近思録 / 巻9 制度
萃、「王假有廟」。傳曰:群生至衆也、而可一其歸仰。人心莫知其鄉也、而能致其誠敬。鬼神之不可度也、而能致其來格。天下萃合人心、總攝衆志之道非一。其至大莫過於宗廟。故王者萃天下之道至於有廟、則萃道之至也。祭祀之報、本於人心。聖人制禮以成其德耳。故豺獺能祭、其性然也。古者戍役、再期而還。今年春暮行、明年夏代者至。復留備秋、至過十一月而歸。又明年中春遣次戍者。每秋與冬初、兩番戍者皆在疆圉、乃今之防秋也。聖人無一事不順天時、故至日閉關。韓信多多益辦、只是分數明。伊川先生曰:管轄人亦須有法、徒嚴不濟事。今帥千人、能使千人依時及節得飯喫、只如此者亦能有幾人?嘗謂軍中夜驚、亞夫堅臥不起。不起善矣、然猶夜驚何也?亦是未盡善。管攝天下人心、收宗族、厚風俗、使人不忘本、須是明譜系、收世族、立宗子法。宗子法壞、則人不自知來處、以至流轉四方。往往親未絕不相識。今且試以一二巨公之家行之。其術要得拘守得。須是且如唐時立廟院。仍不得分割了祖業。使一人主之。凡人家法、須月爲一會以合族。古人有花樹韋家宗會法、可取也。每有族人遠來、亦一爲之。
新字:萃、「王仮有廟」。伝曰:群生至衆也、而可一其帰仰。人心莫知其郷也、而能致其誠敬。鬼神之不可度也、而能致其来格。天下萃合人心、総摂衆志之道非一。其至大莫過於宗廟。故王者萃天下之道至於有廟、則萃道之至也。祭祀之報、本於人心。聖人制礼以成其徳耳。故豺獺能祭、其性然也。古者戍役、再期而還。今年春暮行、明年夏代者至。復留備秋、至過十一月而帰。又明年中春遣次戍者。毎秋与冬初、両番戍者皆在疆圉、乃今之防秋也。聖人無一事不順天時、故至日閉関。韓信多多益辦、只是分数明。伊川先生曰:管轄人亦須有法、徒厳不済事。今帥千人、能使千人依時及節得飯喫、只如此者亦能有幾人?嘗謂軍中夜驚、亜夫堅臥不起。不起善矣、然猶夜驚何也?亦是未尽善。管摂天下人心、収宗族、厚風俗、使人不忘本、須是明譜系、収世族、立宗子法。宗子法壊、則人不自知来処、以至流転四方。往往親未絶不相識。今且試以一二巨公之家行之。其術要得拘守得。須是且如唐時立廟院。仍不得分割了祖業。使一人主之。凡人家法、須月為一会以合族。古人有花樹韋家宗会法、可取也。毎有族人遠来、亦一為之。
書き下し
萃は、「王有廟に仮る」。伝に曰く、群生は至りて衆きも、其の帰仰を一にすべし。人心は其の郷ふを知る莫きも、能く其の誠敬を致す。鬼神は度るべからざるも、能く其の来格を致す。天下の人心を萃合し、衆志を総摂するの道は一に非ず。其の至大なるは宗廟に過ぐるは莫し。故に王者天下を萃むるの道、廟有るに至れば、則ち萃の道の至りなり。祭祀の報は、人心に本づく。聖人礼を制して以て其の徳を成すのみ。故に豺獺も能く祭る、其の性然るなり。古者戍役は、再期にして還る。今年の春暮に行き、明年の夏代る者至る。復た留まりて秋に備へ、十一月を過ぐるに至りて帰る。又明年の中春に次の戍る者を遣はす。毎秋と冬の初と、両番の戍る者皆疆圉に在り、乃ち今の防秋なり。聖人は一事として天の時に順はざる無し、故に至日には関を閉づ。韓信多多益辦ずるは、只是れ分数明らかなればなり。伊川先生曰く、人を管轄するも亦須らく法有るべし、徒らに厳なるのみにては事を済さず。今千人を帥ゐて、能く千人をして時に依り節に及びて飯を得て喫せしむる、只此くの如き者も亦能く幾人か有らん。嘗て謂ふ、軍中夜驚くに、亜夫堅く臥して起きず。起きざるは善し、然れども猶ほ夜驚くは何ぞや。亦是れ未だ善を尽くさざるなり。天下の人心を管摂し、宗族を収め、風俗を厚くし、人をして本を忘れざらしむるは、須らく是れ譜系を明らかにし、世族を収め、宗子の法を立つべし。宗子の法壊るれば、則ち人自ら来処を知らず、以て四方に流転するに至る。往往にして親未だ絶えざるに相識らず。今且く試みに一二の巨公の家を以て之を行はん。其の術は拘守し得るを要す。須らく是れ且く唐時の如く廟院を立つべし。仍ほ祖業を分割し了ることを得ず。一人をして之を主らしむ。凡そ人家の法は、須らく月に一会を為して以て族を合すべし。古人に花樹韋家の宗会の法有り、取るべきなり。族人の遠くより来る有る毎に、亦一たび之を為す。
現代語訳
萃(あつまる)の卦に「王が廟に至る」とある。程伝に言う。生きとし生けるものはきわめて多いが、その帰依し仰ぐところを一つにすることができる。人の心はどこへ向かうか知れないが、その誠と敬を尽くさせることができる。鬼神ははかり知れないが、その来臨を招くことができる。天下の人心を集め合わせ、多くの志を束ねる道は一つではない。そのうちで最も大きいのは宗廟である。だから王者が天下を集める道が廟を持つに至れば、それが集める道の極みである。祭祀によって恩に報いることは人の心に根ざしている。聖人は礼を定めてその徳を成就させただけである。だから山犬や獺(かわうそ)でさえ(獲物を並べて)祭ることができる。その本性がそうなのである。昔の辺境の守備の役は、二年で帰還した。今年の春の終わりに出発し、翌年の夏に交代の者が到着する。さらに残って秋に備え、十一月を過ぎてから帰る。また翌年の春の半ばに次の守備兵を送る。毎年秋と冬の初めには、二組の守備兵がともに国境にいる。これが今の防秋(秋の異民族侵入に備える守り)である。聖人は一つとして天の時に従わない事はない。だから冬至の日には関所を閉じる。韓信(かんしん、漢の名将)が兵は多ければ多いほどうまく処理できたのは、ただ組織の編成と区分がはっきりしていたからである。伊川先生が言う。人を管轄するにも方法がなければならない。ただ厳しいだけでは事は成らない。今、千人を率いて、千人に時どきに合わせてきちんと飯を食べさせることができる者、それだけのことができる者ですら何人いるだろうか。かつて言ったことがある。軍中で夜に騒ぎが起きたとき、周亜夫(しゅうあふ、前漢の将軍)はしっかり横になったまま起きなかった。起きなかったのはよい。しかしそれでも夜に騒ぎが起きたのはなぜか。これもまだ善を尽くしていなかったのである。天下の人心を束ね、宗族をまとめ、風俗を厚くし、人に本を忘れさせないためには、系譜を明らかにし、代々の家柄をまとめ、宗子の法(本家の嫡子が一族を統べる制度)を立てなければならない。宗子の法が崩れれば、人は自分の出どころを知らず、四方に流れ歩くことになる。しばしば親族の縁がまだ切れていないのに互いを知らない。今とりあえず試みに一、二の大臣の家でこれを行いたい。その方法は、きちんと守り通せるものでなければならない。とりあえず唐の時代のように廟院を立てるべきである。それでいて祖先の財産を分割してしまってはならない。一人にこれを主宰させる。およそ家の法として、月に一度集まりを開いて一族を合わせるべきである。古人に花樹韋家(唐の韋氏一族が花の咲く木の下に集った)の宗会の法があり、取り入れるべきである。一族の者が遠くから来るたびに、また一度これを行う。
解説
この章句が説くこと
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『近思録』巻9 制度只一箇の尊卑上下の分有りて、然る後に従順に従ひて乱れざるなり。若し法以て之を聯属すること無くんば安んぞ可ならんや。且つ宗子の法を立つるも、亦是れ天理なり。譬へば木の必ず根より直上する一榦有り、亦必ず旁枝有るが如し。又水の、遠しと雖も必ず正源有り、亦必ず分派する処有るが如し。自然の勢なり。然れども又旁枝達して榦と為る者有り。故に曰く、「古者天子国を建て、諸侯宗を奪ふ」と云ふ。邢和叔明道先生の事を叙して云ふ、堯舜三代帝王の治、博大悠遠にして、上下天地と流れを同じくする所以の者は、先生固より已に黙して之を識る。礼楽を興造し、制度文為より、下は行帥用兵戦陣の法に至るまで、講ぜざる所無く、皆其の極に造る。外は夷狄の情状、山川道路の険易、辺鄙防戍城寨斥候控帯の要、究め知らざる靡し。其の吏事の操決、文法簿書、又皆精密詳練なり。先生の若きは通儒全才と謂ふべし。介甫「律は是れ八分の書なり」と言ふ、是れ他の見得たるなり。横渠先生曰く、兵謀師律は、聖人已むを得ずして之を用ふ。其の術は三王の方策、歴代の簡書に見ゆ。惟だ志士仁人のみ、能く其の遠き者大なる者を識り、素より求めて預め備へ、敢へて忽忘せずと為す。肉辟は今世の死刑の中に於て之を取れば、亦以て民の死を寛くするに足る。此を過ぐれば当に其の散ずることの久しきを念ふべし。呂与叔横渠先生の行状を撰して云ふ、先生慨然として三代の治に意有り。人を治むるの先務を論ずるに、未だ始めより経界を以て急と為さずんばあらず。嘗て曰く、仁政は必ず経界より始む。貧富均しからず、教養に法無し。治を言はんと欲すと雖も、皆苟のみ。世の行ひ難きを病む者は、未だ始めより亟かに富人の田を奪ふを以て辞と為さずんばあらず。然れども茲の法の行はるる、之を悦ぶ者衆し。
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『近思録』巻9 制度吉凶嫁娶の類、更に須らく相与に礼を為すべし。骨肉の意をして常に相通ぜしむ。骨肉の日に疎き者は、只相見ず、情相接せざるが為のみ。冠昏喪祭は、礼の大なる者なり。今人都て理会せず。豺獺すら皆本に報ゆるを知る。今士大夫の家多く此を忽せにす。奉養に厚くして先祖に薄し、甚だ不可なり。某嘗て六礼を脩む。大略家に必ず廟有り、廟に必ず主有り、月朔に必ず新を薦め、時祭には仲月を用ひ、冬至には始祖を祭り、立春には先祖を祭り、季秋には禰を祭り、忌日には主を遷して正寝に祭る。凡そ死に事ふるの礼は、当に生に奉ずる者より厚かるべし。人家能く此等の事数件を存し得れば、幼き者と雖も漸く礼義を知らしむべし。其の宅兆を卜するは、其の地の美悪を卜するなり。地美なれば則ち其の神霊安く、其の子孫盛んなり。然らば則ち曷をか地の美なる者と謂ふ。土色の光潤、草木の茂盛、乃ち其の験なり。而るに拘忌する者は惑ひて地の方位を択び、日の吉凶を決するを以てし、甚だしき者は先を奉ずるを以て計と為さずして、専ら後を利するを以て慮と為す。尤も孝子安厝の用心に非ざるなり。惟だ五患の者は慎まざるを得ず。須らく異日道路と為らず、城郭と為らず、溝池と為らず、貴勢の奪ふ所と為らず、耕犁の及ぶ所と為らざらしむべし。正叔云ふ、某が家喪を治むるに、浮図を用ひず。洛に在りても亦一二の人家之に化する有り。今宗子無し、故に朝廷に世臣無し。若し宗子の法を立つれば、則ち人祖を尊び本を重んずることを知る。人既に本を重んずれば、則ち朝廷の勢自ら尊し。古者は子弟父兄に従ひ、今は父兄子弟に従ふ、本を知らざるに由るなり。且く漢の高祖の沛を下さんと欲せし時の如き、只是れ帛書を以て沛の父老に与ふ。其の父兄便ち能く子弟を率ゐて之に従ふ。又相如の蜀に使ひせしが如き、亦書を移して父老を責め、然る後に子弟皆其の命を聴きて之に従ふ。
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『近思録』巻8 治体凡そ天下より一国一家に至り、万事に至るまで、和合せざる所以の者は、皆間有るに由るなり。間無ければ則ち合ふ。以て天地の生、万物の成に至るまで、皆合ひて而る後に能く遂ぐ。凡そ未だ合はざる者は、皆間有るなり。君臣父子親戚朋友の間の若き、離貳怨隙有る者は、蓋し讒邪其の間に間するなり。其の間隔を去りて之を合すれば、則ち和し且つ洽からざる無し。噬嗑は天下を治むるの大用なり。大畜の六五に曰く、「豶豕の牙、吉。」伝に曰く、物に総摂有り、事に機会有り。聖人其の要を操り得れば、則ち億兆の心を視ること猶ほ一心のごとし。之を道けば斯に行き、之を止むれば則ち戢む。故に労せずして治まる。其の用は豶豕の牙の若きなり。豕は剛躁の物なり。若し強ひて其の牙を制すれば、則ち力を用ふること労して止むること能はず。若し豶して其の勢を去れば、則ち牙存すと雖も剛躁自ら止む。君子豶豕の義に法り、天下の悪は力を以て制すべからざるを知れば、則ち其の機を察し、其の要を持し、其の本原を塞絶す。故に刑法の厳峻を仮らずして、悪自ら止む。且く盗を止むるが如き、民に欲心有り、利を見れば則ち動く。苟も教ふることを知らずして、饑寒に迫らば、刑殺日に施すと雖も、其れ能く億兆の利欲の心に勝たんや。聖人は則ち之を止むる所以の道を知り、威刑を尚ばずして、政教を脩む。之をして農桑の業有り、廉恥の道を知らしむれば、「之を賞すと雖も窃まず」。「解は西南に利あり、往く所無ければ、其れ来り復りて吉。往く攸有らば、夙くして吉。」伝に曰く、西南は坤の方なり。坤の体は広大平易なり。天下の難方に解け、人始めて艱苦を離るるに当り、復た煩苛厳急を以て之を治むべからず。当に済すに寛大簡易を以てすべし、乃ち其の宜しきなり。既に其の難を解きて安平無事なれば、是れ「往く所無し」なり。
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