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近思録 / 巻2 為学

「遜此志、務時敏、厥脩乃來。」雖仲尼之才之美、然且敏以求之。今持不逮之資、而欲徐徐以聽其自適、非所聞也。明善爲本。固執之乃立、擴充之乃大、易視之則小。在人能弘之而已。今且只將尊德性而道問學爲心、日自求於問學者有所背否?於德性有所懈否?此義亦是博文約禮、下學上達、以此警策一年、安得不長?每日須求多少爲益。知所亡、改得少不善。此德性上之益。讀書求義理。編書須理會有所歸著、勿徒寫過。又多識前言往行。此問學上益也。勿使有俄頃間度。逐日似此、三年、庶幾有進。

新字:「遜此志、務時敏、厥脩乃来。」雖仲尼之才之美、然且敏以求之。今持不逮之資、而欲徐徐以聴其自適、非所聞也。明善為本。固執之乃立、擴充之乃大、易視之則小。在人能弘之而已。今且只将尊徳性而道問学為心、日自求於問学者有所背否?於徳性有所懈否?此義亦是博文約礼、下学上達、以此警策一年、安得不長?毎日須求多少為益。知所亡、改得少不善。此徳性上之益。読書求義理。編書須理会有所帰著、勿徒写過。又多識前言往行。此問学上益也。勿使有俄頃間度。逐日似此、三年、庶幾有進。

書き下し

「志を遜(へりくだ)り、務めて時に敏なれば、厥の修乃ち来たる」。仲尼の才の美と雖も、然も且つ敏にして以て之を求む。今逮ばざるの資を持して、徐徐として以て其の自ら適くを聴かんと欲するは、聞く所に非ざるなり。善を明らかにするを本と為す。之を固執すれば乃ち立ち、之を拡充すれば乃ち大に、之を易視すれば則ち小なり。人の能く之を弘むるに在るのみ。今且く只だ徳性を尊びて問学に道るを将て心と為し、日に自ら問学に於て背く所有りや否や、徳性に於て懈る所有りや否やを求めよ。此の義も亦た是れ文を博くし礼を約し、下学上達なり、此を以て一年警策せば、安んぞ長ぜざるを得んや。毎日須らく多少を求めて益と為すべし。亡き所を知り、少しの不善を改め得。此れ徳性上の益なり。書を読みて義理を求む。書を編むには須らく理会して帰著する所有るべし、徒に写し過ぐること勿れ。又多く前言往行を識る。此れ問学上の益なり。俄頃の間度有らしむること勿れ。逐日此に似(ごと)くすること、三年ならば、庶幾はくは進むこと有らん。

現代語訳

『書経』に「志をへりくだらせ、時を逃さず努めれば、その修養はおのずとやって来る」とある。孔子(仲尼)ほど才能が優れていても、なお機敏に努めて道を求めた。いま及ばない資質しか持たないのに、ゆっくりと自然の成り行きに任せようとするのは、聞いたことがない。善を明らかにすることを根本とする。それを固く守れば立ち、それを押し広げれば大きくなり、それを軽く見れば小さくなる。人がそれを広げられるかどうかにかかっているだけである。いまはひとまず、ただ「徳性を尊び問学による」ことを心がけ、毎日自分で、問学において背いているところはないか、徳性において怠っているところはないかを問え。このことはまた、「広く文を学び礼で締めくくる」ことであり、「身近なところから学んで高きに達する」ことでもある。これで一年間自分を戒め励ませば、どうして成長しないことがあろうか。毎日、多少なりとも得るところを求めなければならない。自分に欠けているものを知り、少しでも不善を改める。これが徳性の上での益である。書物を読んで義理を求める。書物をまとめるときは、よく理解して行き着くところがなければならず、ただ書き写して終わりにしてはならない。また昔の人の言葉と行いを多く知る。これが問学の上での益である。わずかな間も途切れさせてはならない。毎日このようにして三年続ければ、きっと進歩があるだろう。

解説

張載が門人に与えた語である。『書経』の「志を遜り時に敏なれ」を引き、孔子ほどの才でもなお機敏に努めたのに、及ばない資質の者が成り行き任せにするのはおかしいと戒める。そのうえで、『中庸』の「徳性を尊びて問学に道る」を日々の自己点検の基準とし、徳性の面では欠けているものを知って少しでも不善を改め、問学の面では書物を読んで義理を求め、前人の言行を知るという具体的な方法を示す。一年警策すれば必ず伸びる、三年続ければ進歩があるという期限の示し方は、張載の教育が観念的ではなく、実践的であったことを示している。毎日の振り返りと小さな改善を続けることは、現代の仕事術でも成長の基本とされる習慣そのものである。

この章句が説くこと

徳性問学日課敏三年

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