啓発録 / 立志
志トハ心ノユク所ニシテ我コヽロノ向ヒ趣キ候處ヲイフ士ニ生テ忠孝ノ心ナキ者ハナシ忠孝ノ心有之候テ我君ハ御大事ニテ我親ハ大切ナル者ト申ス事聊ニテモ合點ユキ候ヘハ必ズ我身ヲ愛重シテ何トゾ我コソ弓馬文學ノ道ニ達シ古代ノ聖賢君子英雄豪傑ノ如ク相成リ君ノ御爲ヲ働キ天下國家ノ御利益ニモ相成候大業ヲ起シ親ノ名マデモ揚テ醉生夢死ノ者ニハナルマジト直ニ思付候者ニテ此即志ノ發スル所也
新字:志トハ心ノユク所ニシテ我コヽロノ向ヒ趣キ候処ヲイフ士ニ生テ忠孝ノ心ナキ者ハナシ忠孝ノ心有之候テ我君ハ御大事ニテ我親ハ大切ナル者ト申ス事聊ニテモ合点ユキ候ヘハ必ズ我身ヲ愛重シテ何トゾ我コソ弓馬文学ノ道ニ達シ古代ノ聖賢君子英雄豪傑ノ如ク相成リ君ノ御為ヲ働キ天下国家ノ御利益ニモ相成候大業ヲ起シ親ノ名マデモ揚テ酔生夢死ノ者ニハナルマジト直ニ思付候者ニテ此即志ノ発スル所也
書き下し
志とは心のゆく所にして、我こゝろの向ひ趣き候処をいふ。士に生て忠孝の心なき者はなし。忠孝の心有之候て、我君は御大事にて、我親は大切なる者と申す事、聊にても合点ゆき候へは、必ず我身を愛重して、何とぞ我こそ弓馬文学の道に達し、古代の聖賢君子英雄豪傑の如く相成り、君の御為を働き、天下国家の御利益にも相成候大業を起し、親の名までも揚て、酔生夢死の者にはなるまじと直に思付候者にて、此即、志の発する所也。
現代語訳
志とは、心の行くところであり、自分の心が向かい赴くところをいいます。士として生まれて、忠孝の心のない者はいません。忠孝の心があって、我が君は大切なお方、我が親は大切な人だということが少しでも腑に落ちたならば、必ず自分の身を大事にして、何としても自分こそは武芸と学問の道に達し、古代の聖賢・君子・英雄・豪傑のようになり、君のために働き、天下国家の利益にもなる大事業を起こし、親の名までも揚げて、酔ったように生き夢のように死ぬ者にはなるまいと、すぐに思い付くものです。これがすなわち、志の発するところです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『慎思録』巻之一史を看て経を専らにせざれば、則ち其の蔽や、流蕩して返ることを忘る。詞章に耽嗜すれば、則ち心之が為に累はさる。物を玩びて志を喪ふと謂ふべし。夫れ詞章の学は、之を史を看るに比すれば、則ち心を用ふること過多にして、其の蔽為るや大なり。蓋し学者義理に専一ならざれば、則ち其の志荒れて、道に進むこと能はず。程子曰く、専一ならざれば、則ち直遂すること能はずと。故に学を為すの工夫は、精専を貴ぶ。
-
『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
-
『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
-
『墨子』魯問魯君、子墨子に謂いて曰く、「我れに二子有り。一人なる者は學を好み、一人なる者は人に財を分かつを好む。孰れを以て太子と為して可ならんか」と。子墨子曰く、「未だ知る可からざるなり。或いは賞を為す所、是を為すに興らんなり。釣る者の恭なるは、魚に賜うが為に非ざるなり。䑕に蟲を以てするは、之を愛するに非ざるなり。吾れ願わくは主君の其の志と功とを合わせて觀んことを」と。
-
『呻吟語』外篇・聖賢・萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ萬物の情は、各おの自ら遂げんことを求むる者なり。惟だ聖人の心のみ、則ち萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ。
-
論語・先進篇子路・曾皙・冉有・公西華侍坐す。子曰く、「吾が一日爾より長ずるを以て、吾を以てすること毋かれ。居れば則ち曰く、『吾を知らざるなり』と。如し或るひと爾を知らば、則ち何を以てせんや。」子路率爾として対えて曰く、「千乗の国、大国の間に摂まり、之に加うるに師旅を以てし、之に因るに饑饉を以てす。由や之を為さば、三年に比び及ぶに、勇有りて且つ方を知らしむ可し。」夫子之を哂う。「求、爾は何如。」対えて曰く、「方六七十、如しくは五六十、求や之を為さば、三年に比び及ぶに、民を足らしむ可し。其の礼楽の如きは、以て君子を俟たん。」「赤、爾は何如。」対えて曰く、「之を能くすと曰うに非ず、学ばんことを願う。宗廟の事、如しくは会同に、端章甫して、小相たらんことを願う。」「点、爾は何如。」瑟を鼓すこと希なり。鏗爾として、瑟を舍きて作つ。対えて曰く、「三子者の撰に異なり。」子曰く、「何ぞ傷まんや。亦た各々其の志を言うなり。」曰く、「莫春には、春服既に成る。冠者五六人、童子六七人、沂に浴し、舞雩に風し、詠じて帰らん。」夫子喟然として歎じて曰く、「吾は点に与せん。」三子者出づ。曾皙後る。曾皙曰く、「夫の三子者の言は何如。」子曰く、「亦た各々其の志を言えるのみ。」曰く、「夫子何ぞ由を哂えるか。」曰く、「国を為むるには礼を以てす。其の言譲らず、是の故に之を哂えり。」「唯だ求は則ち邦に非ざるか。」「安んぞ方六七十、如しくは五六十にして、邦に非ざる者を見んや。」「唯だ赤は則ち邦に非ざるか。」「宗廟会同は、諸侯に非ずして何ぞ。赤や之が小たらば、孰か能く之が大たらん。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る