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弘道館記述義 / 神豈得已哉・孔子廟を営む理由と聖人の教え

神豈得已哉。其營孔子廟者何。以唐虞三代之道折衷於此。欲欽其德資其敎。使人知斯道之所以益大且明。不偶然也。臣彪謹案。聖人之敎其節目不可勝數。而其大要在明人倫。昔者舜令契爲司徒。以敷其五敎。敎之見於經籍者此爲始。虞夏商周沿革不一。政有變通。而至其大要則未始不同也。及周之衰綱紀不振。彝倫日斁。弑逆篡奪無國無之。孔子實以契之苗裔生於東魯。信而好古。祖述堯舜憲章文武。發憤忘食。見周公於夢寐。其志蓋欲一變魯道。夾輔周室。以明大義於天下。而終身遑遑席不暇暖。遂刪遺經述空言。以垂訓於萬世。當時親炙其敎者。或謂夫子賢於堯舜遠矣。或謂有生民以來未有盛於夫子也。百世之下萬古一談無敢間然矣。故司馬遷曰。自天子王侯。中國言六藝者。折中於夫子。楊雄曰。群言淆亂。折諸聖語。所謂唐虞三代之道折衷於此者其不然乎。孔子雖聖而位不過大夫。分屬陪臣。而不惟西土君臣尊之。朝廷崇之天下仰之。又從而廟祀焉。是欽其德也。邇之脩身齊家。遠之治國平天下。自明倫正名之敎以至於尊王攘夷之訓。苟可以推弘道義者。莫不服膺而遵奉焉。是資其敎也。神州之建基。質有餘而文或不足。

新字:神豈得已哉。其営孔子廟者何。以唐虞三代之道折衷於此。欲欽其徳資其教。使人知斯道之所以益大且明。不偶然也。臣彪謹案。聖人之教其節目不可勝数。而其大要在明人倫。昔者舜令契為司徒。以敷其五教。教之見於経籍者此為始。虞夏商周沿革不一。政有変通。而至其大要則未始不同也。及周之衰綱紀不振。彝倫日斁。弑逆篡奪無国無之。孔子実以契之苗裔生於東魯。信而好古。祖述堯舜憲章文武。発憤忘食。見周公於夢寐。其志蓋欲一変魯道。夾輔周室。以明大義於天下。而終身遑遑席不暇暖。遂刪遺経述空言。以垂訓於万世。当時親炙其教者。或謂夫子賢於堯舜遠矣。或謂有生民以来未有盛於夫子也。百世之下万古一談無敢間然矣。故司馬遷曰。自天子王侯。中国言六芸者。折中於夫子。楊雄曰。群言淆乱。折諸聖語。所謂唐虞三代之道折衷於此者其不然乎。孔子雖聖而位不過大夫。分属陪臣。而不惟西土君臣尊之。朝廷崇之天下仰之。又従而廟祀焉。是欽其徳也。邇之脩身斉家。遠之治国平天下。自明倫正名之教以至於尊王攘夷之訓。苟可以推弘道義者。莫不服膺而遵奉焉。是資其教也。神州之建基。質有余而文或不足。

書き下し

神豈に已むを得んや。其の孔子廟を営むは何ぞ。唐虞三代の道、此に折衷するを以て、其の徳を欽び其の教へを資り、人をして斯の道の益ます大に且つ明らかなる所以の、偶然ならざるを知らしめんと欲するなり。臣彪謹んで案ずるに、聖人の教へ、其の節目勝げて数ふべからず。而れども其の大要は人倫を明らかにするに在り。昔者舜、契をして司徒たらしめ、以て其の五教を敷かしむ。教への経籍に見ゆる者、此れを始めと為す。虞夏商周、沿革一ならず、政に変通有り。而れども其の大要に至りては、則ち未だ始めより同じからずんばあらず。周の衰ふるに及び、綱紀振るはず、彝倫日に斁る。弑逆簒奪、国として無きは無し。孔子は実に契の苗裔を以て東魯に生まる。信にして古を好み、堯舜を祖述し文武を憲章し、憤りを発して食を忘れ、周公を夢寐に見る。其の志は蓋し魯の道を一変して、周室を夾輔し、以て大義を天下に明らかにせんと欲す。而れども終身遑遑として席の暖まるに暇あらず。遂に遺経を刪り空言を述べ、以て万世に訓を垂る。当時親しく其の教へを炙る者、或いは夫子を堯舜より賢ること遠しと謂ひ、或いは生民有りて以来未だ夫子より盛んなるは有らずと謂ふ。百世の下、万古一談、敢へて間然する無し。故に司馬遷曰く、天子王侯より、中国に六芸を言ふ者は、夫子に折中すと。楊雄曰く、群言淆乱するも、諸を聖語に折ると。所謂唐虞三代の道、此に折衷すとは、其れ然らざらんや。孔子は聖なりと雖も位は大夫に過ぎず、分は陪臣に属す。而るに惟に西土の君臣之を尊び、朝廷之を崇め、天下之を仰ぐのみならず、又従ひて廟祀す。是れ其の徳を欽ぶなり。邇くは身を脩め家を斉へ、遠くは国を治め天下を平らかにし、明倫正名の教へより以て尊王攘夷の訓に至るまで、苟くも道義を推弘すべき者は、服膺して遵奉せざる莫し。是れ其の教へを資るなり。神州の基を建つる、質は余り有りて文は或いは足らず。

現代語訳

神を祀るのは、どうして已むを得ないことでしょうか(必要なことなのです)。では、孔子廟を営むのはなぜでしょうか。唐・虞(堯・舜)および夏・殷・周の三代の道が、孔子のもとで折衷され(取捨されて整えられ)ているので、その徳を敬い、教えを活用し、人々に、この道がますます大きく明らかになったのは偶然ではないと知らせようとするからです。 臣の彪が謹んで考えます。聖人の教えは細目が数えきれないほどありますが、その大要は人倫を明らかにすることにあります。昔、舜は契を司徒(教育を司る官)として、五教(人の守るべき五つの教え)を広めさせました。経典に見える教えは、これが最初です。虞・夏・殷・周と、制度の移り変わりは一様ではなく、政治にも変化がありましたが、大要においては初めから同じでないことはありませんでした。周が衰えると、綱紀(国を保つ規律)は振るわず、人の常の道は日々にすたれ、主君や親を殺す者、位を奪う者がどの国にもいました。孔子は実に契の子孫として東の魯に生まれ、誠実で古を好み、堯・舜を祖として述べ、文王・武王を手本とし、憤りを発して食事も忘れ、周公を夢に見るほどでした。その志は、魯の道を一変させ、周王室を助けて大義を天下に明らかにしようとするものでしたが、生涯あくせくと走り回って席の暖まる暇もなく、ついに遺された経典を整理し、実行を伴わない言葉を述べて、万世に教えを遺しました。当時、親しく教えを受けた者は、ある者は先生を堯・舜よりはるかに賢いと言い、ある者は人が生まれて以来、先生ほど盛んな人はいないと言いました。百世の後も、万古を通じて口を揃えて、異論を挟む者はいません。そこで司馬遷は「天子や王侯から、中国で六芸を語る者は、孔子に照らして正しさを定める」と言い、揚雄は「さまざまな言説が乱れても、聖人の言葉で正す」と言いました。「唐・虞・三代の道がここに折衷される」というのは、そのとおりではありませんか。 孔子は聖人でしたが、位は大夫にすぎず、身分は陪臣でした。それなのに、中国の君臣がこれを尊び、朝廷がこれを崇め、天下がこれを仰ぐだけでなく、廟を建てて祀りました。これがその徳を敬うことです。近くは身を修め家を整え、遠くは国を治め天下を平らかにすること、明倫正名(人の道を明らかにし名分を正すこと)の教えから尊王攘夷の訓えに至るまで、およそ道義を押し広めるのに役立つものは、すべて胸に刻んで従いました。これがその教えを活用することです。わが国の基を築いた神々の道は、質実さは十分でしたが、文(文化的な整備)は足りないところがありました。

解説

孔子廟を営む理由を、徳を敬い教えを活用するため、と二つに整理しています。聖人は地位の高さではなく、教えが長く受け継がれた点で評価されます。東湖は、国の基礎に質実さがあっても、制度や文化の整備が足りない面があると見ています。現代の職場でも、現場の実直さに加えて、育成の仕組みや言葉による理念の整備が欠かせません。管理職は、肩書より本質で人を評価し、他から学ぶべき知恵は謙虚に取り入れて自組織に活かしましょう。

この章句が説くこと

弘道館記述義藤田東湖孔子儒教人倫折衷

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