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剣徴 / 必死三昧と感応の機

荀子禮論、生之爲見、若者必死、吳子の幸生則死と義同じ、勝負の塲に立て、必死三昧に入る者は、生を求ずして生を得べし、莊子刻意篇、感而後應、迫而後動、感は感動也、敵の殺氣我が心膽に透徹する也、應は取合する也、言心は、敵の殺氣我が心に響て取合すれば、未萠を制する事を得る也、迫は切迫也、動は働也、敵の刀劍我身にとどきて初て刀を打出す也、故に氣の終に乘ずる事を得る也、說苑指武篇、魯石公劍、進則能應、感則能動、沕穩無窮、變無形像、亦此之義也、

新字:荀子礼論、生之為見、若者必死、呉子の幸生則死と義同じ、勝負の塲に立て、必死三昧に入る者は、生を求ずして生を得べし、荘子刻意篇、感而後応、迫而後動、感は感動也、敵の殺気我が心胆に透徹する也、応は取合する也、言心は、敵の殺気我が心に響て取合すれば、未萠を制する事を得る也、迫は切迫也、動は働也、敵の刀剣我身にとどきて初て刀を打出す也、故に気の終に乗ずる事を得る也、説苑指武篇、魯石公剣、進則能応、感則能動、沕穏無窮、変無形像、亦此之義也、

書き下し

荀子礼論に「生を之れ見と為せば、若き者は必ず死す」とあり、呉子の「生を幸ひとすれば則ち死す」と義同じ、勝負の塲に立て、必死三昧に入る者は、生を求ずして生を得べし、荘子刻意篇に「感じて而る後に応じ、迫られて而る後に動く」とあり、感は感動也、敵の殺気我が心胆に透徹する也、応は取合する也、言心は、敵の殺気我が心に響て取合すれば、未萌を制する事を得る也、迫は切迫也、動は働也、敵の刀剣我身にとどきて初て刀を打出す也、故に気の終に乗ずる事を得る也、説苑指武篇に「魯石公の剣は、進めば則ち能く応じ、感ずれば則ち能く動き、沕穏として窮まり無く、変じて形像無し」とあるも、亦此の義也、

現代語訳

『荀子』礼論の「生を見る(生にこだわる)なら、そういう者は必ず死ぬ」は、『呉子』の「生を幸いとすれば死ぬ」と意味が同じです。勝負の場に立って必死三昧に入る者は、生を求めなくても生を得られるでしょう。『荘子』刻意篇に「感じてから応じ、迫られてから動く」とあります。感とは感動のことで、敵の殺気が自分の心胆に染み通ることです。応とは相手に取り合うことです。つまり、敵の殺気が自分の心に響いて取り合えば、まだ萌さないうちに先を制することができます。迫とは切迫、動とは働きのことで、敵の刀剣が自分の身に届いてはじめて刀を打ち出すことです。だから気の終わりに乗じることができるのです。『説苑』指武篇に「魯の石公の剣は、進めばよく応じ、感じればよく動き、深く窮まりなく、変化して形がない」とあるのも、この意味です。

解説

本書の中心となる必死三昧の教えです。生にこだわる者は死に、死を覚悟した者はかえって生を得ると説き、荘子の「感じて後に応じ、迫られて後に動く」を、敵の殺気を受けてから刀を出し、相手の気の終わりに乗ずることと読み解きます。保身を第一にする者ほど判断が鈍り、腹をくくった者ほど機を逃しません。現代の管理職も、事が起きてから慌てず、相手の動きを見極めて的確に応じる構えが要ります。

この章句が説くこと

必死三昧荀子荘子感応未萌後の先

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