墨子 / 節葬下
處喪之法將奈何哉?曰:哭泣不秩聲,翁縗絰,垂涕,處倚廬,寢苫枕凷又相率强不食而為饑,不衣而為寒,使面目陷顔色黧黑,耳目不聰明,手足不勁强,不可用也。又曰:上士之持喪也,必扶而後起,杖而後行,以此共三年。
新字:処喪之法将奈何哉?曰:哭泣不秩声,翁縗絰,垂涕,処倚廬,寝苫枕凷又相率強不食而為饑,不衣而為寒,使面目陥顔色黧黒,耳目不聰明,手足不勁強,不可用也。又曰:上士之持喪也,必扶而後起,杖而後行,以此共三年。
書き下し
喪に處るの法は將に奈何せんとするや。曰く、哭泣、聲を秩てず、翁縗絰し、涕を垂れ、倚廬に處り、苫に寢ね凷を枕とす。又た相い率いて强いて食わずして饑を為し、衣ずして寒を為し、面目をして陷らしめ顔色を黧黑ならしめ、耳目、聰明ならず、手足、勁强ならず、用う可からざらしむ。又た曰く、上士の喪を持するや、必ず扶けられて後に起ち、杖つきて後に行く。此を以て三年を共にす、と。
現代語訳
喪に服する作法はどうするのか。泣き声は整えず、粗い喪服をまとい、涙を垂らし、仮小屋に住み、藁に寝て土くれを枕とする。さらに互いに励まし合って無理に食べずに飢え、着ずに寒がり、顔をやつれさせ顔色を青黒くさせ、耳目は明晰でなく、手足は力が入らず、使い物にならなくなる。さらにいう、上等の士が喪に服するときは、必ず助けられてやっと起き、杖をついてやっと歩く。それを三年続ける、と。
解説
喪の作法を、身体への影響として記述します。顔がやつれ、顔色が変わり、耳目が働かず、手足に力が入らない。「不可用也」——使い物にならない、という一句で締めるのが墨子です。作法を尊いか否かではなく、それによって人がどうなるかで書く。しかもそれを三年続ける。次章で、この三年が誰にどう及ぶかが計算されます。
この章句が説くこと
作法身体稼働三年記述
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