るものよりも生ずるものおほき也。陽神かへり給て、日向の小戸の河檍が原と云所にてみそぎし給。この時あまたの神化生し玉へり。日月神もこゝにて生給と云説あり。伊弉諾尊神功すでにをはりければ、天上にのぼり、天祖に報命申て、即天にとゞまり給けりとぞ。或説に伊弉諾・伊弉冊は梵語なり、伊舎那天・伊舎那后なりと云ふ。
書き下し
次、素戔烏尊を生ます。いさみたけく不忍にして父母の御心にかなはず。「根の国にいね。」との給ふ。この三柱は男神にてまします。よりて一女三男と申也。すべてあらゆる神みな二神の所生にましませど、国の主たるべしとて生給しかば、ことさらに此四神を申伝けるにこそ。其後火神軻倶突智を生ましましし時、陰神やかれて神退給にき。陽神うらみいかりて、火神を三段にきる。その三段おのおの神となる。血のしたゝりもそゝいで神となれり。経津主の神健甕槌神の祖也。陽神猶したひて黄泉までおはしましてさまざまのちかひありき。陰神うらみて「此国の人を一日に千頭ころすべし。」との給ければ、陽神は「千五百頭を生べし。」との給けり。よりて百姓をば天の益人とも云ふ。死るものよりも生ずるものおほき也。陽神かへり給て、日向の小戸の河檍が原と云所にてみそぎし給。この時あまたの神化生し玉へり。日月神もこゝにて生給と云説あり。伊弉諾尊神功すでにをはりければ、天上にのぼり、天祖に報命申て、即天にとゞまり給けりとぞ。或説に伊弉諾・伊弉冊は梵語なり、伊舎那天・伊舎那后なりと云ふ。
現代語訳
次に素戔烏尊を生まれた。勇ましく猛々しく、耐え忍ぶことができず、父母の御心にかなわなかった。「根の国へ行け」とおっしゃった。この三柱は男神でいらっしゃる。そこで一女三男と申すのである。およそあらゆる神はみな二神から生まれたのだが、国の主となるべき者として生まれたので、とくにこの四神を申し伝えてきたのであろう。その後、火の神軻遇突智を生まれたとき、陰神は焼かれて亡くなられた。陽神は恨み怒って、火の神を三つに斬った。その三つがそれぞれ神となった。血のしたたりも注いで神となった。これが経津主神と健甕槌神の祖である。陽神はなお慕って黄泉の国までおいでになり、さまざまな誓いがあった。陰神が恨んで「この国の人を一日に千人殺そう」とおっしゃったので、陽神は「千五百人を生もう」とおっしゃった。そこで人民を天の益人(ますひと)ともいう。死ぬ者よりも生まれる者が多いのである。陽神は帰られて、日向の小戸の川の檍原(あわきがはら)という所で禊をされた。この時たくさんの神が化生された。日月の神もここで生まれたという説がある。伊弉諾尊は神としての功業がすでに終わったので、天上に上り、天祖に復命申しあげて、そのまま天にとどまられたという。ある説に、伊弉諾・伊弉冊は梵語であり、伊舎那天・伊舎那后であるという。
解説
関連する章句
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神地神第一代、大日孁尊。是を天照太神と申。又は日神とも皇祖とも申也。此神の生給こと三の説あり。一には伊弉諾・伊弉冊尊あひ計て、天下の主をうまざらんやとて、先、日神をうみ、次に、月神、次、蛭子、次、素戔烏尊を生給といへり。又は伊弉諾の尊、左御手に白銅の鏡をとりて大日孁の尊を化生し、右御手にとりて月弓の尊を生、御首をめぐらしてかへりみ給しあひだに、素戔烏尊を生ともいへり。又伊弉諾尊日向の小戸の川にてみそぎし給し時、左の御眼をあらひて天照太神を化生し、右の御眼をあらひて月読の尊を生、御鼻を洗て素戔烏尊を生じ給とも云ふ。日月神の御名も三あり、化生の所も三あれば、凡慮はかりがたし。又おはします所も、一には高天の原と云、二には日の小宮と云、三には我日本国これ也。八咫の御鏡をとらせましまして、「われをみるが如くにせよ。」と勅し給けること、和光の御誓もあらはれて、ことさらに深道あるべければ、三所に勝劣の義をば存ずべからざるにや。
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『古語拾遺』開闢と天つ罪一に聞く、夫れ開闢の初め、伊奘諾・伊奘冉の二神、共に夫婦と為りて、大八州国及び山川草木を生む。次に日神・月神を生む。最後に素戔鳴神を生む。而るに素戔鳴神、常に哭泣を以て行と為す。故に人民をして夭折せしめ、青山をして枯に変ぜしむ。斯に因りて父母の二神、勅して曰く、「汝甚だ無道なり。宜しく早く根国に退き去るべし」と。又天地剖判の初め、天中に生ずる所の神、名を天御中主神と曰う。次に高皇産霊神、次に神皇産霊神。其の高皇産霊神の生む所の女、名を栲幡千千姫命と曰う。其の男、名を天忍日命と曰う。又の男、名を天太玉命と曰う。太玉命の率いる所の神、名を天日鷲命・手置帆負命・産狭知命・櫛明玉命・天目一箇命と曰う。是に於て素戔鳴神、日神に辞し奉らんと欲して天に昇る時、櫛明玉命迎え奉りて、献るに瑞の八坂瓊の曲玉を以てす。素戔鳴神之を受けて転じて日神に奉る。仍りて共に約誓す。即ち其の玉に感じて天祖吾勝尊を生む。是を以て天照大神、吾勝尊を育みて、特に甚だ鍾愛し、常に腋の下に懐く。称して腋子と曰う。其の後、素戔鳴神、日神の為に行い甚だ無状なり。種々に凌侮す。所謂る畔毀ち・溝埋め・樋放ち・重播き・串刺し・生剥ぎ逆剥ぎ・屎戸なり。
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『神皇正統記』巻一 天神七代夫天地未分ざりし時、混沌として、まろがれること鶏子の如し。くゝもりて牙ふくめりき。これ陰陽の元初未分の一気也。其気始てわかれてきよくあきらかなるは、たなびきて天と成り、おもくにごれるはつゞいて地となる。其中より一物出たり。かたち葦牙の如し。即化して神となりぬ。国常立尊と申。又は天の御中主の神とも号し奉つる。此神に木・火・土・金・水の五行の徳まします。先水徳の神にあらはれ給を国狭槌尊と云ふ。次に火徳の神を豊斟渟尊と云ふ。天の道ひとりなす。ゆゑに純男にてます。次木徳の神を泥土瓊尊・沙土瓊尊と云ふ。次金徳の神を大戸之道尊・大苫辺尊と云ふ。次に土徳の神を面足尊・惶根の尊と云ふ。天地の道相交て、各陰陽のかたちあり。しかれどそのふるまひなしと云り。此諸神実には国常立の一神にましますなるべし。五行の徳各神とあらはれ給。是を六代ともかぞふる也。二世三世の次第を立べきにあらざるにや。次に化生し給へる神を伊弉諾尊・伊弉冊尊と申す。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神爰、素戔烏尊、父母二神にやらはれて根国にくだり給へりしが、天上にまうでゝ姉の尊にみえたてまつりて、「ひたぶるにいなん。」と申給ければ、「ゆるしつ。」との給。よりて天上にのぼります。大うみとゞろき、山をかなりほえき。此神の性たけきがしからしむるになむ。天照太神おどろきましまして、兵のそなへをして待給。かの尊黒心なきよしをおこたり給ふ。「さらば誓約をなして、きよきか、きたなきかをしるべし。誓約の中に女を生ぜば、きたなき心なるべし。男を生ぜば、きよき心ならん。」とて、素戔烏尊のたてまつられける八坂瓊の玉をとり給へりしかば、其玉に感じて男神化生し給。すさのをの尊悦て、「まさやあれかちぬ。」との給ける。よりて御名を正哉吾勝々の速日天の忍穂耳の尊と申。又の説には、素戔烏尊、天照太神の御くびにかけ給へる御統の瓊玉をこひとりて、天の真名井にふりすゝぎ、これをかみ給しかば、先吾勝の尊うまれまします。其後猶四はしらの男神生給。「物のさねわが物なれば我子なり。」とて天照太神の御子になし給といへり。
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『神皇正統記』巻一 天神七代次、隠岐の州をうみます。天之忍許呂別と云ふ。次、佐渡の州を生ます。建日別と云ふ。次、大日本豊秋津州をうみます。天御虚空豊秋津根別と云ふ。すべて是を大八州と云也。此外あまたの嶋を生給。後に海山の神、木のおや、草のおやまで悉うみましてけり。何れも神にませば、生給へる神の州をも山をもつくり給へるか。はた州山を生給に神のあらはれましけるか、神世のわざなれば、まことに難測。 二神又はからひてのたまはく、「我すでに大八州の国および山川草木をうめり。いかでかあめの下のきみたるものをうまざらむや。」とてまづ日神を生ます。此みこひかりうるはしくして国の内にてりとほる。二神よろこびて天におくりあげて、天上の事をさづけ給。此時天地あひさることとほからず。天のみはしらをもてあげ給。これを大日孁の尊と申。又天照太神とも申。女神にてまします也。次、月神を生ます。其光日につげり。天にのぼせて夜の政をさづけ給。次に、蛭子を生ます。みとせになるまで脚たゝず。天の磐樟船にのせて風のまゝはなちすつ。
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『神皇正統記』巻一 地神第一代 天照太神此吾勝尊をば太神めぐしとおぼして、つねに御わきもとにすゑ給しかば、腋子と云ふ。今の世にをさなき子をわかこと云はひが事也。かくて、すさのをの尊なほ天上にましけるが、さまざまのとがをゝかし給き。天照太神いかりて、天の石窟にこもり給。国のうちとこやみになりて、昼夜のわきまへなかりき。もろもろの神達うれへなげき給。其時諸神の上首にて高皇産霊尊と云ふ神ましましき。昔、天御中主の尊、みはしらの御子おはします。長を高皇産霊とも云、次をば神皇産霊、次を津速産霊と云とみえたり。陰陽二神こそはじめて諸神を生じ給しに、直に天御中主の御子と云ことおぼつかなし。。此神、天のやすかはのほとりにして、八百万の神をつどへて相議し給。其御子に思兼と云神のたばかりにより、石凝姥と云神をして日神の御形の鏡を鋳せしむ。そのはじめなりたりし鏡、諸神の心にあはず。次に鋳給へる鏡うるはしくましましければ、諸神悦あがめ給。
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