墨子 / 公孟
公孟子謂子墨子曰:「子以三年之喪為非,子之三日之喪亦非也。」子墨子曰:「子以三年之喪非三日之喪,是猶倮謂蹶者不恭也。
書き下し
公孟子、子墨子に謂いて曰く、「子は三年の喪を以て非と為す。子の三日の喪も亦た非なり」と。子墨子曰く、「子は三年の喪を以て三日の喪を非とす。是れ猶お倮なる者の蹶く者を恭しからずと謂うがごときなり。
現代語訳
公孟子が墨子に言った。「あなたは三年の喪を非とする。ならばあなたの三日の喪も非である」。墨子が言った。「あなたが三年の喪をもって三日の喪を非とするのは、裸の者がつまずいた者を無作法だと言うようなものだ。
解説
過剰な側から見て、控えめな側を足りないと責める。その構図を、裸の者が人の作法を咎めるというたとえで返します。基準そのものが問われているときに、その基準を使って相手を測っても議論になりません。何が適量かを議論している最中に、多いほうを当然の基準にしてはいけない、ということです。
この章句が説くこと
基準過剰比較喪反論
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論語・先進篇子貢問う、「師と商とは孰れか賢れる。」子曰く、「師や過ぎたり、商や及ばず。」曰く、「然らば則ち師愈れるか。」子曰く、「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし。」
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『墨子』經說上同異、交ごも得るは、福家良恕に於いては、有無なり。比度は、多少なり。免虭還園は、去就なり。鳥折用桐は、堅柔なり。劒尤早は、死生なり。處室の子と子母とは、長少なり。兩絶勝は、白黑なり。中央と旁となり。論と行と學と實とは、是非なり。難宿は、成と未となり。兄弟は、倶に適うなり。身は處り志は往くは、存亡なり。霍と為とは、姓故なり。賈の宜しきは、貴賤なり。諾超城は、員止なり。相い従い、相い去り、先に知り、是とし、可とし、五色、長短、前後、輕重なり。
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『墨子』經說下行。行く者は、必ず先ず近くして後に逺し。逺は近を脩う、脩なり。先後は、久なり。民の行、脩きは、必ず久を以てなり。一方の貌、盡く倶に法有りて異なる。或いは木、或いは石なるも、其の方の相い台うを害せず。盡く貌は猶お方のごとし、物、倶に然り。牛と馬とは惟だ異なるのみ。牛に齒有り、馬に尾有るを以て、牛の馬に非ざるを説くは、不可なり。是れ倶に有りて、偏に有り偏に無きに非ず。曰く、「之れ馬と類せざるは、牛の角を用うるも、馬に角無ければなり」と。是れ類の同じからざるなり。若し牛に角有り馬に角無きを舉げて、是を以て類の同じからずと為さば、是れ狂舉なり。猶お牛に齒有り馬に尾有るがごとし。或いは牛に非ずとせずして牛に非ずとするは可なり。則ち或いは牛に非ずとし或いは牛として牛とするも可なり。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。故に曰く、天に法るに若くは莫し、と。天の行いは廣くして私無く、其の施しは厚くして徳とせず、其の明るきは久しくして衰えず。故に聖王は之に法る。既に天を以て法と為さば、動作有為には、必ず天に度り、天の欲する所は則ち之を為し、天の欲せざる所は則ち止む。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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『墨子』法儀子墨子曰く、天下の事を從むる者は、以て法儀無かる可からず。法儀無くして其の事能く成る者は、有ること無し。士の將相為る者に至ると雖も皆な法有り、百工の事を從むる者に至ると雖も亦た皆な法有り。百工は方を為すに矩を以てし、圜を為すに規を以てし、直きは繩を以てし、正しきは懸を以てす。巧工も不巧工も無く、皆な此の四者を以て法と為す。巧なる者は能く之に中り、不巧なる者は中つる能わずと雖も、放依して以て事を從めば、猶お已に逾えたり。故に百工の事を從むるや、皆な法度有り。今、大なる者は天下を治め、其の次は大國を治むるに、而も法度無し。此れ百工の辯なるに若かざるなり。