剣徴 / 凡例・取る説と捨てる説
一古書中論劍者。不止于此。然其說往々高奇。而無益于學者也。故擇而取之。見者勿疑。一原說雖非論劍。而有用以足徵者。搜羅擧之。亦取詩者。不以辭害志之義也。一古書中有同說互出者。附之於解義之末。以便于學者博考。一吳越春秋越女列仙傳劍仙之類。事涉于奇怪者。排擯不取。見者察焉。一武編所載。朝鮮劍術歌訣。劔大獻劍經之說。皆在高奇精妙。故不取之。唯要實用之功夫耳、
新字:一古書中論剣者。不止于此。然其説往々高奇。而無益于学者也。故択而取之。見者勿疑。一原説雖非論剣。而有用以足徴者。捜羅挙之。亦取詩者。不以辞害志之義也。一古書中有同説互出者。附之於解義之末。以便于学者博考。一呉越春秋越女列仙伝剣仙之類。事渉于奇怪者。排擯不取。見者察焉。一武編所載。朝鮮剣術歌訣。剣大献剣経之説。皆在高奇精妙。故不取之。唯要実用之功夫耳、
書き下し
一、古書中の剣を論ずる者、此に止まらず。然れども其の説、往々高奇にして、学者に益無きなり。故に択びて之を取る。見る者疑ふ勿れ。一、原説は剣を論ずるに非ずと雖も、用て以て徴するに足る者有れば、搜羅して之を挙ぐ。亦詩を取る者の、辞を以て志を害せざるの義なり。一、古書中同説互ひに出づる者有り。之を解義の末に附し、以て学者の博考に便す。一、呉越春秋・越女・列仙伝・剣仙の類、事の奇怪に渉る者は、排擯して取らず。見る者察せよ。一、武編の載する所、朝鮮剣術歌訣、剣大献剣経の説は、皆高奇精妙に在り。故に之を取らず。唯だ実用の工夫を要するのみ。
現代語訳
一、古書の中で剣を論じたものは、ここに挙げたものにとどまりません。しかしその説はしばしば高尚で奇抜であり、学ぶ者の役に立ちません。だから選んで取りました。見る人は疑わないでください。一、もとの説は剣を論じたものではなくても、証拠として役立つものがあれば、残らず集めて挙げました。これは『詩』を読む者が、言葉にとらわれて作者の志を損なわない、という考え方に倣ったものです。一、古書の中に同じ説が重ねて出ている場合は、解説の末に付けて、学ぶ者が広く調べるのに便利なようにしました。一、『呉越春秋』『越女』『列仙伝』『剣仙』のたぐいで、事柄が奇怪にわたるものは、排して取りませんでした。見る人はお察しください。一、『武編』に載る朝鮮の剣術歌訣や、剣大献の『剣経』の説は、みな高尚で精妙な方に偏っています。だから取りません。ただ実用の工夫だけを必要とするからです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『剣徴』・自序・古書に徴す平子龍、司馬政官の学を為む者なり。一剣の任は将の事に非ざるなり。何を以て剣を為むること然るや。将は士卒と寒暑饑飽労逸を同じくす。則ち技芸を論ずる者も亦我が家の事のみ。而して剣に至りて独り何ぞ怪しまんや。余往者剣説一篇を作る。然れども其の徴無きを以て、未だ人に信を取るに足らざるを恐るるなり。是に於いて、竊かに古書中を探り、徴するに足る者を取りて、剣徴一巻を著し、以て子弟に示す。苟くも学ぶ者二書を玩索して、之を事為に試み、独り出で独り入るの義を得ること有らば、則ち初めて古人我を欺かずと知らんと云爾。
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『酔古堂剣掃』凡例・意趣の相合ふ者を以て類を分つ一、愽く『史記』『漢書』『世說』䓁の書の、目の經見する所の者を採り、揀びて入れざるは靡し。別調なる者は、便ち濫りに摘まず。 一、從來清言を選ぶ者は、俱に間襍して倫ならず。今意趣の相合ふ者を以て擬議して類を分つ。類ごとに各〻引有り、引ごとに各〻窾を導く。細かに繹ぬれば自ら明らかなり。 一、群書の取る所、部分有りと雖も、然れども或いは興到り筆隨ひ、大同小異なる者は、互ひに收むるを妨げず。 一、集に批點有るは、韻人の口より出で、韻人の目に入る。磁の鐵に遇ふが如く、自然に相投ず。必ずしも點綴を工と為さず。茲に批點無しと雖も、而も已に韻目に入る。 一、予居恆に手づから錄して帙を成し、復た石臣の輩と客窻に時に篝火して校讐す。刪改有るは、獨見を主とし、之を眾裁に參ふ。 一、名公の姓氏は、敢へて妄りに書せず。但だ同志に係る者は、即ち字號を書す。正に奇文共に欣賞し、疑義相與に晰かにせんことを望む。 一、是の編、縱ひ長安の紙をして貴からしめずとも、倘し玄鑒を蒙らば、嗣いで續刻有らん。 一、板は梨木を取り、精しく佳紙を擇ぶ。更に刻手の名家を覔め、筆筆真楷なり。雅緻の一叚、苦心なり、珍賞家之を原せよ。
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『剣徴』・跋・此書の益昔、吾少年にして先生に従ひて学ぶこと数年。而して性愚鈍なり。所謂武技十八般なる者に於いて、一所の得る莫し。特に此書を受け、熟読玩味して、朝夕措かざるなり。後、吏務局に在ること三十有餘年、未だ嘗て狐疑狼顧して其の機を失ふ者有らず。蓋し此書に得る有るなり。則ち此書の人に益有る、豈に唯だ剣客武夫のみならんや。今茲に嘗て豚児と校正せし所の者を出だし、活板を以て之を刷り、以て同志に分かつ。因りて略ぼ其の由る所を書すと云爾。
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『剣徴』・後れて先んずる荘子説剣篇に「夫れ剣を為む者は、之に後れて以て発し、之に先んじて以て至る」とあり、言心は、此五尺の軀殻を敵の餌にして、じり〱と仕掛れば、いやとも敵より刀を打出さねばならぬぞ、夫に乗じて我刀を打出す故、敵の末勢を受て、一ひしぎにする故、後れども先だつに同じ、此趣意筆舌に述難し、躬行実践して自得すべし、悪く心得ぬれば、七分三分で打の或は四分六分の所にて打のと云、是は勘定算盤のつもり也、一足切断の塲に立て豈此事有んや、
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『剣徴』・巧拙に勝負は論ぜられず同じく、「両人刃を接し、巧拙異ならずして、勇士必ず勝つ者は何ぞや。其の行ふこと誠なればなり」と、勝負は巧拙に在らず、勇怯径庭をなす、夫勇者不懼、故によく純一無雑也、是其勝を制する所以也、今世の武技を講ずる者は是に異也、巧拙を以て勝敗をなす、然れば我より劣れる者には勝ち、我より勝れる者には負け、我と同き者には同殺死に定む、如此は歳月の力を労し生涯の切を尽も亦何の効験か有ん、是みな者流の陋見のみ、五雑組に、正統己巳の変、(此は明の英宗北狩の時をさす)、天下の勇士を招募す、山西の李通なる者、京師に行教し、其の技芸を試むるに、十八般皆能くし、与に敵を為すべき者無し、遂に首選に応ず、然れども通は後に卒に勲業を以て顕れず、何ぞや、是に由て観之、巧拙にて勝負は論ぜられぬことぞ、左れば古より剣槍の上手、名人と称せらるゝ者、
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『剣徴』・迷いを断つ疾雷の決楚辞九歌に「首は離れ分るるも、心は懲りず」とあり、懲は創也、と注す、又創は傷也、又憎と同じく悲也、然ればひとりこる事のみに非ず、言心は、首と胴体と離れ離れになるとも、精神は曾て畏懼創傷せざると也、如此に武人精神を引立置に非ずんば、奈ぞ矢石鋒刃の間に立て我が本分を尽す事を得ん哉、竜韜軍勢篇に「功ある者は一決して猶予せず、是を以て疾雷も耳を掩ふに及ばず、迅電も目を瞑るに及ばず、之に赴くこと驚くが若く、之を用ふること狂ふが若し、之に当たる者は破れ、之に近づく者は亡ぶ」とあり、闘戦の道は、如此に見すゑた所有れば、猶予とためらひ、狐疑とうたがひ、逡巡顧望と跡へすさりたり、見合せたりする様にてはならざる也、夜狐引歌に、「逸物は追かけあとへふりむけば、其まゝとると云伝へ兎」、「鈍物は追かけあとへふりむけば、をちてとらねば手こそ多けれ」、此歌の心にて会得すべし、剣技者流の太刀からかひ、業けらへば、皆猶予狐疑の病となる、識者請ふ灑脱せよ、

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