秘本玉くしげ / 下 織豊の軍に学ぶ
此二つはいかにも弓の肝要にはあれども、實用はあながちこれらのみにも限るべからず。其外にも敵をうけたるとき、ふせぐにも攻るにもこれを用ひて利方おほからんやうを考ふべし。又馬を乘とても、ただ馬にばかりいかほどよく乘ても實用には益すくなし。ただ馬上にての働きを心がくべし。馬に乘ほどの人は、今の火消などの如く、ただ下知ばかりをしてすむものと思ひても大に違ふべし。軍書を見て、むかしの馬上の働きをしるべき也。すべて武術を稽古するには、何によらずみな此心がけ肝要たるべき也。武道軍術のためには、とかく軍談の書を常常見るがよき也。それも源平盛衰記、太平記などの類は、おもしろくはあれども、よほど時代ふるきゆゑに、近世とはもやうの違ひたる事多し。ただ足利の代の末つかたの戰のやうをよく考ふべし。殊に織田豐臣の御時代の軍は、古今にすぐれてたぐひなく功者なるもの也。大がい武士は、つねづねかの時代に在て、かの戰の中にまじり居る心持になりて、武道をば心がくべき事也。
新字:此二つはいかにも弓の肝要にはあれども、実用はあながちこれらのみにも限るべからず。其外にも敵をうけたるとき、ふせぐにも攻るにもこれを用ひて利方おほからんやうを考ふべし。又馬を乗とても、ただ馬にばかりいかほどよく乗ても実用には益すくなし。ただ馬上にての働きを心がくべし。馬に乗ほどの人は、今の火消などの如く、ただ下知ばかりをしてすむものと思ひても大に違ふべし。軍書を見て、むかしの馬上の働きをしるべき也。すべて武術を稽古するには、何によらずみな此心がけ肝要たるべき也。武道軍術のためには、とかく軍談の書を常常見るがよき也。それも源平盛衰記、太平記などの類は、おもしろくはあれども、よほど時代ふるきゆゑに、近世とはもやうの違ひたる事多し。ただ足利の代の末つかたの戦のやうをよく考ふべし。殊に織田豊臣の御時代の軍は、古今にすぐれてたぐひなく功者なるもの也。大がい武士は、つねづねかの時代に在て、かの戦の中にまじり居る心持になりて、武道をば心がくべき事也。
書き下し
此二つはいかにも弓の肝要にはあれども、実用はあながちこれらのみにも限るべからず。其外にも敵をうけたるとき、ふせぐにも攻るにもこれを用ひて利方おほからんやうを考ふべし。又馬を乗とても、ただ馬にばかりいかほどよく乗ても実用には益すくなし。ただ馬上にての働きを心がくべし。馬に乗ほどの人は、今の火消などの如く、ただ下知ばかりをしてすむものと思ひても大に違ふべし。軍書を見て、むかしの馬上の働きをしるべき也。すべて武術を稽古するには、何によらずみな此心がけ肝要たるべき也。武道軍術のためには、とかく軍談の書を常々見るがよき也。それも源平盛衰記、太平記などの類は、おもしろくはあれども、よほど時代ふるきゆゑに、近世とはもやうの違ひたる事多し。ただ足利の代の末つかたの戦のやうをよく考ふべし。殊に織田豊臣の御時代の軍は、古今にすぐれてたぐひなく功者なるもの也。大がい武士は、つねづねかの時代に在て、かの戦の中にまじり居る心持になりて、武道をば心がくべき事也。
現代語訳
この二つ(的に当てることと強弓を引くこと)はいかにも弓の肝要ではあるけれども、実用は必ずしもこれらだけに限るべきではない。そのほかにも、敵を受けたとき、防ぐにも攻めるにもこれを用いて利の多いやり方を考えるべきである。また馬に乗るにしても、ただ馬にばかりどれほどうまく乗っても実用には益が少ない。ただ馬上での働きを心がけるべきである。馬に乗るほどの人は、今の火消しなどのように、ただ下知ばかりをして済むものと思っても大いに違うであろう。軍書を見て、昔の馬上の働きを知るべきである。すべて武術を稽古するには、何によらずみなこの心がけが肝要であろう。武道・軍術のためには、とにかく軍談の書を常々見るのがよい。それも源平盛衰記、太平記などの類は、面白くはあるけれども、よほど時代が古いために、近世とは様子の違った事が多い。ただ足利の代の終わり頃(戦国時代)の戦の様子をよく考えるべきである。ことに織田・豊臣の御時代の軍は、古今に優れて類なく巧者なものである。おおよそ武士は、常々あの時代にいて、あの戦の中に交じっているような心持ちになって、武道を心がけるべき事である。
解説
この章句が説くこと
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『秘本玉くしげ』下 華法の武術武士の兵術軍法を第一に心がくべき事は今さら申すに及ばざれども、今治平の御代久しくつづきたることなれば、法も術も実用をこころみ知れる人は一人もなければ、ただ家々に伝はりたる通りを学びならひて、其上はただ面々の工夫のみなるが、その工夫とても実にこれを試むるにあらざれば、畢竟みな空按也。さればその同じ空按の中にも、ただ道理のあたるあたらざるばかりをば考へずして、とかく実用の所を心がくべき也。さて又時代のうつるにつきては、世中のもやう人の気質などもうつりかはるものなれば、昔の法のままにては今は宜しからざる事もあるべければ、其時代時代の世中のもやう人の気分などをよく弁へて、昔の法をもこれに引当て考ふべき也。さて又もろもろの武術も、治平の世には実用することなきゆゑに、おほくは華法といふものにして、見分のよろしきをよきことにして巧拙を定め、実用の巧拙をば思はざる事多し。弓を学ぶにも、ただ的にあたることを詮とし、強弓をひく事をのみよしとす。
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『秘本玉くしげ』上 筋骨を丈夫に惣体武士はつねづね身をおもおもしく安佚に持ならひては、身体柔弱になりて、肝心のはたらきの時大に苦しむべき事なれば、つねづね是を心がけて、筋骨を丈夫にあらせまほしきこと也。
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五輪書・地の巻武道具の利をわきまふるに、何れの道具にても、おりにふれ、時にしたがひ、出合ふものなり。脇差は座のせまき所、敵の身ぎはへよりて、其の利多し。太刀は何れの所にても、大形(おほかた)出合ふ利有り。長刀は戦場にては槍におとる心有り。槍は先手なり、長刀は後手なり。同じ位のまなびにしては、槍は少し強し。槍・長刀も、事によりつまりたる所にては、其の利少し。取籠り者などにも然るべからず。只戦場の道具なるべし。弓は合戦の場にて、かけひきにも出合ひ、槍わき其の外、物きは物きはにて、はやく取り合ひするものなれば、野相(のあひ)の合戦などにとりわきよき物なり。城攻めなど、又敵相二十間をこえては、不足なるものなり。当世に於ては、弓は申すに及ばず、諸芸花多くして実少なし。左様の芸能は、肝要の時役に立ちがたし。鉄砲、其の利多し。城廓の内にしては、鉄砲にしく事なし。野相などにても、合戦のはじまらぬうちは、其の利多し。戦はじまりては不足なるべし。弓の一の徳は、放つ矢、人の目に見えてよし。鉄砲の玉は、目に見えざる所、不足なり。此の儀、能々(よくよく)吟味有るべきなり。馬の事、つよくこたへて、くせなき事肝要なり。総て武道具につけ、馬も大形にありき、刀・脇差も大形にきれ、槍・長刀も大形にとほり、弓・鉄砲もつよくそこねざる様に有るべし。道具以下にも、かたわけてすく事有るべからず。あまりたる事は、たらぬと同じ事なり。人まねをせずとも、我身に随ひ、武道具は手にあふ様に有るべし。将卒共に、物にすき物を嫌ふ事悪し。工夫肝要なり。
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『甲陽軍鑑』品第四十然れば右四ツの中にまづはじめにならわん事は馬なり、二に兵法、三に弓、四に鉄炮と申て馬を最前に習ふは馬と申物、軍塲にて何たる大身も代をたて人を頼みてのらぬなり、さて兵法は同切あふ事も代のならぬわざなるは源頼朝公さへ曽我の五郎夜討の時、長刀を取て出給ふ間如此、
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『秘本玉くしげ』上 武士に農作を武士はおほくは町人などにくらぶれば、内内は花美とはいはれぬが如くなれども、それも世につれておのづから何事も花美になれる也。武士奢れば、金銀のほしきままにおのづから非義をも行ひ、又至りて困窮する時は、おのづから肝心の武備をも闕ことあり。よくよく心得べき事也。それに付て思ふに、当時役用のしげくもなき家中衆は、大小上下共に随分多く農作をさせ、家内婦人は女工を出精せられて宜しかるべきにや。其中に軽き人人は、随分なるべきだけは自身鋤鑊をとりて働き、又自身はさすがそれほどにはたらく事も成がたきほどの人人も、随分かけまはりて指図手伝等なして、惣体多くつくりをせらるるやうにあらまほしき也。さやうにするときは、さし当りてまづ内證用脚の助けにもなるべく、又武士の筋骨身体つよくなりて、第一武事の働きのためにも甚宜しかるべき也。
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『甲陽軍鑑』品第六馬をならふに片手綱にてのらんことをこのむ、馬訓ゆるもの怒て云ふ、片手綱と云は能々馬を乗覚へ功者に成てのこと、片手綱にてめすべきに未た鍛練もまいらずして左様にめせは、其身なりも悪しくおはします程に、必らず片手綱無用と制す、大膳申やう侍の将たらん者馬よりおりて鑓を合せ、高名する事多くは有まじ、馬上にて下知をし其まゝ勝負を決せんならは片手綱を達者に覚てこそと、おさな心に申せしごとく度々馬上にて勝負を決す、
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