五常訓 / 巻之一・総論
一もろこしは天地の中央にありて、風氣の正しき國なれば、古よりさばかりの聖人賢人世に多く出でて、天下ををさめ、道を行ひ、人倫の法を立て、天地の道をつぎ行ひ給ふ。中について、孔子は六經を作り、堯舜以來、古の聖人の道を述べ、人倫の敎を立て、天下萬世にのこし給ふ。是天下萬世の、師とし尊びて行ふべき則なり。故にもろこしも、外國も、其敎をうけてしたがへり。しかれば、其敎の、いたりて尊きこと、いへばおろかなりや。思ひやるべし。こゝを以て、古の帝王も、孔子を師とし尊び、其敎をおもんじ、時々の祭を行ひ、其廟にまうでて、拜禮をなし給ふ。わが日の本にむかしは都の大學寮に、聖人及十哲の像を安置し、釋奠とて聖人をまつり給ふ禮ありき。又太宰府及諸州にも、孔廟學校ありて、祭禮をなせり。しかれば天下の人、貴き賤しき、あまねく其敎にしたがひて、師とすべきこと言ふに及ばず。されど世界の内、聖人の敎を知らで、隨はざる國もあり。それは孟子のいはゆる、敎なければ禽獸に近きなり。是夷狄の、中華に及ばざる所なり。
新字:一もろこしは天地の中央にありて、風気の正しき国なれば、古よりさばかりの聖人賢人世に多く出でて、天下ををさめ、道を行ひ、人倫の法を立て、天地の道をつぎ行ひ給ふ。中について、孔子は六経を作り、堯舜以来、古の聖人の道を述べ、人倫の教を立て、天下万世にのこし給ふ。是天下万世の、師とし尊びて行ふべき則なり。故にもろこしも、外国も、其教をうけてしたがへり。しかれば、其教の、いたりて尊きこと、いへばおろかなりや。思ひやるべし。こゝを以て、古の帝王も、孔子を師とし尊び、其教をおもんじ、時々の祭を行ひ、其廟にまうでて、拝礼をなし給ふ。わが日の本にむかしは都の大学寮に、聖人及十哲の像を安置し、釈奠とて聖人をまつり給ふ礼ありき。又太宰府及諸州にも、孔廟学校ありて、祭礼をなせり。しかれば天下の人、貴き賤しき、あまねく其教にしたがひて、師とすべきこと言ふに及ばず。されど世界の内、聖人の教を知らで、随はざる国もあり。それは孟子のいはゆる、教なければ禽獣に近きなり。是夷狄の、中華に及ばざる所なり。
書き下し
一もろこしは天地の中央にありて、風気の正しき国なれば、古よりさばかりの聖人賢人世に多く出でて、天下ををさめ、道を行ひ、人倫の法を立て、天地の道をつぎ行ひ給ふ。中について、孔子は六経を作り、堯舜以来、古の聖人の道を述べ、人倫の教を立て、天下万世にのこし給ふ。是天下万世の、師とし尊びて行ふべき則なり。故にもろこしも、外国も、其教をうけてしたがへり。しかれば、其教の、いたりて尊きこと、いへばおろかなりや。思ひやるべし。ここを以て、古の帝王も、孔子を師とし尊び、其教をおもんじ、時々の祭を行ひ、其廟にまうでて、拝礼をなし給ふ。わが日の本にむかしは都の大学寮に、聖人及十哲の像を安置し、釈奠とて聖人をまつり給ふ礼ありき。又太宰府及び諸州にも、孔廟学校ありて、祭礼をなせり。しかれば天下の人、貴き賤しき、あまねく其教にしたがひて、師とすべきこと言ふに及ばず。されど世界の内、聖人の教を知らで、随はざる国もあり。それは孟子のいはゆる、教なければ禽獣に近きなり。是夷狄の、中華に及ばざる所なり。
現代語訳
中国は天地の中央にあって、風気の正しい国なので、昔からあれほど多くの聖人や賢人が世に出て、天下を治め、道を行い、人倫の法を立て、天地の道を受け継いで行われました。その中でも、孔子は六経を作り、堯・舜以来の昔の聖人の道を述べ、人倫の教えを立てて、天下万世に残されました。これは天下万世が師として尊び行うべき規範です。ゆえに中国も外国も、その教えを受けてしたがっています。だから、その教えがきわめて尊いことは、言うまでもないほどです。思いやるべきです。それゆえ昔の帝王も、孔子を師として尊び、その教えを重んじ、時々の祭りを行い、その廟に参って拝礼をなさいました。わが日本でも、昔は都の大学寮に聖人と十哲の像を安置し、釈奠といって聖人を祭られる礼がありました。また太宰府や諸国にも孔子の廟と学校があって、祭礼をしていました。だから天下の人は、身分の高い者も低い者も、あまねくその教えにしたがって師とすべきことは言うまでもありません。けれども世界の中には、聖人の教えを知らずにしたがわない国もあります。それは孟子のいう「教えがなければ禽獣に近い」というものです。これが夷狄が中華に及ばないところです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之一・総論一孔子の教は、常に異なる道にあらず。即天地の道也。天地の道を則として、人に示しをしへ給ふ故に、古人の言に、孔子は天の通事なりといへり。天地の道は、易簡とて、むつかしからずして知りやすく、事多からずして行ひやすし。天地の御心は、唯万物をめぐみ養ひ給ふより外に、心なければなり。人にありては仁也。是人の道也。仁の道も亦人をあはれみ養ふより外になければ、人の道も亦知りやすく行ひやすし。仁をわかちて五常となる。五常の性は、人の心に生れつきたる理なれば、外に求めずして我に求む。凡外にある物は、求むれども得がたし。我にある物は、求むれば必得やすし。聖人、其人の心に、各生れつきて具足せる道を以て、をしへ給へば、いかに愚なる賤の男賤の女も、知りやすく行ひやすし。
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『大和俗訓』自序あめつちのことわり、人の道は、古の聖人これを経典にしるし給ひ、其明かなる事、日月の天にかかれるが如くなれば、天下の目ある者は見ざる事なし。いにしへの人、天もし仲尼を生ぜずんば万世長夜の如くならんといへりしもむべなり。後世の諸賢又よく其志をつぎ、其事を述べ、経義を伝へて来裔をさとし給ふ。かれこれまことに天下後世の大なる幸なるべし。よくよまん人は、其理をしれらん事、たとへば日中に黒白をわかつが如くならん。あに世こぞりてこれをたふとび、身ををはるまで誦せざるべけんや。うらむらくは、わが日の本の俗のならひ、文字にかたくなにて、さばかり聰明の人も、おほくは聖学にうとし。又窮郷の晩進は、句読をならひうべき師友にともしく、高貴の家の子弟は、たはぶれあそびをたのしみ、安逸にならひて、学問などに身をくるしめん事いと遠ければ、稼穡の艱難を、すべてしらざるのみならず、五帝三王をも、是何物ぞと思へる疑をまぬかれがたし。
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『童子問』卷下夫れ人倫有れば、則ち天地立ち、人倫無ければ、則ち天地立たず。大凡天下の君臣・父子・夫婦・昆弟・朋友、親ら夫子の書を読み、夫子の教へに服せずと雖も、然も夫の人の仁義を善しとし、忠孝を崇び、君臣・父子・夫婦・昆弟・朋友の倫を失はざる者は、其れ誰の力ぞや。夫子の道の肌膚に浹り、骨髄に淪みて、永く自ら冥冥の中に行はるるに非ずんば、豈に能く然らんや。昔夫子管仲の仁を称して曰く、民今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾其れ髪を被り衽を左にせん、と。夫子の徳の盛んなるが若きは、之を管仲に視ぶれば、奚ぞ翅に万万のみならん。止だ天地の道を裁成輔相すと謂ふのみに非ず、仲尼は即ち天地なり。故に中庸之を賛して曰く、声名中国に洋溢し、施きて蛮貊に及ぶ。舟車の至る所、人力の通ずる所、天の覆ふ所、地の載する所、日月の昭らす所、霜露の隊つる所、凡そ血気有る者は、尊親せざる莫し。故に天に配すと曰ふ、と。夫子の堯舜より賢れる所以の実、略々知るべし。故に孔子を最上至極宇宙第一の聖人と為し、論語を最上至極宇宙第一の書と為す。所謂生民より以来、未だ孔子より盛んなるは有らざるなり。道を知る者に非ずんば、孰か能く之を識らん。難いかな難いかな。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一およそ人となる者は、人の道を知らずんばあるべからず。人の道を知らんとならば、聖人の教をたふとびて、其道を学ぶべし。いかんとなれば、聖人は人の至極なり。天地の道にしたがひて、人の道を教へ給へる万世の師なり。後代にのこしおき給ふ四書五経の教は、万世の鑑なり。其道理明なること、日月の天にかかれるが如く、天下ひろしといへども、照らざる所なし。よく読まん人は、天下の道理を知らん事、白日に黒白をわかつが如くなるべし。あに是を学ばざるべけんや。しかるに人となる者、人倫の道は天性に生れつきたれども、其道に志なくして、食にあき、衣をあたたかに著、居所をやすくしたるまでにて、聖人の教を学ばざれば、人の道なくして鳥けだものに近し。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡人となれるものは、皆天地の徳をうけ、心に仁義礼智信の五性を生れつきたれば、其性のままに随へば、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五倫の道行はる。是人の万物に勝れて尊き所なり。是を以て、人は万物の霊と云へるなるべし。霊とは、万物に勝れて明なる智あるを云へり。されども、食にあき、衣をあたたかに著、居所を安くするのみにて、人倫の教なければ、人の道を知らず、禽獣に近くして、万物の霊と云へるしるしなし。古の聖人是を憂ひ、師を立て、学び所を立て、天下の人に、幼き時より道を教へ給ひしかば、人の道立ちて、禽獣に近きことを免る。凡人の小なる業も、皆師なく教なくしては、自らは為し難し。況や人の大なる道は、古のさばかり賢き人といへど、学ばずして自らは知り難くて、皆聖人を師として学べり。
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『五常訓』巻之一・総論一およそ人となるものは、万物にすぐれ、五常の性を生れつき、道あるものなれども、食を飽くまでくらひ、衣を暖かに著、家をかまへて、身を安くしたるまでにて、道の教なければ、形は人なりといへども、其心、其行は、禽獣に近きこそうらめしけれ。古の聖人、是をうれひ給ひて、学校をたて、師をたてて、人たるの道を教へ学ばしめ給ふ。されば事の急ならざるやうにて、いたりて大切なる事は、学問よりおもきは無し。如何となれば、道はしばらくも離るべからず。人学問なく、道を知らざれば、人の道たたず。人と斯く生れつきたるかひなし。人生ふたたび得がたし。道を学ばずして、空しく過すべからず。ここを以て、朝に道を聞きては、夕に死すとも可なりと聖人ものたまへり。
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