近思録 / 巻1 道体
此卷論性之本原、道之體性、蓋學問之綱領也。
新字:此巻論性之本原、道之体性、蓋学問之綱領也。
書き下し
此の巻は性の本原、道の体性を論ず。蓋し学問の綱領なり。
現代語訳
この巻は、人の性(本性)がどこから来るのかという根本と、道そのものの本体とあり方を論じる。思うに、これこそ学問全体の大綱である。
解説
『近思録』巻一「道体」の冒頭に置かれた、編者による巻の解題である。朱熹と呂祖謙は北宋の周敦頤・程顥(明道)・程頤(伊川)・張載(横渠)の語を十四巻に分類したが、その最初に据えたのが、人の本性と道の本体を論じる巻であった。理と気、性即理といった朱子学の骨格はここに集まっている。ただし朱熹自身は、初学者がいきなりこの巻に取り組むと難しすぎるとも述べ、分かりにくければ後の巻から読めばよいとした。根本の考え方を最初に示しつつ、実践の手がかりは後に回すという構成である。仕事でも、組織の理念や原理を最初に掲げることと、それを日々の具体的な行動に落とすことは別の工程であり、両方がそろってはじめて全体が見通せる。
この章句が説くこと
道体性理学問の綱領
関連する章句
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『呻吟語』内篇・應務・理を推して是れ視る時勢を以て理を低昂する者は、眾人なり。理を以て時勢を低昂する者は、賢人なり。理を推して是れ視、低昂する所無き者は、聖人なり。
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『呻吟語』外篇・品藻・惟だ其の理のみ勢の為す可からずして猶ほ之を為す者有るは、惟だ其の理のみ。此を知らば則ち三仁は五臣と事功を比す可く、孔子は堯・舜と政治を較ぶ可し。
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『呻吟語』内篇・談道・勢は帝王の權、理は聖人の權公卿朝に爭議するに、天子に命有りと曰へば、則ち屏然として敢へて屈直せず。師儒學に相辯ずるに、孔子に言有りと曰へば、則ち寂然として敢へて異同せず。故に天地の間、惟だ理と勢とを最尊と為す。然りと雖も、理は又尊の尊なり。廟堂の上に理を言へば、則ち天子も勢を以て相奪ふを得ず。即し相奪ふとも、理は則ち常に天下萬世に伸ぶ。故に勢は、帝王の權なり。理は、聖人の權なり。帝王に聖人の理無くんば、則ち其の權時有りて屈す。然らば則ち理なる者は、又勢の恃みて以て存亡を為す所なり。莫大の權を以て僭竊の禁無し。此れ儒者の辭せずして敢へて斯道の南面に任ずる所以なり。
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『呻吟語』内篇・談道・理一にして氣・勢・利は三なり先天は、理のみ。後天は、氣のみ。天下は、勢のみ。人情は、利のみ。理は一にして、氣・勢・利は三なり。勝負知る可し。
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『呻吟語』内篇・應務・理を貶せず、又た人を駭かさず君子の事に處するに真見有るも、遽かに行はざるなり。又た眾見を驗し、眾情を察し、諸を理に協へて協ひ、諸を眾情・眾見に協へて協へば、則ち斷じて以て必ず行ふ。果たして理は當然にして、眾情・眾見の協はざるや、又た委曲して以て吾が理を行ふ。既に理を貶せず、又た人を駭かさず。此れを之れ理術と謂ふ。噫、惟だ聖人のみ之を能くす。獵較の類是れなり。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段曰く、汝は理を直ちに命と云ふ、是大いに誤れり。理は玉の理なり。又総て物の理なれば、通るまでのことにて死物なり。命は、書経にも、惟れ命は常に于てせずと云へり。天の降せる命なれば、活物の性なり。斯くのごとく別なり。然るを、死活を以て一致とするは如何なることぞ。
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