啓発録 / 立志
志立タル者ハ恰モ江戶立ヲ定メタル人ノ如シ今朝一度御城下ヲ踏出シ候ヘバ今晩ハ今莊明夜ハ木ノ本ト申ス樣ニ逐々先ヘ先ヘト進ミ行申候者也譬バ聖賢豪傑ノ地位ハ江戶ノ如シ今日聖賢豪傑ニ成ラン者ヲト志シ候ハバ明日明後日ト段々ニ其聖賢豪傑ニ似合ザル處ヲ取去リ候ヘバ如何程短才劣識ニテモ遂ニハ聖賢豪傑ニ至ラヌト申ス理ハコレナシ丁度足弱ナ者デモ一度江戶行キ極メ候上ハ竟ニハ江戶マデ到着スルト同シキ事ナリ
新字:志立タル者ハ恰モ江戸立ヲ定メタル人ノ如シ今朝一度御城下ヲ踏出シ候ヘバ今晩ハ今荘明夜ハ木ノ本ト申ス様ニ逐々先ヘ先ヘト進ミ行申候者也譬バ聖賢豪傑ノ地位ハ江戸ノ如シ今日聖賢豪傑ニ成ラン者ヲト志シ候ハバ明日明後日ト段々ニ其聖賢豪傑ニ似合ザル処ヲ取去リ候ヘバ如何程短才劣識ニテモ遂ニハ聖賢豪傑ニ至ラヌト申ス理ハコレナシ丁度足弱ナ者デモ一度江戸行キ極メ候上ハ竟ニハ江戸マデ到着スルト同シキ事ナリ
書き下し
志立たる者は、恰も江戸立を定めたる人の如し。今朝一度御城下を踏出し候へば、今晩は今荘、明夜は木の本と申す様に、逐々先へ先へと進み行申候者也。譬ば聖賢豪傑の地位は江戸の如し。今日聖賢豪傑に成らん者をと志し候はば、明日明後日と段々に其聖賢豪傑に似合ざる処を取去り候へば、如何程短才劣識にても、遂には聖賢豪傑に至らぬと申す理はこれなし。丁度足弱な者でも、一度江戸行き極め候上は、竟には江戸まで到着すると同しき事なり。
現代語訳
志の立った者は、ちょうど江戸へ旅立つと決めた人のようなものです。今朝一度城下を踏み出せば、今晩は今庄、明晩は木の本という具合に、しだいに先へ先へと進んで行くものです。たとえば、聖賢豪傑の地位は江戸のようなものです。今日、聖賢豪傑になろうと志したならば、明日、明後日と、だんだんにその聖賢豪傑に似合わないところを取り去っていけば、どれほど才が短く見識が劣っていても、ついには聖賢豪傑に至らないという道理はありません。ちょうど足の弱い者でも、一度江戸へ行くと決めたからには、ついには江戸まで到着するのと同じことです。
解説
この章句が説くこと
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『慎思録』巻之一史を看て経を専らにせざれば、則ち其の蔽や、流蕩して返ることを忘る。詞章に耽嗜すれば、則ち心之が為に累はさる。物を玩びて志を喪ふと謂ふべし。夫れ詞章の学は、之を史を看るに比すれば、則ち心を用ふること過多にして、其の蔽為るや大なり。蓋し学者義理に専一ならざれば、則ち其の志荒れて、道に進むこと能はず。程子曰く、専一ならざれば、則ち直遂すること能はずと。故に学を為すの工夫は、精専を貴ぶ。
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『墨子』魯問魯君、子墨子に謂いて曰く、「我れに二子有り。一人なる者は學を好み、一人なる者は人に財を分かつを好む。孰れを以て太子と為して可ならんか」と。子墨子曰く、「未だ知る可からざるなり。或いは賞を為す所、是を為すに興らんなり。釣る者の恭なるは、魚に賜うが為に非ざるなり。䑕に蟲を以てするは、之を愛するに非ざるなり。吾れ願わくは主君の其の志と功とを合わせて觀んことを」と。
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『呻吟語』外篇・聖賢・萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ萬物の情は、各おの自ら遂げんことを求むる者なり。惟だ聖人の心のみ、則ち萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ。
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論語・先進篇子路・曾皙・冉有・公西華侍坐す。子曰く、「吾が一日爾より長ずるを以て、吾を以てすること毋かれ。居れば則ち曰く、『吾を知らざるなり』と。如し或るひと爾を知らば、則ち何を以てせんや。」子路率爾として対えて曰く、「千乗の国、大国の間に摂まり、之に加うるに師旅を以てし、之に因るに饑饉を以てす。由や之を為さば、三年に比び及ぶに、勇有りて且つ方を知らしむ可し。」夫子之を哂う。「求、爾は何如。」対えて曰く、「方六七十、如しくは五六十、求や之を為さば、三年に比び及ぶに、民を足らしむ可し。其の礼楽の如きは、以て君子を俟たん。」「赤、爾は何如。」対えて曰く、「之を能くすと曰うに非ず、学ばんことを願う。宗廟の事、如しくは会同に、端章甫して、小相たらんことを願う。」「点、爾は何如。」瑟を鼓すこと希なり。鏗爾として、瑟を舍きて作つ。対えて曰く、「三子者の撰に異なり。」子曰く、「何ぞ傷まんや。亦た各々其の志を言うなり。」曰く、「莫春には、春服既に成る。冠者五六人、童子六七人、沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん。」夫子喟然として歎じて曰く、「吾は点に与せん。」三子者出づ。曾皙後る。曾皙曰く、「夫の三子者の言は何如。」子曰く、「亦た各々其の志を言えるのみ。」曰く、「夫子何ぞ由を哂えるか。」曰く、「国を為むるには礼を以てす。其の言譲らず、是の故に之を哂えり。」「唯だ求は則ち邦に非ざるか。」「安んぞ方六七十、如しくは五六十にして、邦に非ざる者を見んや。」「唯だ赤は則ち邦に非ざるか。」「宗廟会同は、諸侯に非ずして何ぞ。赤や之が小たらば、孰か能く之が大たらん。」
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