啓発録 / 立志
偖右樣志ヲ立候ニハ物ノ筋多クナルコトヲ嫌ヒ候我心ハ一道ニ取極メ置キ不申候ハデハ戶ジマリナキ家ノ番スルゴトク盜ヤ犬カ方々ヨリ忍ビ入リ迷モ我一人ニテハ番ハ出來ヌナリマダ家ノ番人ハ隨分傭人モ出來候得共心ノ番人ハ傭人出來不申候サスレハ自分ノ心ヲ一筋ニ致シ守リヨクスベキ事ニコソ兎角少年ノ中ハ人々ノナス事致ス事ニ目ガチリ心ガ迷ヒ候テ人ガ詩ヲ作レバ詩文ヲカケバ文武藝トテモ朋友ニ鎗ヲ精出ス者アレバ我今日マデ習ヒ居タル太刀業ヲ止テ鎗ト申ス樣ニ成リ度キモノニテコレハ正覺取ラヌ第一ノ病根ナリ
新字:偖右様志ヲ立候ニハ物ノ筋多クナルコトヲ嫌ヒ候我心ハ一道ニ取極メ置キ不申候ハデハ戸ジマリナキ家ノ番スルゴトク盗ヤ犬カ方々ヨリ忍ビ入リ迷モ我一人ニテハ番ハ出来ヌナリマダ家ノ番人ハ随分傭人モ出来候得共心ノ番人ハ傭人出来不申候サスレハ自分ノ心ヲ一筋ニ致シ守リヨクスベキ事ニコソ兎角少年ノ中ハ人々ノナス事致ス事ニ目ガチリ心ガ迷ヒ候テ人ガ詩ヲ作レバ詩文ヲカケバ文武芸トテモ朋友ニ鎗ヲ精出ス者アレバ我今日マデ習ヒ居タル太刀業ヲ止テ鎗ト申ス様ニ成リ度キモノニテコレハ正覚取ラヌ第一ノ病根ナリ
書き下し
偖右様志を立候には、物の筋多くなることを嫌ひ候。我心は一道に取極め置き不申候はでは、戸じまりなき家の番するごとく、盗や犬か方々より忍び入り、迷も我一人にては番は出来ぬなり。まだ家の番人は随分傭人も出来候得共、心の番人は傭人出来不申候。さすれは、自分の心を一筋に致し、守りよくすべき事にこそ。兎角少年の中は、人々のなす事致す事に目がちり心が迷ひ候て、人が詩を作れば、詩文をかけば、文武芸とても、朋友に鎗を精出す者あれば、我今日まで習ひ居たる太刀業を止て鎗と申す様に成り度きものにて、これは正覚取らぬ第一の病根なり。
現代語訳
さて、そのように志を立てるには、物事の筋が多くなることを嫌います。我が心は一つの道に取り決めておかなければ、戸締まりのない家の番をするようなもので、盗人や犬が方々から忍び込み、迷いも、自分一人では番ができません。まだ家の番人は雇い人もできますが、心の番人は雇い人ができません。そうであれば、自分の心を一筋にして、守りやすくすべきです。とかく少年のうちは、人々のすることに目移りして心が迷いやすく、人が詩を作れば、詩文を書けば、また武芸にしても友が槍に精を出していれば、自分がこれまで習ってきた太刀の業をやめて槍に移りたいというふうになりがちで、これは正覚を得られない第一の病根です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之一史を看て経を専らにせざれば、則ち其の蔽や、流蕩して返ることを忘る。詞章に耽嗜すれば、則ち心之が為に累はさる。物を玩びて志を喪ふと謂ふべし。夫れ詞章の学は、之を史を看るに比すれば、則ち心を用ふること過多にして、其の蔽為るや大なり。蓋し学者義理に専一ならざれば、則ち其の志荒れて、道に進むこと能はず。程子曰く、専一ならざれば、則ち直遂すること能はずと。故に学を為すの工夫は、精専を貴ぶ。
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『墨子』魯問魯君、子墨子に謂いて曰く、「我れに二子有り。一人なる者は學を好み、一人なる者は人に財を分かつを好む。孰れを以て太子と為して可ならんか」と。子墨子曰く、「未だ知る可からざるなり。或いは賞を為す所、是を為すに興らんなり。釣る者の恭なるは、魚に賜うが為に非ざるなり。䑕に蟲を以てするは、之を愛するに非ざるなり。吾れ願わくは主君の其の志と功とを合わせて觀んことを」と。
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『呻吟語』外篇・聖賢・萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ萬物の情は、各おの自ら遂げんことを求むる者なり。惟だ聖人の心のみ、則ち萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ。
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論語・先進篇子路・曾皙・冉有・公西華侍坐す。子曰く、「吾が一日爾より長ずるを以て、吾を以てすること毋かれ。居れば則ち曰く、『吾を知らざるなり』と。如し或るひと爾を知らば、則ち何を以てせんや。」子路率爾として対えて曰く、「千乗の国、大国の間に摂まり、之に加うるに師旅を以てし、之に因るに饑饉を以てす。由や之を為さば、三年に比び及ぶに、勇有りて且つ方を知らしむ可し。」夫子之を哂う。「求、爾は何如。」対えて曰く、「方六七十、如しくは五六十、求や之を為さば、三年に比び及ぶに、民を足らしむ可し。其の礼楽の如きは、以て君子を俟たん。」「赤、爾は何如。」対えて曰く、「之を能くすと曰うに非ず、学ばんことを願う。宗廟の事、如しくは会同に、端章甫して、小相たらんことを願う。」「点、爾は何如。」瑟を鼓すこと希なり。鏗爾として、瑟を舍きて作つ。対えて曰く、「三子者の撰に異なり。」子曰く、「何ぞ傷まんや。亦た各々其の志を言うなり。」曰く、「莫春には、春服既に成る。冠者五六人、童子六七人、沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん。」夫子喟然として歎じて曰く、「吾は点に与せん。」三子者出づ。曾皙後る。曾皙曰く、「夫の三子者の言は何如。」子曰く、「亦た各々其の志を言えるのみ。」曰く、「夫子何ぞ由を哂えるか。」曰く、「国を為むるには礼を以てす。其の言譲らず、是の故に之を哂えり。」「唯だ求は則ち邦に非ざるか。」「安んぞ方六七十、如しくは五六十にして、邦に非ざる者を見んや。」「唯だ赤は則ち邦に非ざるか。」「宗廟会同は、諸侯に非ずして何ぞ。赤や之が小たらば、孰か能く之が大たらん。」
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