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近思録 / 巻1 道体

彼自蔽塞而不知順吾理者、則亦末如之何矣。一故神。譬之人身、四體皆一物、故觸之而無不覺。不待心使至此而後覺也。此所謂「感而遂通」、「不行而至、不疾而速」也。心統性情者也。凡物莫不有是性。由通蔽開塞、所以有人物之別。由蔽有厚薄、故有知愚之別。塞者牢不可開。厚者可以開而開之也難。薄者開之也易。開則達於天道與聖人。

新字:彼自蔽塞而不知順吾理者、則亦末如之何矣。一故神。譬之人身、四体皆一物、故触之而無不覚。不待心使至此而後覚也。此所謂「感而遂通」、「不行而至、不疾而速」也。心統性情者也。凡物莫不有是性。由通蔽開塞、所以有人物之別。由蔽有厚薄、故有知愚之別。塞者牢不可開。厚者可以開而開之也難。薄者開之也易。開則達於天道与聖人。

書き下し

彼の自ら蔽塞して吾が理に順ふことを知らざる者は、則ち亦た之を如何ともする末(な)し。一なるが故に神なり。之を人身に譬ふれば、四体皆一物なり、故に之に触るれば覚えざる無し。心の使ひて此に至らしめて後に覚ゆるを待たざるなり。此れ所謂「感じて遂に通ず」、「行かずして至り、疾からずして速やかなり」なり。心は性情を統ぶる者なり。凡そ物に是の性有らざる莫し。通蔽開塞に由りて、人物の別有る所以なり。蔽に厚薄有るに由りて、故に知愚の別有り。塞がる者は牢として開くべからず。厚き者は以て開くべくして之を開くこと難し。薄き者は之を開くこと易し。開けば則ち天道と聖人とに達す。

現代語訳

自ら覆い塞がれて、わが理に従うことを知らない者に対しては、どうしようもない。一つであるからこそ神妙なのである。人の身体にたとえれば、手足はみな一つの物である。だからどこに触れても感じないことはない。心が命じてそこまで行かせてから初めて感じるのを待つのではない。これがいわゆる『易』の「感じてついに通じる」であり、「行かずして至り、急がずして速い」ということである。心とは性と情を統べるものである。およそ物にこの性がないものはない。通じているか覆われているか、開いているか塞がっているかによって、人と物の区別が生じる。覆いに厚い薄いがあることによって、知者と愚者の区別が生じる。塞がっているものは固くて開くことができない。厚いものは開くことはできるが、開くのが難しい。薄いものは開きやすい。開けば、天の道と聖人に到達する。

解説

張載(横渠)の語を集めた一段である。万物は一つであるから神妙に感応し合うことを、身体のどこに触れてもすぐに感じることにたとえる。「心は性情を統ぶる者なり」は張載の短い一句だが、朱熹がこれを最も重んじ、自らの心性論の要とした言葉として名高い。心が本体としての性と、はたらきとしての情を統べるという構図である。後半は、性は万物に共通だが、それを覆う蔽いの厚薄によって人と物、知者と愚者の違いが生じるとし、薄ければ開きやすく、開けば聖人にも至りうるとする。人の差を生まれの違いではなく、覆いの厚さの違いとして見る考え方である。育成の場面で、相手の覆いがどれほど厚いかを見極め、根気よく開いていく姿勢の大切さを教えてくれる。

この章句が説くこと

心統性情感通蔽塞知愚一体

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