近思録 / 巻2 為学
爲天地立心、爲生民立道、爲去聖繼絕學、爲萬世開太平。
新字:為天地立心、為生民立道、為去聖継絶学、為万世開太平。
書き下し
天地の為に心を立て、生民の為に道を立て、去聖の為に絶学を継ぎ、万世の為に太平を開く。
現代語訳
天地のために心を立て、人々のために道を立て、いにしえの聖人のために絶えた学問を継ぎ、万世のために太平をひらく。
解説
張載の四句として知られ、中国の知識人の志を表す言葉として千年近く引かれてきた。わずか二十数字に、四つの対象が並ぶ。天地、人々、過去の聖人、そして万世の後。自分の一代で完結する目標が一つもないのが特徴である。絶えた学問を継ぐという第三句は過去に向かい、太平をひらくという第四句は未来へ向かう。自分は受け渡しの一点にすぎない、という位置づけがそこにある。志の大きさを説くというより、志の向きを定めた言葉として読みたい。近思録が巻二「為学」の終盤にこれを置いたのは、学びが何のためにあるかの答えとしてである。
この章句が説くこと
横渠四句天地の為に心を立つ絶学を継ぐ万世の為に太平を開く修身
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