墨子 / 公孟
公孟子謂子墨子曰:「子以三年之喪為非,子之三日之喪亦非也。」子墨子曰:「子以三年之喪非三日之喪,是猶倮謂蹶者不恭也。
書き下し
公孟子、子墨子に謂いて曰く、「子は三年の喪を以て非と為す。子の三日の喪も亦た非なり」と。子墨子曰く、「子は三年の喪を以て三日の喪を非とす。是れ猶お倮なる者の蹶く者を恭しからずと謂うがごときなり。
現代語訳
公孟子が墨子に言った。「あなたは三年の喪を非とする。ならばあなたの三日の喪も非である」。墨子が言った。「あなたが三年の喪をもって三日の喪を非とするのは、裸の者がつまずいた者を無作法だと言うようなものだ。
解説
過剰な側から見て、控えめな側を足りないと責める。その構図を、裸の者が人の作法を咎めるというたとえで返します。基準そのものが問われているときに、その基準を使って相手を測っても議論になりません。何が適量かを議論している最中に、多いほうを当然の基準にしてはいけない、ということです。前提を共有していない相手を、自分の前提で測る誤りでもあります。
この章句が説くこと
基準過剰比較喪反論
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