古語拾遺 / 天石窟
于時天照大神赫怒入于天石窟。閉磐戸而幽居焉。爾乃六合常闇晝夜不分。羣神愁迷手足罔措。凡厥庶事燎燭而辨。高皇產靈神會八十萬神於天八湍河原。議奉謝之方。
新字:于時天照大神赫怒入于天石窟。閉磐戸而幽居焉。爾乃六合常闇昼夜不分。羣神愁迷手足罔措。凡厥庶事燎燭而弁。高皇産霊神会八十万神於天八湍河原。議奉謝之方。
書き下し
時に天照大神赫怒して天の石窟に入り、磐戸を閉じて幽居したまう。爾に乃ち六合常闇にして昼夜分かたず。群神愁い迷いて手足措く罔し。凡そ厥の庶事、燎燭して弁ず。高皇産霊神、八十万の神を天の八湍河原に会し、謝り奉らんの方を議る。
現代語訳
このとき天照大神は激しく怒り、天の岩屋にお入りになり、岩戸を閉ざしてお隠れになった。すると天地四方は常闇となり、昼と夜の区別もつかなくなった。神々は愁い迷い、手足の置きどころもない。あらゆることを、かがり火を焚いてようやく処理する有様であった。そこで高皇産霊神は、八十万の神々を天の八湍河原に集め、どうお詫びすべきかを議った。
解説
最高責任者が去った組織の姿として読むと、この段はよくできている。まず「六合常闇にして昼夜分かたず」——時間の区別がなくなる。次に「群神愁い迷いて手足措く罔し」、皆が途方に暮れて何をしていいか分からない。そして「凡そ厥の庶事、燎燭して弁ず」、すべての用件をかがり火の下で処理する。つまり仕事は止まらない、止まらないが著しく効率が落ちる。ここで高皇産霊神がしたのは、天照大神を責めることでも探しに行くことでもなく、八十万の神を集めて方策を議ることだった。危機の第一手が招集と会議であるのは、前段の神議りと同じ形である。
この章句が説くこと
天石窟六合常闇八十万の神を会す謝り奉らんの方
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