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弘道館記述義 / 明倫正名・禄を食む者が報いるべき恩の本

臣彪謹案。寬永丙寅威公從台德大獻二公。朝於京師。始任權中納言叙三位。後又從大猷公入朝。厥後朝覲之禮不行。每有事不過使人西上輸奉上之誠。而至於位階官銜。則世視祖先之例無有沈滯。乃若家老以下陪臣之賤。亦敢辱爵命。朝廷之所以待武家可優渥矣。初威公之封於下妻食邑不過十萬石。及移封水戶食二十五萬石。東照宮嘗課諸侯脩名護屋城。又欲脩水戶城。召我國老蘆澤信重謂曰。吾將以明年臨水戶。親視其役。會其薨不果。台德公奉遺訓優待本藩。加三萬石。(所謂松岡及小川等是也。)大猷公又欲脩水戶城。旣課伊豆國穿山取石。事亦不果。(江戶隅田川東岸有石場者數所。便當時置伊豆石)之地。別封公子賴重於常陸下館。又改封於讚岐。義公嘗頒地於諸弟。及常憲公別賜邑於陸奧。其舊邑復歸於本藩。通算墾田號三十五萬石。然而與尾紀二國廣狹懸絕。其鹵簿禮數則鼎立頡頏。以故每有災害事故。幕府大出財弊以助之者無世無之。幕府之所以遇懿親亦可謂至厚矣。今夫國中士太夫沐浴太平之澤。儼然稱親藩麾下。而飽食暖衣佚樂是耽。其常言曰。苟不爲惡則可以保祿秩。甚則曰租入甚減何農夫之無狀也。廩米秕惡何有司之鄙吝也。嗚呼其租入孰賜之廩米孰給之。若其不爲惡者。樵夫牧豎蠶戶鹺丁之所當然。樵牧蠶鹺不收租入食廩米。而終身矻矻從事於山海林野。巨室世家則食而怠其事。僅以其不爲惡。比於蠶鹺樵牧之民。不亦可憫乎。抑亦盡思所以報其本者。何則曰父母也。君也。祖宗也。然則爲臣子者。誠宜正其身行其道。以事君父以報祖宗。爲邦君者亦宜撫育其士民。輔翼幕府以報列聖之鴻恩。詩曰勿念爾祖。聿脩其德。所謂推弘斯道發揚先德者。其亦在斯歟。

新字:臣彪謹案。寛永丙寅威公従台徳大献二公。朝於京師。始任権中納言叙三位。後又従大猷公入朝。厥後朝覲之礼不行。毎有事不過使人西上輸奉上之誠。而至於位階官銜。則世視祖先之例無有沈滞。乃若家老以下陪臣之賤。亦敢辱爵命。朝廷之所以待武家可優渥矣。初威公之封於下妻食邑不過十万石。及移封水戸食二十五万石。東照宮嘗課諸侯脩名護屋城。又欲脩水戸城。召我国老蘆沢信重謂曰。吾将以明年臨水戸。親視其役。会其薨不果。台徳公奉遺訓優待本藩。加三万石。(所謂松岡及小川等是也。)大猷公又欲脩水戸城。既課伊豆国穿山取石。事亦不果。(江戸隅田川東岸有石場者数所。便当時置伊豆石)之地。別封公子頼重於常陸下館。又改封於讃岐。義公嘗頒地於諸弟。及常憲公別賜邑於陸奥。其旧邑復帰於本藩。通算墾田号三十五万石。然而与尾紀二国広狭懸絶。其鹵簿礼数則鼎立頡頏。以故毎有災害事故。幕府大出財弊以助之者無世無之。幕府之所以遇懿親亦可謂至厚矣。今夫国中士太夫沐浴太平之沢。儼然称親藩麾下。而飽食暖衣佚楽是耽。其常言曰。苟不為悪則可以保禄秩。甚則曰租入甚減何農夫之無状也。廩米秕悪何有司之鄙吝也。嗚呼其租入孰賜之廩米孰給之。若其不為悪者。樵夫牧豎蠶戸鹺丁之所当然。樵牧蠶鹺不収租入食廩米。而終身矻矻従事於山海林野。巨室世家則食而怠其事。僅以其不為悪。比於蠶鹺樵牧之民。不亦可憫乎。抑亦尽思所以報其本者。何則曰父母也。君也。祖宗也。然則為臣子者。誠宜正其身行其道。以事君父以報祖宗。為邦君者亦宜撫育其士民。輔翼幕府以報列聖之鴻恩。詩曰勿念爾祖。聿脩其徳。所謂推弘斯道発揚先徳者。其亦在斯歟。

書き下し

臣彪謹んで案ずるに、寛永丙寅、威公、台徳・大猷二公に従ひ、京師に朝す。始めて権中納言に任ぜられ三位に叙せらる。後また大猷公に従ひて入朝す。厥の後、朝覲の礼行はれず。事有る毎に、人をして西上せしめ奉上の誠を輸すに過ぎず。而れども位階官銜に至りては、則ち世、祖先の例を視て沈滞有ること無し。乃ち家老以下陪臣の賤の若きも、亦敢へて爵命を辱くす。朝廷の武家を待つ所以、優渥と謂ふべし。初め威公の下妻に封ぜらるるや、食邑十万石に過ぎず。水戸に移封せらるるに及び、二十五万石を食む。東照宮嘗て諸侯に課して名護屋城を脩めしむ。又水戸城を脩めんと欲し、我が国老蘆沢信重を召して謂ひて曰く、吾将に明年水戸に臨み、親ら其の役を視んとすと。会々其の薨じて果たさず。台徳公遺訓を奉じて本藩を優待し、三万石を加ふ。(所謂松岡及び小川等是なり。)大猷公又水戸城を脩めんと欲し、既に伊豆国に課して山を穿ち石を取らしむ。事も亦果たさず。(江戸隅田川東岸に石場なる者数所有り。便ち当時伊豆石を置くの地なり)別に公子頼重を常陸下館に封ず。又讃岐に改封す。義公嘗て地を諸弟に頒つ。常憲公に及び、別に邑を陸奥に賜ふ。其の旧邑は本藩に復帰す。通算して墾田三十五万石と号す。然れども尾・紀二国と広狭懸絶す。其の鹵簿礼数は則ち鼎立頡頏す。以て故に災害事故有る毎に、幕府大いに財弊を出して以て之を助くる者、世として無きは無し。幕府の懿親を遇する所以、亦至厚と謂ふべし。今夫れ国中の士大夫、太平の沢に沐浴し、儼然として親藩麾下と称す。而して飽食暖衣、佚楽是れ耽る。其の常言に曰く、苟くも悪を為さざれば則ち以て禄秩を保つべしと。甚だしきは則ち曰く、租入甚だ減ず、何ぞ農夫の無状なるやと。廩米秕悪なり、何ぞ有司の鄙吝なるやと。嗚呼其の租入は孰れか之を賜ひ、廩米は孰れか之を給するや。若し其れ悪を為さざる者は、樵夫牧豎蚕戸鹺丁の当に然るべき所なり。樵牧蚕鹺は租入を収めず廩米を食らはずして、終身矻矻として山海林野に従事す。巨室世家は則ち食らひて其の事を怠る。僅かに其の悪を為さざるを以て、蚕鹺樵牧の民に比す。亦憫むべからずや。抑も亦尽く其の本に報ゆる所以を思へ。何となれば則ち父母なり、君なり、祖宗なり。然らば則ち臣子たる者、誠に宜しく其の身を正し其の道を行ひ、以て君父に事へ以て祖宗に報ゆべし。邦君たる者も亦宜しく其の士民を撫育し、幕府を輔翼し以て列聖の鴻恩に報ゆべし。詩に曰く、爾の祖を念ふ勿からんや、聿に其の徳を脩めよと。所謂斯の道を推弘し先徳を発揚する者は、其れ亦斯に在るか。

現代語訳

臣の彪(藤田東湖)が謹んで考えます。寛永3年(丙寅)、水戸藩の初代威公(徳川頼房)は、台徳公(二代将軍秀忠)と大猷公(三代将軍家光)に従って京都に上り、朝廷に参内しました。このとき初めて権中納言に任じられ、従三位に叙せられました。その後も大猷公に従って再び参内しています。それ以後は、朝覲(諸侯が朝廷に参ること)の礼は行われなくなり、何かあるたびに使者を西へ上らせて、朝廷にお仕えする誠を届けるだけになりました。それでも位階や官職の名については、代々祖先の例にならって滞ることがありません。家老以下の身分の低い家臣にまで、恐れ多くも爵位や官命が及んでいます。朝廷が武家を遇してくださるご厚情は、手厚いと言うべきです。 当初、威公が下妻に封じられたときの領地は十万石にすぎませんでした。水戸に移されると二十五万石を受けました。東照宮(徳川家康)はかつて諸侯に命じて名護屋城を修築させました。また水戸城も修築しようと考え、わが藩の国老の蘆沢信重を召して、「私は来年水戸へ行き、自ら工事を見ようと思う」と言いましたが、ちょうど家康公が亡くなり、果たせませんでした。台徳公は遺訓を奉じて水戸藩を厚く遇し、三万石を加えました(いわゆる松岡や小川などがこれです)。大猷公もまた水戸城を修築しようとして、すでに伊豆国に命じて山を切り石を取らせましたが、この事も果たせませんでした(江戸の隅田川東岸に石置き場が数か所あり、当時伊豆の石を置いた所です)。別に公子の頼重を常陸の下館に封じ、のち讃岐に移しました。義公(光圀)はかつて領地を弟たちに分け与え、常憲公(綱條)の代に、別に陸奥に邑を賜りました。その旧領は本藩に戻りました。通算して開墾田は三十五万石と称されます。しかし尾張・紀伊の二家とは広さに大きな開きがあります。それでも行列の儀仗や礼の格式は、三家が並び立って張り合うほどです。そのため災害や事故があるたびに、幕府が大いに財を出して助けなかった代はありません。幕府が近い親族(御三家)を遇する厚さも、きわめて手厚いと言うべきです。 ところが今、藩内の士大夫(武士たち)は太平の恩沢に浸り、威儀を正して「親藩の臣」と称しながら、飽きるほど食べ暖かく着て、安逸と楽しみにふけっています。その口ぐせは「悪事さえしなければ禄と地位は保てる」というものです。ひどい者は「年貢収入が大いに減った、農民はなんと不届きなことか」「支給米が粗悪だ、役人はなんとけちなことか」と言います。ああ、その収入は誰が与え、その支給米は誰が出しているのでしょうか。悪事をしないことなど、きこりや牛飼い、養蚕の家や塩焼きの者が当たり前にしていることです。きこり・牧夫・養蚕・塩焼きの者は、年貢収入を取らず支給米も食べず、一生こつこつと山や海や林野で働いています。ところが名家や旧家の者は、食べるばかりでその務めを怠り、わずかに悪事をしないというだけで、養蚕や塩焼き、きこりや牧夫の民と並べようとします。哀れむべきことではありませんか。そもそも、大本に報いる道を、思いを尽くして考えるべきです。その大本とは何か。父母であり、君であり、祖先です。そうであるなら、臣下や子たる者は、まことにわが身を正し、その道を行って、君や父に仕え、祖先に報いるべきです。藩主もまた、領内の士民を慈しみ育て、幕府を補佐して、歴代の聖人(天皇・将軍)の大恩に報いるべきです。『詩経』に「あなたの祖先を思わないでいられようか、そのために自らの徳を修めなさい」とあります。この道を押し広め、先人の徳を世に顕すということは、まさにここにあるのでしょう。

解説

禄を受けながら、悪事をしないだけで足りるとする安逸への戒めです。東湖は、年貢や支給米という報酬の出どころを思い、それに見合う務めを果たすべきだと説きます。背景には、幕府や朝廷から厚く遇されてきた水戸藩の来歴があります。現代の組織でも、給与や地位は顧客や同僚、先人の積み重ねに支えられています。管理職は、不祥事を起こさないことを最低線とせず、受けた恩にどう報いる成果を出しているかを自問し、部下にも示すことが求められます。

この章句が説くこと

弘道館記述義藤田東湖報恩禄安逸への戒め責任

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