淇園答要抄録 / 士と庶人との道の別の事・四民が助け養い合う人の道
士と庶人との道の別の事略相知れ申候得共今一應申進じ候樣被仰越承り候、此義はまづ人の道と申事を御存じ無之候ては分明なり難く候、凡人は天地の中和の氣を請て生れたるもの故に、形は百萬億の分のあれども其道は一和に歸する事に成行ものに候故に、士は民をはじめ安んずる事を任じて、農は士を養ひ又其爲に食を出す、工は士に役せられて又天下の爲に器を出す、商も又士に役せられて天下のために財を通わす、如此に四民の業を相助け相養ふの姿に出來る事は往古より人々立合せられて如此なりたるにはあらず、天地の自然にて此四民の別となりて相助け養はせり、父子君臣夫婦長幼朋友の道もまた皆相輔養する事を道とせるもの也、此輔養する所を勉强して行ふを仁といふ、相輔養する所にてわが分を見しりて其宜敷をとる度量を義といふ、故に仁義は人の道なるをいふ事也、禮の表記に子言之仁者天下之表也義者天下之制也報者天下之利也といへる語有、是は仁の其身を勉强して義に從ひ行ふ事は天下の人々の表に立る所のもの也、
新字:士と庶人との道の別の事略相知れ申候得共今一応申進じ候様被仰越承り候、此義はまづ人の道と申事を御存じ無之候ては分明なり難く候、凡人は天地の中和の気を請て生れたるもの故に、形は百万億の分のあれども其道は一和に帰する事に成行ものに候故に、士は民をはじめ安んずる事を任じて、農は士を養ひ又其為に食を出す、工は士に役せられて又天下の為に器を出す、商も又士に役せられて天下のために財を通わす、如此に四民の業を相助け相養ふの姿に出来る事は往古より人々立合せられて如此なりたるにはあらず、天地の自然にて此四民の別となりて相助け養はせり、父子君臣夫婦長幼朋友の道もまた皆相輔養する事を道とせるもの也、此輔養する所を勉強して行ふを仁といふ、相輔養する所にてわが分を見しりて其宜敷をとる度量を義といふ、故に仁義は人の道なるをいふ事也、礼の表記に子言之仁者天下之表也義者天下之制也報者天下之利也といへる語有、是は仁の其身を勉強して義に従ひ行ふ事は天下の人々の表に立る所のもの也、
書き下し
士と庶人との道の別の事略相知れ申候得共今一應申進じ候樣被仰越承り候、此義はまづ人の道と申事を御存じ無之候ては分明なり難く候、凡人は天地の中和の氣を請て生れたるもの故に、形は百萬億の分のあれども其道は一和に歸する事に成行ものに候故に、士は民をはじめ安んずる事を任じて、農は士を養ひ又其爲に食を出す、工は士に役せられて又天下の爲に器を出す、商も又士に役せられて天下のために財を通わす、如此に四民の業を相助け相養ふの姿に出來る事は往古より人々立合せられて如此なりたるにはあらず、天地の自然にて此四民の別となりて相助け養はせり、父子君臣夫婦長幼朋友の道もまた皆相輔養する事を道とせるもの也、此輔養する所を勉强して行ふを仁といふ、相輔養する所にてわが分を見しりて其宜敷をとる度量を義といふ、故に仁義は人の道なるをいふ事也、禮の表記に子言之仁者天下之表也義者天下之制也報者天下之利也といへる語有、是は仁の其身を勉强して義に從ひ行ふ事は天下の人々の表に立る所のもの也、
現代語訳
士と庶人との道の違いはおおよそ分かりましたが、いま一度申し上げるようにとのお言葉を承りました。このことは、まず人の道ということをご存じなくては、はっきりしにくいことです。そもそも人は天地の中和の気を受けて生まれたものですから、形は百万億の違いがあっても、その道は一和に帰することになるものです。それゆえ、士は民を安んじることを最初から任とし、農は士を養いまた士のために食を出し、工は士に役せられて天下のために器を出し、商もまた士に役せられて天下のために財を通わせます。このように四民の業が互いに助け養い合う姿になっているのは、昔から人々が示し合わせてそうなったのではなく、天地の自然によってこの四民の別となり、互いに助け養っているのです。父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の道も、またみな互いに輔養することを道としています。この輔養することを勉強して行うのを仁といいます。互いに輔養する中で自分の分を見知り、その宜しきを取る度量を義といいます。だから仁義は人の道であると言うのです。『礼記』表記に「子の言に、仁は天下の表であり、義は天下の制であり、報は天下の利である」という語があります。これは、仁とは、その身を勉強して義に従い行うことで、天下の人々の手本に立つものだということです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『淇園答要抄録』・士と庶人との道の別の事・常禄のある士が礼で身を修める理由其從ひ行ふ所を己が心にて身分〳〵の相應を見量りて其分を取る事は天下の人々の制望を主る所のもの也、仁義に從へば各其報を得る故に、士は三民よりこれを報じて食邑あらしめまた是が役をとり、三民士より是を報じて是が難を救ひ是をおしへて安からしむ、是天下の人々の利する所也といひ給へり、四民の道元來皆如此なるものなれども、士には常祿有て衣食の憂ひなし、孟子にも無恆產而有恆心唯士爲能といへる是なり、三民は常祿なき故に常ゝ衣食の營みに心身を勞する事也、心身を勞する事を苦しむ故に夫によりて或は仁義の道を忘れて己獨利を專らにせんとする事あり、如此なれば爭亂の生ずる故に士は是を治めて和順する事を敎へ、其おしゆる人に私慾あれば人を敎ゆる事行はれざる故に、常に禮制によりて其身を修する事が入用也、三民は家業に隙なく夫を以て父母妻子を養ふ故に一々禮制に從ふ事不能して只孝悌忠信を失なはざる事を要として其他の制はこれを君上に仰ぎ聽くのみ、これが士と庶人との道の分れなりと可被思召候、
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『徂徠先生答問書』卷上是のみに限らず。世界の惣体を士農工商の四民に立候事も、古者聖人の御立候事にて、天地自然に四民有之候にては無御座候。農は田を耕して、世界の人を養ひ、工は家器を作りて世界の人につかはせ、商は有無をかよはして世界の人の手伝をなし、士は是を治めて乱れぬやうにいたし候。各其自の役をのみいたし候へ共、相互に助けあひて、一色かけ候ても国土は立不申候。されば人はものすきなる物にて、はなれ〴〵に別なる物にては無之候へば、満世界の人こと〴〵く人君の民の父母となり給ふを助け候役人に候。如是御覧候はゞよく相済可申事に候。此故に士大夫の事を君子と申候。君子と申候は、子は男子の通称にて君徳ある男子と申事にて候。孔子の君子仁を去ていづくんぞ名を成んと被仰候も、君子といふ名は仁よりつけたる物と申事にて御座候。
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『淇園答要抄録』・士たるの心得の誤りの事・士の本義は民を安んじること扨其用を爲す處を問へば國中に亂の起りたるときは一番鑓を突主人の馬前にて命を捨て討死をすれば己が身の任は相濟事なりといふて、當今の天下は太平なるにあてもなき兵亂の事を宛にして其時の用ある身なりと誇りのゝしる、是等は其詞に相違あるまじきが我は逃人とはいはれまじき也、何れにもせよあてにもなき兵亂をあてにして其時の用に立ものゆへに今日の衣食を唯取にする事は、假令ば津波のうつ時に此一村の人を舟にて救ふべしといふて山林に養はれて居る船頭の如くなるもの成るべし、さあらば津波の打んときに出來りて救ふべきか、津波の氣も見へざるに空腕をいひて今日の衣食を費す事は、先祖の事は先祖の事にして、今日の所第一は不義なるべし、是等の俗論はみな四民の內の士たる本職を考へて古義を不知してかゝる道理もなき拔句をさゝやきて世を欺き其暮す事になりたる者也、古人の士たる義は左には非ず、論語に子路の問に何如斯可謂之士矣子曰切々偲々怡々如也可謂士矣朋友切々偲々兄弟怡々と答ひ給へり、凡士は四民の一の名なり、天子諸侯大夫皆士なり、天子諸侯大夫は爵位なり、故に儀禮には天子の元子猶子也といへり、猶子とは矢張士なりといふ義也、士の爵位を得ざる木地の所が士といふものにて民を安んずる事を志として其業を事とするもの也、民を安んずるといふことは亂世には干戈矢石を冒し暴惡を禦ぎ伐て民の患難をすくひ治世には其身に義を行ひて三民の表準となる事を心懸るを士といふ、故に朋友には切々として諫め偲々として善く導き兄弟には天倫の和を失はざる事を欲して怡々として虛心にして容受することを務め剛柔に偏ならずして其時宜を行ふゆへに士といふべしと云給へる也、
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『淇園答要抄録』・士たるの心得の誤りの事・士は君子の徳を学び、不義を改める天子には天子の任あり諸侯には諸侯の任あり大夫には大夫の任あるをば其別とす、中にも天子は至尊、諸侯は其次なり、天の命を得給ふにあらざれば其位に居る事を不得、大夫は政をとりて民人を安んずるの任にてしかも其材德を以て其位に進むるを得べきを以て、士は常に大夫の位に居る事を得べきの德を其身になすことを道として是を學ぶ、其德は則所謂君子の德也、君子の德の事はなを易論語孟子等にて御考ひ可被成候事也、扨右の如く士は天子諸侯大夫と同じ志の木地なれども、人倫の道には別に大義といふものありて、天命のある所の天子諸侯により仕へて君とせざれば其義を失ふものとなる事なる故に、子路の語に不仕不義といへり、されば義あるに依て君臣たれども其君に命ぜられて取扱ふ所の官事は則其身に付たる天分の事也、易の蠱の卦の上九に不事王侯高尚其事と云へるは則此事にて、王侯の爲に取扱せずして其事は互に天より命ぜられたる事といふべき也、禮の表記にも此語を臣たる道に合せて是を引けるに、後世の儒說には德者の事の樣に說たるは謬說なり、士たるの道如此なる道ゆへに全躰の道理を以ておしていへばいつまでも浪人して仕へぬといふ事はなき筈也、されども是は時と勢とも有事なれば或は一槪にも言難かるべし、扨士たるものゝ子孫世々士たるは農工たるものゝ子孫の世々農工たる如きものなれば、志をば其父祖の業を繼ぎて勉强せざれば叶はぬ事也、其先代の士の道はかゝるものなりとしらざりしは是非もなき事なり、かゝるものとしりたる士にも其非を改めざるは不義の至りなり、不義の至りなる所に身を處する事どもの咎もおそろしき事と可被思召候、
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『柳子新論抄録』・天民・四つの天民と士の務め古者の所謂天民なる者は、其の數四つなり。曰く士、曰く農、曰く工、曰く商。士は善く官政に服して、以て天下の義を勸め、農は善く稼穡を務めて、以て天下の食を足らし、工は善く器物を制して、以て天下の用を濟ひ、商は善く貿易を爲して、以て天下の財を通ず。此の四者は、上は天職を奉じ、下は人事を濟ひ、相愛し相養ひ、相輔け相成す。一日も以て相無かるべからざる者なり。先王の民を視ること、其の子を視るが如く、民の先王を視ること、其の父母を視るが如し。父母は善く子を敎へ、子は善く父母を養ひて、道其の中に存す。是を以て上下和睦し、怨惡有ること無く、國以て治まり、人以て安し。猶ほ且つ憂慮する所有り。官を立て職を命じ、禮樂以て之を導き、號令以て之を敎へ、秩祿以て之を富まし、爵位以て之を貴くし、衣冠以て之を文り、干戈以て之を威し、之が才を量りて以て之に事を命じ、卒ふるに義を以てし、之を使ふに時を以てし、賞罰信有り、黜陟典有り。而して後に兆民之に懷き、四國之に化す。是の故に士は四民に長たりて、天職を共にする者なり。士は君命を奉じ、天下に令する者なり。士は仁義を行ひて、庶政を輔くる者なり。士は忠信を體して、德敎を布く者なり。當今の時、士氣大いに衰へ、內に廉恥の心無く、外に匡救の功無し。上は天職を廢し、下は人事を誤る。豈に商賈と利を爭ひ、農を妨げ工を傷つけ、殘害して以て威と稱し、飽食暖衣、逸居して以て德と稱せんや。日に其の粟を食らひ、日に其の器を用ゐて、之に報ゆる所以を知らず。驕奢俗を成し、身貧しく家乏しく、秩祿贍らずして、給を商賈に取り、假りて還さず、爭論並びに起こる。賈豎の利に黠きこと、少くして成るは故の如く、習慣は自然の如し。先づ勝つべからざるを爲して、敵の勝つべきを待つ。彈唇鼓舌、智巧百出、烏獲も之が爲に怯え、
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『明君家訓』第20条(一)古より四民とて、天下の人を士農工商の四色にわかちおき、それ〱に主どる所の職をつけ申事にて候、しかるに、農は耕作をつとめて米穀を出し、工はあるひは梓匠となりて室屋をかまへ、あるひは陶冶となりて器物をつくり、商は賣買をいとなみて有無を通じ、此三民にて天下の用をたし申候、扱、義理と申もの一つをば、士の職と定申事にて候、此義理と申もの、色もなく臭もなきものに候ゆへ、彼三民の所作とは事かはり候て、急度つかさどる人を定申さず候ても、其分の樣に候へ共、此義理の筋目、天下にほろび候ては人に廉恥の心なく成、互に相欺き、たがひに相掠め、をのづから畏憚る所もなく、終には子も父を父とせず、臣も君を君とせず、大亂にも及び申事にて候、それゆへ士と申ものをたてゝ、義理をまもらせ、彼三民の上に置申候、平生手をあそばしめてをりながら、百姓町人を思ふさまにをしさげ候へども、かれらもおそれうやまひ申事は、士は職とする所のたかきゆへにて候、しかるところに、當代士として飽迄利欲にふけり、深く金銀をむさぼり、町人等に對し權柄を以て物をしかすむるともがら有之候、

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