韓非子 / 制分第五十五
且夫死力者,民之所有者也,情莫不出其死力以致其所欲;而好惡者,上之所制也,民者好利禄而惡刑罰。上掌好惡以御民力,事實不宜失矣,然而禁輕事失者,刑賞失也。其治民不秉法爲善也,如是,則是無法也。故治亂之理,宜務分刑賞爲急。治國者莫不有法,然而有存有亡;亡者,其制刑賞不分也。治國者,其刑賞莫不有分:有持異以爲分,不可謂分;至於察君之分,獨分也。是以其民重法而畏禁,願毋抵罪而不敢胥賞。故曰:不待刑賞而民從事矣。是故夫至治之國,善以止姦爲務。是何也?其法通乎人情,關乎治理也。然則去微姦之道奈何?其務令之相規其情者也。則使相闚奈何?曰:蓋理相坐而已。禁尚有連於己者,理不得不相闚,惟恐不得免。
新字:且夫死力者,民之所有者也,情莫不出其死力以致其所欲;而好悪者,上之所制也,民者好利禄而悪刑罰。上掌好悪以御民力,事実不宜失矣,然而禁軽事失者,刑賞失也。其治民不秉法為善也,如是,則是無法也。故治乱之理,宜務分刑賞為急。治国者莫不有法,然而有存有亡;亡者,其制刑賞不分也。治国者,其刑賞莫不有分:有持異以為分,不可謂分;至於察君之分,独分也。是以其民重法而畏禁,願毋抵罪而不敢胥賞。故曰:不待刑賞而民従事矣。是故夫至治之国,善以止姦為務。是何也?其法通乎人情,関乎治理也。然則去微姦之道奈何?其務令之相規其情者也。則使相闚奈何?曰:蓋理相坐而已。禁尚有連於己者,理不得不相闚,惟恐不得免。
書き下し
且つ夫れ死力なる者は、民の有する所の者なり、情其の死力を出だして以て其の欲する所を致さざるは莫し。而して好惡なる者は、上の制する所なり、民なる者は利禄を好みて刑罰を惡む。上好惡を掌りて以て民力を御す、事實失ふに宜しからず、然り而して禁輕く事失ふ者は、刑賞失へばなり。其の民を治むるに法を秉らずして善を爲すや、是くの如くんば、則ち是れ法無きなり。故に治亂の理は、宜しく刑賞を分かつを務めて急と爲すべし。國を治むる者法有らざるは莫し、然り而して存する有り亡ぶる有り。亡ぶる者は、其の刑賞を制して分かたざればなり。國を治むる者、其の刑賞に分有らざるは莫し。異を持して以て分と爲す有るは、分と謂ふべからず。君の分を察するに至りては、獨り分なり。是を以て其の民法を重んじて禁を畏れ、罪に抵る毋きを願ひて敢へて賞を胥たず。故に曰く、刑賞を待たずして民事に從ふ、と。是の故に夫れ至治の國は、善く姦を止むるを以て務めと爲す。是れ何ぞや。其の法人情に通じ、治理に關はればなり。然らば則ち微姦を去るの道は奈何。其の務めは之をして相其の情を規さしむる者なり。則ち相闚はしむるは奈何。曰く、蓋し理相坐するのみ。禁尚ほ己に連なる者有れば、理として相闚はざるを得ず、惟だ免るるを得ざるを恐る。
現代語訳
そもそも死力は民が持っているものであり、人情として死力を尽くして自分の欲しいものを手に入れようとしない者はない。一方、好き嫌いは上が制御するものであり、民は利禄を好み刑罰を嫌う。上が好き嫌いを握って民の力を操れば、本来なら事の実態を見失うはずはない。それでも禁令が軽んじられ事が失われるのは、刑と賞の運用を誤っているからである。民を治めるのに法を執らずに善を行おうとするなら、それは法がないのと同じである。だから治乱の道理として、刑と賞の区分を明らかにすることを急務としなければならない。国を治める者で法を持たない者はないのに、存続する国もあれば滅びる国もある。滅びる国は、刑賞を定めながら区分をはっきりさせないからである。国を治める者で、刑賞に区分を設けない者はない。しかし異なる基準を持ち込んで区分とするのは、区分とは言えない。君主が区分を見きわめている場合だけが、本当の区分である。そうすれば民は法を重んじて禁を畏れ、罪に触れないことを願って、あえて賞を当てにしない。だから「刑賞を待たずとも民は事に従う」と言うのである。それゆえ最もよく治まった国は、悪事を止めることを務めとする。それはなぜか。その法が人情に通じ、統治の道理にかなっているからである。では小さな悪事を除くにはどうすればよいか。その務めは、民に互いの実情を正させることである。では互いに探らせるにはどうすればよいか。道理として連座させればよいだけである。禁令に自分まで連なる者がいれば、道理として互いに探らざるを得ず、ただ自分が罪を免れられないことを恐れるのである。
解説
関連する章句
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『韓非子』制分第五十五亡國は兵をして公に其の地に行はしめて、圉禁する能はざる者は、人に任じて數無ければなり。自ら攻むる者は人なり、人を攻むる者は數なり、故に有術の國は言を去りて法に任ず。凡そ畸功の約に循ふ者は知り難く、過刑の言に於ける者は見難きなり、是を以て刑賞貳に惑ふ。所謂約に循ひて知り難き者は、姦功なり。臣過の見難き者は、失根なり。理に循ひて虚功を見ず、情を度りて姦根に詭かるれば、則ち二者安んぞ兩失無きを得んや。是を以て虚士は名を内に立て、談者は畧を外に爲す、故に愚・怯・勇・慧相連なりて虚道を以て俗に屬して世に容る。故に其の法用ひられずして、刑罰僇人に加はらず。此くの如くんば、則ち刑賞安んぞ其の二を容れざるを得んや。
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『韓非子』心度第五十四夫れ民の性は、其の亂を喜びて其の法に親しまず。故に明主の國を治むるや、賞を明らかにすれば則ち民功に勸み、刑を嚴にすれば則ち民法に親しむ。功に勸めば則ち公事犯されず、法に親しめば則ち姦萌す所無し。故に民を治むる者は姦を未だ萌さざるに禁じ、而して兵を用ふる者は戰に民心を服す。禁其の本を先にする者は治まり、兵其の心に戰ふ者は勝つ。聖人の民を治むるや、治を先にする者は强く、戰を先にする者は勝つ。夫れ國事は先を務めて民心を一にし、專ら公を舉げて私從はず、告を賞して姦生ぜず、法を明らかにして治煩はしからず。能く四者を用ふれば强く、四者を用ふる能はざれば弱し。夫れ國の强き所以の者は、政なり。主の尊き所以の者は、權なり。故に明君も權有り政有り、亂君も亦權有り政有り、積みて同じからず、其の立つ所以異なるなり。故に明君は權を操りて上重く、政を一にして國治まる。故に法なる者は、王の本なり。刑なる者は、愛の自なり。夫れ民の性は、勞を惡みて佚を樂しむ。佚なれば則ち荒み、荒めば則ち治まらず、治まらざれば則ち亂る、而して賞刑天下に行はれざる者は必ず塞がる。故に大功を舉げんと欲して其の力を致し難き者は、大功幾ひて舉ぐべからざるなり。其の法を治めんと欲して其の故を變じ難き者は、民亂幾ひて治むべからざるなり。故に民を治むるに常無し、唯だ治を治と爲す。
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『韓非子』制分第五十五務め事と相得ざれば、則ち法安んぞ失無きを得ん、而して刑安んぞ煩はしき無きを得ん。是を以て賞罰擾亂し、邦道差誤するは、刑賞の分白ならざればなり。
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『韓非子』制分第五十五夫れ凡そ國博く君尊き者は、未だ嘗て法重きに非ずして以て令行はれ禁止むことを天下に至すべき者あらざるなり。
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『韓非子』心度第五十四刑勝てば民静かに、賞繁ければ姦生ず。故に民を治むる者は、刑勝つは、治の首なり、賞の繁きは、亂の本なり。
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『韓非子』八經第四十八一。凡そ天下を治むるは、必ず人情に因る。人情なる者は、好惡有り、故に賞罰用ふべし。賞罰用ふべければ、則ち禁令立つべくして治道具はる。君柄を執りて以て勢に處る、故に令行はれ禁止む。柄なる者は、殺生の制なり。勢なる者は、衆に勝つの資なり。廢置度無ければ則ち權瀆れ、賞罰下と共にすれば則ち威分かる。是を以て明主は愛を懷きて聽かず、說を留めて計らず。故に言を聽きて參せざれば、則ち權姦に分かれ、智力用ひざれば、則ち君臣に窮す。故に明主の制を行ふや天、其の人を用ふるや鬼。天なれば則ち非られず、鬼なれば則ち困しまず。勢行はれ教へ嚴にして、逆らへども違はず、毁譽一に行はれて議せず。故に賢を賞し暴を罰するは、善を舉ぐるの至りなる者なり。暴を賞し賢を罰するは、惡を舉ぐるの至りなる者なり。是れを賞同罰異と謂ふ。賞は厚きに如くは莫し、民をして之を利とせしむ。譽は美なるに如くは莫し、民をして之を榮とせしむ。誅は重きに如くは莫し、民をして之を畏れしむ。毁は惡しきに如くは莫し、民をして之を恥ぢしむ。然る後に一に其の法を行ひ、誅を私家に禁じ、功罪を害せず。賞罰必ず之を知る、之を知れば、道盡く。二。力は衆に敵せず、智は物を尽くさず。其の一人を用ふるよりは、一國を用ふるに如かず、故に智力敵して羣物勝つ。揣りて中れば則ち私に勞し、中らざれば則ち過を任ふ。