韓非子 / 存韓第二
夫進而擊趙不能取,退而攻韓弗能拔,則陷銳之卒懃於野戰,負任之旅罷於内攻,則合羣苦弱以敵而共二萬乘,非所以亡韓之心也。均如貴臣之計,則秦必爲天下兵質矣。陛下雖以金石相弊,則兼天下之日未也。今賤臣之愚計,使人使荆,重幣用事之臣,明趙之所以欺秦者;與魏質以安其心,從韓而伐趙,趙雖與齊爲一,不足患也。二國事畢,則韓可以移書定也。是我一舉二國有亡形,則荆、魏又必自服矣。故曰:「兵者,
新字:夫進而撃趙不能取,退而攻韓弗能抜,則陥鋭之卒懃於野戦,負任之旅罷於内攻,則合羣苦弱以敵而共二万乗,非所以亡韓之心也。均如貴臣之計,則秦必為天下兵質矣。陛下雖以金石相弊,則兼天下之日未也。今賤臣之愚計,使人使荆,重幣用事之臣,明趙之所以欺秦者;与魏質以安其心,従韓而伐趙,趙雖与斉為一,不足患也。二国事畢,則韓可以移書定也。是我一舉二国有亡形,則荆、魏又必自服矣。故曰:「兵者,
書き下し
夫れ進みて趙を撃ちて取ること能はず、退きて韓を攻めて抜くこと能はざれば、則ち陥鋭の卒は野戦に懃み、負任の旅は内攻に罷れ、則ち群苦弱を合はせて以て敵して二万乗を共にす、韓を亡ぼすの心に非ざる所以なり。均しく貴臣の計の如くんば、則ち秦必ず天下の兵質と為らん。陛下金石と相弊すると雖も、則ち天下を兼ぬるの日未だし。今賤臣の愚計は、人をして荊に使ひせしめ、用事の臣に幣を重くし、趙の秦を欺く所以の者を明らかにし、魏と質して以て其の心を安んじ、韓を従へて趙を伐たば、趙斉と一と為ると雖も、患ふるに足らざるなり。二国の事畢はらば、則ち韓は書を移して以て定むべきなり。是れ我一挙にして二国亡形有り、則ち荊・魏又必ず自ら服せん。故に曰く、「兵は、
現代語訳
進んで趙を撃っても取れず、退いて韓を攻めても落とせなければ、敵陣に切り込む兵は野戦で疲れ、荷を担ぐ部隊は国内への攻撃で疲れ果てる。そうなれば弱り苦しむ者たちを寄せ集めて、趙と韓という二つの万乗の国を同時に相手にすることになる。これは韓を滅ぼそうとする本来の狙いにも合わない。重臣の計画どおりにすれば、秦は必ず天下の兵の標的になる。陛下が金石のように長く生きられたとしても、天下を併せる日は来ないだろう。いま私の愚かな計略はこうである。使者を楚(荊)に送り、楚の実権を握る臣に手厚く贈り物をして、趙が秦を欺いているわけを明らかにする。魏とは人質を交わしてその心を安心させ、韓を従えて趙を討つ。そうすれば趙が斉と一体になっても恐れるに足りない。趙と斉の二国の件が片づけば、韓は文書一つで平定できる。これでわが方は一挙に二国を滅びの形に追い込み、楚と魏もまた必ず自ら服従するだろう。だから言うのである、「兵とは、
解説
関連する章句
-
『韓非子』存韓第二韓の秦に事ふること三十余年、出でては則ち扞蔽と為り、入りては則ち蓆薦と為る。秦特だ鋭師を出だして地を取り、韓之に随ひ、怨みは天下に懸かり、功は強秦に帰す。且つ夫れ韓は貢職を入れ、郡県と異なる無きなり。今臣窃かに貴臣の計を聞くに、兵を挙げて将に韓を伐たんとす。夫れ趙氏は士卒を聚め、従徒を養ひ、天下の兵を贅めんと欲し、秦弱からざれば則ち諸侯必ず宗廟を滅ぼさるるを明らかにし、西面して其の意を行はんと欲す、一日の計に非ざるなり。今趙の患を釈きて、内臣の韓を攘はば、則ち天下趙氏の計を明らかにせん。
-
『韓非子』存韓第二秦を以て趙と衡を敵にし、加ふるに斉を以てし、今又韓に背きて、未だ以て荊・魏の心を堅くする有らず。夫れ一戦して勝たざれば、則ち禍搆へん。
-
『韓非子』存韓第二且つ夫れ韓の兵の天下に於けるは知るべきなり、今又強秦に背く。夫れ城を棄てて軍を敗らば、則ち反掖の寇必ず城を襲はん。城尽くれば則ち聚散じ、聚散ずれば則ち軍無し。城固く守らば、則ち秦必ず兵を興して王の一都を囲み、道通ぜざれば、則ち難必ず謀られ、其の勢救はれず、左右之を計る者用ゐられず。願はくは陛下之を熟図せよ。若し臣斯の言ふ所に事実に応ぜざる者有らば、願はくは大王幸ひに辞を前に畢ふるを得しめよ、乃ち吏の誅に就くも晩からざるなり。秦王飲食甘からず、遊観楽しまず、意専ら趙を図るに在り、臣斯をして来り言はしめ、身ら見ゆるを得て、因りて急に陛下と計有らんことを願ふ。今使臣通ぜずんば、則ち韓の信未だ知るべからざるなり。夫れ秦必ず趙の患を釈きて兵を韓に移さん、願はくは陛下幸ひに復た察して之を図り、而して臣に報決を賜へ」と。
-
『韓非子』存韓第二今臣の愚議を以てすれば、秦兵を発して未だ伐つ所を名づけざれば、則ち韓の用事者は秦に事ふるを以て計と為さん。臣斯請ふ、往きて韓王に見え、来りて入見せしめん。大王見て、因りて其の身を内れて遣らず、稍く其の社稷の臣を召し、以て韓人と市を為さば、則ち韓深く割くべきなり。因りて象武をして東郡の卒を発し、兵を境上に闚はしめて未だ之く所を名づけざれば、則ち斉人懼れて蘇の計に従はん。是れ我が兵未だ出でずして勁韓は威を以て擒へられ、強斉は義を以て従ふなり。諸侯に聞こゆるや、趙氏は胆を破り、荊人は狐疑し、必ず忠計有らん。荊人動かざれば、魏は患ふるに足らざるなり、則ち諸侯蚕食して尽くすべく、趙氏与に敵するを得べし。願はくは陛下幸ひに愚臣の計を察し、忽せにする無かれ。秦遂に斯を遣はして韓に使ひせしむ。李斯往きて韓王に詔す、未だ見ゆるを得ず、因りて書を上りて曰く、「昔秦・韓は力を勠せ意を一にし、以て相侵さず、天下敢へて犯す莫し、此くの如き者数世なり。前時五諸侯嘗て相与に共に韓を伐つ、秦兵を発して以て之を救ふ。韓は中国に居り、地は千里に満つること能はず、而して諸侯と天下に班位し、君臣相保つを得る所以の者は、世世相教へて秦に事ふるの力を以てなり。先時五諸侯共に秦を伐つ、韓反りて諸侯と先に雁行を為し以て秦軍に関下に嚮ふ。諸侯の兵困しみ力極まり、奈何ともする無く、諸侯の兵罷む。杜倉秦に相たり、兵を起こし将を発して以て天下の怨みに報いて先づ荊を攻む。荊の令尹之を患へて曰く、『夫れ韓は秦を以て不義と為し、而して秦と兄弟となりて共に天下を苦しむ。已にして又秦に背き、先に雁行を為して以て関を攻む。韓は則ち中国に居り、展転して知るべからず』と。天下共に韓の上地十城を割きて以て秦に謝し、其の兵を解く。
-
『韓非子』初見秦第一然らば則ち是れ趙挙がり、趙挙がれば則ち韓亡び、韓亡ぶれば則ち荊・魏独立すること能はず。荊・魏独立すること能はざれば、則ち是れ一挙にして韓を壊り、魏を蠹み、荊を挾み、東は以て斉・燕を弱め、白馬の口を決して以て魏氏に沃ぎ、是れ一挙にして三晋亡び、従者敗るるなり。大王垂拱して以て之を須たば、天下編随して服せん、覇王の名成すべし。而るに謀臣為さず、軍を引きて退き、復た趙氏と和を為す。夫れ大王の明、秦兵の強きを以て、覇王の業を棄て、地曾て得べからず、乃ち亡国に欺かるるは、是れ謀臣の拙なり。且つ夫れ趙は亡ぶべくして亡びず、秦は覇たるべくして覇たらず、天下固より以て秦の謀臣を量ること一なり。乃ち復た士卒を悉くして以て邯鄲を攻むるも、抜くこと能はず、甲兵弩を棄て、戦竦して却く、天下固より已に秦の力を量ること二なり。軍乃ち引きて復り、李下に并せ、大王又軍を并せて至り、与に戦ひて之に克つこと能はず、又反ること能はず、軍罷れて去る、天下固より秦の力を量ること三なり。内は吾が謀臣を量り、外は吾が兵力を極む。是に由りて之を観れば、臣以為へらく、天下の従は、幾ど難からず。内は、吾が甲兵頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚し。外は、天下皆比意甚だ固し。願はくは大王以て之を慮ること有れ。
-
『韓非子』存韓第二守備を脩め、強敵を戒め、畜積有り、城池を築きて以て守り固む。今韓を伐たば、未だ一年にして滅ぼすべからず、一城を抜きて退かば、則ち権天下に軽く、天下我が兵を摧かん。