啓発録 / 去稚心
人ニ在テハ竹馬紙鳶打毬ノ遊ビヲ好ミ或ハ石ヲ投ゲ蟲ヲ捕フヲ樂ミ或ハ糖菓疏菜甘旨ノ食物ヲ貪リ怠惰安佚ニ耽リ父母ノ目ヲ竊ミ藝業職務ヲ懈リ或ハ父母ニヨリカヽル心ヲ起シ或ハ父兄ノ嚴ヲ憚リテ兎角母ノ膝下ニ近ヅキ隱ルヽ事ヲ欲スル類ヒ皆幼童ノ水クサキ心ヨリ起ルコトニシテ幼童ノ間ハ强テ責ルニ足ラネドモ十三四ニモ成リ學問ニ志シ候上ニテ此心毛ホドニテモ殘リ有之時ハ何事モ上達致サズ迚モ天下ノ大豪傑ト成ル事ハ叶ハヌ物ニテ候
新字:人ニ在テハ竹馬紙鳶打毬ノ遊ビヲ好ミ或ハ石ヲ投ゲ虫ヲ捕フヲ楽ミ或ハ糖菓疏菜甘旨ノ食物ヲ貪リ怠惰安佚ニ耽リ父母ノ目ヲ窃ミ芸業職務ヲ懈リ或ハ父母ニヨリカヽル心ヲ起シ或ハ父兄ノ厳ヲ憚リテ兎角母ノ膝下ニ近ヅキ隠ルヽ事ヲ欲スル類ヒ皆幼童ノ水クサキ心ヨリ起ルコトニシテ幼童ノ間ハ強テ責ルニ足ラネドモ十三四ニモ成リ学問ニ志シ候上ニテ此心毛ホドニテモ残リ有之時ハ何事モ上達致サズ迚モ天下ノ大豪傑ト成ル事ハ叶ハヌ物ニテ候
書き下し
人に在ては、竹馬、紙鳶、打毬の遊びを好み、或は石を投げ虫を捕ふを楽み、或は糖菓疏菜甘旨の食物を貪り、怠惰安佚に耽り、父母の目を窃み、芸業職務を懈り、或は父母によりかゝる心を起し、或は父兄の厳を憚りて、兎角母の膝下に近づき隠るゝ事を欲する類ひ、皆幼童の水くさき心より起ることにして、幼童の間は強て責るに足らねども、十三四にも成り、学問に志し候上にて、此心毛ほどにても残り有之時は、何事も上達致さず、迚も天下の大豪傑と成る事は叶はぬ物にて候。
現代語訳
人においては、竹馬、凧揚げ、毬打ちの遊びを好み、あるいは石を投げ虫を捕えることを楽しみ、あるいは砂糖菓子や野菜など甘くうまい食べ物をむさぼり、怠けて気ままに過ごすことにふけり、父母の目を盗んで芸事や務めをなまけ、あるいは父母に寄りかかる心を起こし、あるいは父兄の厳しさを避けて、とかく母のひざもとに近づき隠れたがる類は、みな幼い子どもの青臭い心から起こることです。幼い子どものうちは無理に責めるには及びませんが、十三、四にもなり学問に志したうえで、この心が毛ほどでも残っているときは、何事も上達せず、とても天下の大豪傑になることはかなわないものです。
解説
この章句が説くこと
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