啓発録 / 跋
以上五目ハ少年學ニ入ルノ門戶トコヽロヱ書聯申候者也右余嚴父ノ教ヲ受ケ常ニ書史ニ涉リ候處性質踈直ニシテ柔慢ナル故遂ニ進學ノ期ナキ樣ニ存シ毎夜臥衾中ニテ涕泗ニムセビ何トゾシテ吾身ヲ立テ父母ノ名ヲ顯シ行々君ノ御用ニ相立祖先ノ遺烈ヲ世ニ輝シ度ト存居候折柄逐々吾身ニ解得致シ候事トモ有之候樣覺申スニ付聊書記シ後日ノ遺忘ニ備フ敢テ人ニ示ス處ニアラズ
新字:以上五目ハ少年学ニ入ルノ門戸トコヽロヱ書聯申候者也右余厳父ノ教ヲ受ケ常ニ書史ニ渉リ候処性質疎直ニシテ柔慢ナル故遂ニ進学ノ期ナキ様ニ存シ毎夜臥衾中ニテ涕泗ニムセビ何トゾシテ吾身ヲ立テ父母ノ名ヲ顕シ行々君ノ御用ニ相立祖先ノ遺烈ヲ世ニ輝シ度ト存居候折柄逐々吾身ニ解得致シ候事トモ有之候様覚申スニ付聊書記シ後日ノ遺忘ニ備フ敢テ人ニ示ス処ニアラズ
書き下し
以上五目は少年学に入るの門戸とこゝろゑ書聯申候者也。右余厳父の教を受け、常に書史に渉り候処、性質疎直にして柔慢なる故、遂に進学の期なき様に存し、毎夜臥衾中にて涕泗にむせび、何とぞして吾身を立て父母の名を顕し、行々君の御用に相立、祖先の遺烈を世に輝し度と存居候折柄、逐々吾身に解得致し候事とも有之候様覚申すに付、聊書記し後日の遺忘に備ふ。敢て人に示す処にあらず。
現代語訳
以上の五項目は、少年が学問に入るための入り口と心得て、書き連ねたものです。私は厳しい父の教えを受け、いつも書物や史書に親しんできましたが、性質がおおまかで素直すぎ、しかも柔弱で怠けがちなので、ついに学問が進む時はこないのではないかと思い、毎晩ふとんの中で涙にむせびながら、何とかして一身を立て、父母の名を顕し、やがては主君のお役に立ち、祖先の遺した功績を世に輝かせたいと願っておりました。そうするうちに、次第に自分で理解できてきたことがあるように思えたので、少しばかり書き記し、後日忘れたときの備えとします。人に示すためのものでは決してありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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啓発録・又跋右啓発録は、今を距つること十許年前、余の手記する所なり。其の言浅近なりと雖も、顧みるに当時憤悱の奮ひ且つ励むは、反つて今日の及ぶ所に非ざるなり。近頃偶〻旧篋を検して之を獲たり。因りて一本を浄写し、愛友子秉及び弟持卿に示し、以て啓発の地と為す。嗚呼、十年前既に彼の如し。而るに今日此くの如し。則ち今より十年の後、其れ将に何如ならんとするか。繙閲の間、覚えず愀然たり。丁巳皐月、景岳紀識す。時に年二十又四。
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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啓発録・勉學然る処、年少の間は兎角打続き業に就き居候事を厭ひ、忽読忽廃し、忽習文忽講武といふ様に、暫く宛にて倦怠致すものなり。此甚た不宜。勉と申すは、力を推究め打続き推遂候処の気味有之字にて、何分久を積み思を詰不申候はでは、万事功は見ゑ不申候。まして学問は物の理を説き筋を明かにする義に候ゑば、右の如く軽忽粗鹵の致し方にて、真の道義は見ゑ不申、中々有用実着の学問にはなり申さぬなり。
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啓発録・立志志を立るときは此心の向ふ所を急度、相定、一度右の如く思詰候へは、弥切に其向きを立て、常々其心持を失はぬ様に持こたへ候事にて候。凡志と申は、書物にて大に発明致し候か、或は師友の講究に依り候か、或は自分患難憂苦に迫り候か、或は憤発激励致し候歟の処より立ち定り候者にて、平生安楽無事に致し居り、心のたるみ居候時に立事はなし。
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啓発録・振氣箇様に覚のなきものに高禄重位を被下、平生安楽に被成置候は、偖々君恩のほど申す限りなきこと、辞には尽しがたし。其御高恩を蒙りながら、不覚の士のみにて、まさかのときに我君の恥辱をさせまし候ては、返す返す恐入候次第にて、実に寐ても目も合はず、喰ても食の咽に通るべき筈にあらす。ことさら我先祖は国家へ対し奉り、聊の功も可有之候得共、其後の代々に至りては、皆々手柄なしに恩禄に浴し居候義に候へば、
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啓発録・去稚心且又稚心の害ある訳は、稚心を除かぬ時は、士気振はぬものにて、いつまでも腰抜士になり居り候ものにて候故に、余、稚心を去るを以て士の道に入る始と存候也。
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